第四十四章 似姿を探して
眩しい光が街中を包み、熱い空気が人々の心をわき立てるようになった頃のこと。この日マリユスは、地味な服装をしたソンメルソと共に街に出ていた。
お忍びで街を見たいという事なのだけれど、先日館にデュークを招いたときにその話をしたら、デュークも一緒に行きたいとのことで、いつも行っている教会の門の前で待ち合わせをする事になった。
館の周りは比較的身なりの良い通行人が多いけれど、この近辺以外の場所には普段徒歩では行かない、場慣れしていないソンメルソに何かあっては困る。マリユスは街の案内だけで無く、護衛も兼ねて、付いてきているのだ。
人通りはあるけれど静かな通りを歩き、教会の前に着く。そこには既にデュークが待っていた。
「やぁ、ふたりともこんにちは」
「やあ、こんにちは」
「こんにちは、デューク様」
軽く挨拶をしてから、マリユスはそっと周囲を伺う。それから、デュークに訊ねた。
「ところで、デューク様はおひとりですか?
だれか、護衛の者とか」
その問いに、デュークは右手をひらひらと振って答える。
「ああ、特に居ないよ。
僕は街中をひとり歩きするのには慣れているからね」
「そうなのですね」
短いやりとりをして、三人は教会の前から離れる。ふと、マリユスは思う。なぜデュークは街中をひとり歩きすることに慣れているのだろう。普段は館に引きこもりがちで、パーティーも積極的には行かないような彼がどうして?
マリユスが疑問を口にする前に、ソンメルソがデュークに訊ねる。
「そう言えば、どこか見たいところの希望はあるか?」
「うーん、前に君のところにお邪魔したとき、話に聞いた人形のお店って見てみたいな」
そう言えば、いつだったか、マリユスとユリウスが揃っているときにそんな話をしたような。案内を促すソンメルソの視線に、マリユスは一歩前へ出て歩き出す。
「では、その人形屋さんまでご案内しますね」
その店まではここから少し離れているけれど、道中もきっとマリユス以外のふたりにとっては珍しい物だろう。三人はゆっくりと教会から離れ、街の中へと溶け込んでいった。
貴族や富豪の館が建ち並ぶ一帯を通り過ぎ、仕立て屋や布屋、糸屋などが立ち並ぶ区画にに辿り着いた。ソンメルソは物珍しそうにあたりを見渡しているけれど、デュークは慣れた様子だった。
「この前そこの仕立て屋さんに服を仕立てて貰ったんだけど、とても良かったよ」
そう言ってデュークが指し示すのは、マリユスにも馴染みのある看板と扉、カミーユの店だ。
「そうなのか。そのうち俺もそこで注文したいな」
楽しそうに笑い合うふたりがはぐれないように、マリユスは少し歩調を緩める。ふたりの視線が前を向いたのを確認して、更にカミーユの仕立て屋から離れた所に向かう。そこはいかにも庶民ばかりが道を行き交っていて、ソンメルソが不安そうにマリユスの服の裾を掴む。
「もうすぐ、人形のお店に着きますからね」
「そうか」
その様子を見て、デュークがくすくすと笑う。
「いつもは強気なのに、こういうところで不安になっちゃうなんて、案外子供っぽいんだね」
「だ、だって、初めて来るから……」
いつもは威風堂々としているソンメルソがこうやって甘えてくるのは、一体何年ぶりだろうと、マリユスはなんとなく懐かしく思う。
そうやって歩いているうちに、目的の店に着いた。入り口の近くにある窓からは店内の人形が見え、覗き込むとこちらもまた覗き込まれているような気持ちになる。
ソンメルソとデュークは始め窓の外から覗き込んでいるだけだったが、マリユスがふたりに声を掛けて扉を開ける。
「それでは、お邪魔しましょうか」
乾いたベルの音と共に、三人は店の中に入る。棚いっぱいに並べられた人形は、圧巻で有り圧倒的だった。
「あ、いらっしゃいませ。ゆっくりご覧下さい」
ドアの音の少し後に、そう言って店の奥から出てきたのは、この店の店主で、クロードという名の女性だ。彼女はにこにこしたまま奥に有る椅子に座り、黙っている。
特に観察されているというわけでは無さそうなので、マリユスは気にせずに棚に置かれた人形をまじまじと見る。デュークも、人形を一体ずつ丁寧に見ていた。
ふと、ソンメルソが口を開く
「そう言えば、人形が好きだと言っていたけれど、新しい人形が欲しいのか?」
新しい人形。と言う事は、デュークは既に人形を幾つか持っているという事なのだろうけれども、マリユスは詳しくは知らない。ただ、会話の中から推し量るだけだ。
「今持ってるのだけで満足かなって思ってたんだけど、最近新しい子が欲しいなってちょっと思ってるんだ」
「どんな人形が良いんだ?」
「金髪で、緑の瞳の……ふふっ」
デュークの手が、目の前の人形に伸びる。その人形は、緩やかに金髪を結っていて、知的な緑色の瞳をしていた。いとおしい物を見る目で人形に触れるデューク。マリユスはその様を微笑ましく見ていたけれども、ちらりとソンメルソの方に目をやると、唇を軽く噛んで俯いていた。




