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第四十七章 ランプの下で

「お兄ちゃん、明日が楽しみだねぇ」


 そう言って、マリユスの目の前で、ユリウスが夜のまかないを食べている。使用人用の暗い食堂で食べる料理は、大雑把な作りでは有るけれど、味は良い。この薄暗い部屋では、ユリウスの宝石のような髪色も見えづらくなるのだなと、マリユスは改めて思う。

 硬いパンを千切って口に入れながら、マリユスは明日のことに思いを馳せていた。一日休暇を貰い、ユリウスと共にウルフェの家を訪れて、ランプを見せて貰う予定なのだ。勿論、いきなり何の申し合わせも無くお邪魔をするわけにはいかないので、あらかじめランプを見せて貰う許可は取ってある。


「楽しみなのは良いけど、失礼が無いように気をつけるんだよ」

「うん、わかってる」


 以前、ウルフェの家に有るランプの部屋の話を聞かせて以来、ユリウスはなんども見たいと言っていた。しかし、暫くの間ウルフェが体調を崩していたと言う事で、いままで伺う機会が無かったのだ。

 ウルフェは平民では有る物の、お世話になっている人だ。ついうっかり失礼なことが無いように気をつけないと。と、マリユスは目の前でスープを食べているユリウスを見て思った。


 そして翌日、肌寒くなってきた街中に出るために、マリユスとユリウスはしっかりと上着を着て、使用人用の出入り口から館の外に出た。朝方よりは暖かいけれども、館の庭に植えられている木々の中には、紅葉し始めている物も有り、確かに気温が下がってきているのだと感じる。

 街中に出て、石畳の上を歩く。足音が明るい陽の中で響いた。


「そう言えば、ウルフェさんの家って遠いの?」

「うーん、そんなでも無いけど、教会とは反対側にあるからなぁ」

「そっかぁ」


 たわいもない話をしながらふたりは歩く。市場の出ている広場を通り抜け、仕立て屋が建ち並ぶ、馴染みのある通りへ。そしてそこを更に通り抜けた先に、町医者や薬師が住んでいる区画がある。今まで通ってきたところよりもいくらか大きな家が多いことが、ユリウスの興味を引いたらしい。彼はきょろきょろと忙しなく、周りを見渡している。

 そんな弟を微笑ましく思いながらも、道行く人とぶつからないよう誘導しているうちに、目的の場所に着いた。赤煉瓦が積まれ、しっかりと作られたその家は、相変わらずどっしりとしていた。


「こんにちはウルフェさん。マリユスです」


 そう言ってドアをノックすると、中から返事が返ってきた。そのまま入って欲しいと言うことなので、マリユスは扉を開け中に入る。ユリウスもそれに続いた。


「やぁふたりともいらっしゃい。今日はランプを見たいのだよね?」


 口元の皺を嬉しそうに深めながら、ウルフェが出迎える。相変わらず脚はの具合は良くないようで杖をついているが、それ以外は元気そうだ。


「きれいなランプいっぱい下げてるんですよね。見たいです!」


 待ちきれないと言った様子のユリウスに、ウルフェは満更でもないと言った顔をしている。


「それじゃあ、お目にかけようか。ついておいで」


 ゆっくりと歩くウルフェの後を付いて、ユリウスとマリユスは奥の扉をくぐる。そして短い廊下を歩き、ウルフェはひとつの部屋を見せる。


「うわぁ! すごい!」


 部屋の中からは熱気と共に光が溢れていて、その光は天井から吊された沢山のランプを透かしていた。

 一瞬、何故この部屋はこんなに暖かいのだろうと不思議に思ったが、ランプの中で揺れる光を見て、マリユスはすぐに納得する。これだけの数のランプを、蝋燭で点しているのだ。それで暖かいのだろう。


「どうぞ、中へおいで」


 ウルフェが部屋の奥の木窓を開けながら言うので、ふたりは中へとお邪魔する。

 ふと、ユリウスが訊ねた。


「この部屋の中暖かいのに、なんで窓開けるんですか? 外はちょっと寒いですよ」


 その問いに、ウルフェは丁寧に答える。


「蝋燭の煙は、あまり溜まると体に障るからね。偶にこうやって煙を逃がしてやらないといけないんだ」

「そうなんです?」


 蝋燭の煙が体に障るというのはマリユスも初めて聞いたのだが、薬に詳しいウルフェの言う事だから、真実は当たらずとも遠からずなのだろう。

 椅子を勧められ、ふたりは素直に椅子にかける。それから、珈琲を淹れてくると言ってウルフェが席を外した。珈琲を待っている間、ユリウスはまじまじと天井から下げられたランプを見ている。無理もないだろう、このランプ達が部屋を彩る様は、あまりにも鮮やかで暖かく、煌びやか。教会のステンドグラスとはまた違った華やかさで、普段の生活からは想像も出来ない物なのだ。


「びっくりした?」


 マリユスがくすりと笑って訊ねると、ユリウスは目を輝かせて答える。


「びっくりした。すごいなぁ、こんなにいっぱいのランプ、集めるの大変だっただろうなぁ」


 ふたりが閑談して居ると、珈琲の香りが漂ってきた。ウルフェは珈琲の入った器を窓際にある机に置き、棚からカップを出し、それに芳しい液体を注いだ。


「どうぞ、召し上がれ」


 珈琲を渡されたマリユスは、お礼を言ってからカップに口を付ける。しばらくランプを愛でながら味わっていたのだけれど、ふと、ウルフェが沈んだ声でこう言った。


「最近、ソンメルソ様はなにか悩み事が有ったりはしないかい?」


 その問いに、マリユスとユリウスは顔を見合わせる。これと言って思い当たる節が無いのだ。それでもなお、敢えて挙げるとするのならば。


「最近ご友人の体調がすぐれなくて、良くお見舞いに伺っているようです。それが心配事と言えば、心配事のようですが」


 何故ウルフェがあんなことを訊ねたのかマリユスは不思議に思う。ウルフェがぽつりと呟く。


「ああ、心配のあまりにカンタレラを呷ってしまわなければ良いけれど」


 それを聞いても、マリユスは何のことだかわからなかった。ユリウスもぼんやりとランプを見ているし、返す言葉が思いつくまで、ランプを眺めようとマリユスも視線を上げた。

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