第四十二章 星の巡り
新緑が眩しくなってきた頃のこと。マリユスは近頃元気が無いユリウスをどうやって元気づけようかと頭を悩ませていた。ユリウスは普段、常にはつらつとしているわけでは無いけれども、落ち込むと言う事もほとんどないので、こう言う事が有ると兄のマリユスとしては心配になってしまう。
ふと、こんな時にサーカスでも来ていてくれればとマリユスは思ったが、生憎今はサーカスは居ない。落ち込んでいるとき、自分ならどうやって気を晴らすかと考えると、教会に行ってお祈りをすると言うのが真っ先に思い浮かぶ。ユリウスがお祈りをして気が晴れるかどうかはわからないけれども、兄弟揃って一旦休暇を貰い、街中を歩いてみるかと、マリユスは思った。
それから数日後。マリユスはユリウスと共に休暇を取って街中を歩いていた。朝から出ている市場を巡り終わった後、他の店が開くまでの間どうするかという話になった。
「市場、思ったより早く回り終わっちゃったね」
「そうだね。この後どうやって時間潰そうか」
マリユスの言葉に、ユリウスは明後日の方向を見てぼんやりしている。この様子だと考えているようで考えていないな。そう察したマリユスはこう提案する。
「教会に行ってお祈りしようか。ロザリオは持ってるだろう?」
「ロザリオ? 持ってる」
「じゃあ、教会に行く?」
「うん。そうする」
満更でもない提案だったようで、ユリウスはマリユスを見てにこりと笑う。
ふたりは市場に背を向け、いつも通っている教会の方へと足を向ける。歩くほどに、喧騒が遠のいていった。
しばらく歩いて辿り着いたのは、塀に囲まれた教会と修道院。マリユス達は教会の聖堂へ入る許可を取るために、近くの畑で作業をしている修道士様に声を掛ける。
「お仕事中失礼します。聖堂でお祈りがしたいのですが、よろしいでしょうか」
そうマリユスに話しかけられた修道士様は、泥が付いた手で若草色の髪を避け、ふわりと笑って立ち上がる。
「かしこまりました。ご案内致します」
修道士様は持っていた如雨露をその場に置いたまま、マリユス達を聖堂へと案内した。
お祈りが終わった後、人が居なくなったのを確認しなくてはいけないという事で、マリユスとユリウスが長椅子に座ると、修道士様も少し離れた場所に座って目を伏せている。
ポケットから柔らかい布にくるまれたロザリオを取りだし、一珠ずつ手繰っていく。祈り、手繰るごとに心が洗われていくようだった。ロザリオの五十九珠を手繰り終わり、マリユスがユリウスの方を見ると、右手にロザリオを握って祭壇を見ていた。
「お兄ちゃん、終わった?」
ロザリオを布にくるみながら訊ねるユリウスに、マリユスもロザリオをまとめながら答える。
「うん。そろそろ行こうか」
ふたりは倚子から立ち上がり、案内をしてくれた修道士様にお礼を言う。それから、聖堂を出ようとしたときだった。
「おや、信徒の方ですか。これはどうも」
入り口から、白銀の髪を結い上げた、堂々とした体躯の修道士様が姿を見せた。マリユスとユリウスが挨拶をすると、入って来た修道士様が、若草色の髪の修道士様にこう言った。
「エルカナ、ちょっとこの方達借りていって良い?」
「え? それはこの方達に訊いていただかないと……アマリヤ、何かあったのですか?」
意気揚々とする、アマリヤと呼ばれた修道士様とは対照的に、エルカナと呼ばれた修道士様は戸惑いの色を見せている。もちろん、マリユスとユリウスも何事なのかはわからない。アマリヤ以外の三人は戸惑って居る訳なのだが、それを気にせず、アマリヤがこう言った。
「プラネタリウムの調整が終わったから自慢したい!」
それを聞いて、エルカナはやれやれといった様子だ。
「苦労して作り上げた物を見て貰いたいというのはわかりますが、あまり自慢ばかりではいけませんよ」
修道士様達のやりとりを聞いていて、プラネタリウムというのはなんなのだろうという疑問がマリユスの中に湧く。一方のユリウスは、明るい表情でこう言った。
「何か珍しい物なんですね? 見たいです!」
よくわかっていないユリウスの反応に、アマリヤはにこにこしながら手招きをする。
「それじゃあ、お目にかけましょうか。ふたりとも来ますよね?」
ユリウスが行くならマリユスも行かないわけにはいかない。よくわからないままに、マリユスとユリウスは、エルカナと別れアマリヤに案内されて修道院に向かった。
石造りの静かな修道院の中を、三人で歩く。もう汗ばむ季節だというのに、修道院の廊下はどこかひんやりとしていた。小さな足音を立てながら案内されることしばらく。奥まった場所にある部屋の前でアマリヤが止まった。
「この部屋です。この部屋にプラネタリウムを設置しました」
そう言ってアマリヤは扉を開くけれども、ここまでプラネタリウムの説明は一切無かった。見ればわかるのだろうかとマリユスとユリウスが部屋の中を覗くと、青く塗られた天井に、なにやら丸い円と図形、それに文字が描かれていて、円の中心からは大きい物と小さい物、ふたつの球体がぶら下がっている。よく見ると天井近くの壁にも、円形の模様が入っていた。
しかし、これを見ただけでは一体何なのかわからない。
「これは一体何なのですか?」
自力で理解するのは無理だと思ったマリユスがそう訊ねると、アマリヤは天井を指さしてこう答えた。
「星の動きを、この天井で再現する物です。
地球、月、太陽、火星、金星。そう言った星々がどう動くか、これを見ればわかるのです」
説明をしながら、アマリヤは近くにあったレバーを回す。すると、天井の円がぐるぐると動きだした。
こういう風に星は動くのかとマリユスが感心していると、ユリウスがあっ。と声をあげた。
「もしかして、これを見ると神様がいつ月を隠しちゃうかわかるんですか?」
それを聞いて、アマリヤはにっこりと笑う。
「いつ隠してしまうか、までは私にはわかりませんが、この様に、太陽と地球と月とが一直線になった時、神様は月を隠してしまうのですよ」
こんな風に星が動いているなんて。初めて見た光景に、マリユスは驚いた。そしてユリウスの方を見てみると、興味津々といった様子で興奮しているし、アマリヤも説明したそうにしているので、ゆっくり話を聞いていっても良いかと思った。




