第四十三章 白いグラス
だいぶ日も長くなり、気温も上がってきた頃のこと。この日はソンメルソの仕事が休みで、マリユスものんびりと過ごしていた。
「ヴェニスからの輸入品で」
静かに紅茶を飲んでいたソンメルソが、突然口を開いた。マリユスは言葉の続きを待つ。
「白いグラスがあっただろう。あれを持ってきてくれないか?」
「白いグラスでございますか? フィリグラーナとオパルセント、どちらでしょう」
マリユスの問いに、ソンメルソはティーカップをソーサーの上に置き、ぼんやりとする。それから、一回瞬きをしてからこう答える。
「両方持ってきてくれ。どちらも、そんなに数は無いはずだから」
陸路の方から来る輸入品は、主力商品ではない。なので、今指定された品物は、荷台さえ使えば全て持ってくることは可能だ。マリユスは頭の中でカップのことを思い描き、一礼をする。
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」
重い扉をそっと開き、廊下に出る。廊下はガラス越しに明るい光が入り、部屋の中に比べて暖かい。タイル張りの廊下を歩くと、足音が立つ。いつも聞いている音なのに、この時期になると音の響きが柔らかくなるような気がした。
廊下を歩いて行った先にある、輸入品の倉庫。小売店に卸さなくてはいけない分はもう殆ど卸してしまったので、ランタンを点し、中に入ると広い空間が所々にあった。
刺激的な香りを放つ袋の手前に置いてある、いくつもの木の箱。外側に書かれた文字を頼りに目的の物を探す。積み上げられた中から数個箱を選び出し、蓋を開ける。中に柔らかい布にくるまれたグラスがあるのを確認し、マリユスは箱をひとつずつ丁寧に運び出し、倉庫の出口近くに置かれている荷台に載せた。
荷台を押し、再びソンメルソの部屋へと戻る。
「ただいまお持ちいたしました」
扉をノックして、中へ入る。ソンメルソの方を見ると、どうにもまだぼんやりしているようだった。
「ソンメルソ様、お疲れでしょうか?」
マリユスが声を掛けると、ソンメルソははっとして倚子を座り直す。それから、机の上を指してこう言った。
「持ってきたグラスを並べてくれ」
「全てですか?」
「ああ、全部だ」
荷台を使って持っては来たけれども、落として割ってしまうリスクを回避するために荷台を使っていただけなので、数としては机の上に並べられる程度だろう。マリユスはそっと箱に手を掛けた。
まず並べたのは、透明な物と白い不透明なガラスが細い螺旋を描き、それを組み合わせてレースのような模様が浮かんでいるグラス。それを机の向かって右側に並べ、次に並べたのは、薄くなっている部分は透明に見えるけれども、厚みの有る部分には黄色と青が浮かぶ、不思議な白色のグラスだ。それらは向かって左側に置かれた。
並べられたグラスは、サイズは殆ど同じだけれども、模様や色の出方が全て微妙に違う。それを見定めようとしているのか、それとも眺めたいだけなのか、ソンメルソがひとつずつ手に取っては置いてを繰り返している。
ぼんやりとしたまま、ソンメルソがマリユスに訊ねる。
「肌が白い人には、どれが似合うと思う?」
「肌が白い方にですか? ふむ……」
そう言った注文を受けたのか、それとも、個人的に誰か意中の貴婦人にでも贈るつもりか、それは推し量れないけれども、マリユスもレース模様のグラスと白色のグラスを手に取って見比べる。レースの模様は血の通った手の平の上で華やかに咲き、もう片方は奥行きのある黄色と青を見せた。
マリユスは両方とも机の上に置き、白色のグラスを指して答える。
「オパルセントの方がよろしいかと思います。ブルーの光が、白さをより魅力的に引き立ててくれるかと」
「なるほど」
オパルセントと呼ばれた白色のグラスを手に取りながら、ソンメルソは選ばれなかったレース模様のグラスをしまうように、マリユスに指示を出す。
「だれかからの依頼でしょうか?」
丁寧にグラスを布にくるみ、箱に入れていきながらマリユスが訊ねると、ソンメルソは少し口を尖らせて答える。
「いや……プレゼントにしようかと思って……」
「プレゼントですか、きっと喜んでいただけますよ」
誰に渡すかまでは聞く必要は無いだろうし、この様子だと相手を開示するというのもしたくなさそうだ。ソンメルソがプレゼントを選んでいる間に、マリユスはレースのグラスをすっかり片付けてしまった。
それから少し間を置いて、ソンメルソがひとつのグラスを選び出して言う。
「これを贈答用に包んでくれ。
ああ、その前に他のグラスを……」
余程贈る相手のことを考えていたのだろう、マリユスはにこりと笑い、残されたグラスを片付け始める。
「まずはこれらを倉庫に戻して参ります。それから、そちらをお包みいたしますね」
「ああ、頼んだ」
大切そうにグラスを両手で持つソンメルソを見て、余程大切な人に贈るのだなと、マリユスは思う。もしかしたら、本当に意中の人に渡すのかも知れない。
取り敢えず、箱に入ったグラスを片付けないことにはどうしようもない。マリユスは箱を抱えて、主の背中をそっと押せるかどうか、楽しみにした。




