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第四十一章 再会の歌

 オペラの一座が街に来てしばらく。彼らが落ち着いた頃に、マリユスは一通の手紙を一座宛に出した。内容は、今年この街に訪れているウィスタリアという歌手をソンメルソの元に招き、歌を披露して貰いたいという物だ。

 実は、この手紙を出す前日に、この館をデュークが訪れていた。その時に、少し前にデュークの館にウィスタリアと、一番人気の歌手であるドラゴミールを母親が招いて歌を披露して貰ったと言う話を聞いていた。その時にソンメルソは、随分と速やかに呼んだ物だと驚いていたけれど、デュークとしても母親がここまで速やかにウィスタリアに声を掛けるとは思っていなかったようだ。

 手紙を書く前に、マリユスはソンメルソに訊ねた。ウィスタリアだけでなく、ドラゴミールもこの館に招くかどうか。すると、どうやらあまりピンとは来なかったようで、ウィスタリアだけで良いと言う返事がソンメルソから返ってきていた。


 手紙を出して数日、ウィスタリアが館を訪れた。相変わらず大柄な身体を華やかな衣装で包み、うつくしい相貌に素朴な笑みを浮かべている。

 玄関先でマリユスがウィスタリアを迎え、応接間まで案内する。その道すがらで、ウィスタリアに訊ねる。


「ところで、ウィスタリアさんは甘い物はお好きですか?」


 マリユスの問いに、ウィスタリアは明るい声で答える。


「あまり食べる機会は無いですけど、好きですよ」

「そうですか、それは良かったです」

「なぜ、そのようなことを?」


 不思議そうにしているウィスタリアに、マリユスはにこりと笑って返す。


「実は、ドライフルーツとナッツと蜂蜜で練った、甘いチーズをご用意しているのです。

なので、甘い物がお好きで良かったです」


 それを聞いたウィスタリアは一瞬きょとんとしてから嬉しそうに笑う。


「甘いチーズですか。初めて食べるなぁ」


 どんな味なのか想像しているのだろう。ウィスタリアが唇をペロリと舐めた。


 窓から入る光で明るい廊下を通り、応接間に着いた。マリユスがノックをし、声を掛けてから扉を開く。ウィスタリアを先に中へ入れ、マリユスはそれに続く。ふたりが中に入ると、中で待っていたソンメルソが待ちわびたといった様子で立ち上がり迎え入れた。


「ようこそウィスタリア。久しぶりだな」

「お久しぶりです、ソンメルソ様。

本日はお招きいただきありがとうございます」


 一礼するウィスタリアに、ソンメルソがソファに座るよう勧める。その間に、ドアをノックする音が聞こえたのでマリユスがそっと開くと、ティーセットとお茶請けのチーズを乗せたワゴンを押したユリウスが居た。ユリウスを部屋の中に入れると、それに気づいたソンメルソがウィスタリアに訊ねる。


「早速歌を披露して貰いたいけれど、喉は渇いていないか?」


 すると、ウィスタリアは喉に手を当てて答える。


「そうですね、少し乾いている感じがします」

「そうか、なら先にお茶を飲むと良い」


 ソンメルソがちらりとマリユスの方を見たので、マリユスは一礼をしてティーセットをテーブルの上にセッティングする。ソーサーに乗せたカップに紅茶を注ぎ、ふたりの前にそれぞれ置く。それから、柔らかく練られたフルーツ入りのチーズが乗った小皿にフォークを添え、それもそれぞれに置く。

 そう言えば、喉を潤すのに蜂蜜が効くと言っていたのは誰だっただろう。ウィスタリアが前回訪れたときに言っていたのか、医学に詳しいメチコバールが言っていたのか、それとも、普段は薬を扱っていると言っていたウルフェか。思い出せなかったけれども、歌を生業としている歌手に、蜂蜜を混ぜたお茶請けを出すのは正解だったかも知れないとマリユスは思う。

 目の前のふたりは、お茶を楽しみながらたわいもない会話をする。


「ところで、今期の舞台はもうご覧になりましたか?」

「ああ、先日友人達と見に行ったよ」

「ありがとうございます。楽しんでいただけたのなら良いのですけれど」

「もちろん、楽しませて貰ったよ。

ウィスタリアが混ざっていたエールは、なかなかに良かった」

「そうですか。嬉しいです」


 会話の中で褒められたウィスタリアが、照れたように笑う。もしかしたら、存外褒められ慣れていないのかも知れない。

 ティーカップが空になったところで、ウィスタリアが歌を披露することになった。その間にユリウスにもう一度お茶の準備をして貰おうかとマリユスが声を掛けると、それに気づいたソンメルソがこう言う。


「もしユリウスも歌を聞きたいのなら、お茶の準備はその後で良いぞ」

「良いんですか? ありがとうございます」


 ユリウスもウィスタリアの歌を聴けたら聴きたいと思っていたようで、にっこりと笑ってワゴンから手を離す。観客が増えて嬉しいのか、ウィスタリアも笑顔だ。

 和やかな雰囲気の中、歌の演奏が始まった。


 華やかで重厚な旋律が応接間を満たしてしばらく後、ウィスタリアを少々待たせることにはなってしまったけれども、ユリウスが再び用意したお茶を飲みながら談笑しているふたりを、マリユスは見守っていた。

 ふと、ウィスタリアがきょろきょろと周りを見渡し始めた。


「どうなさいました?」


 そうマリユスが訊くと、ウィスタリアが申し訳なさそうにこう言う。


「えっと、そろそろ劇場の方に戻って公演の準備をしないといけないのですが……」


 はっとしてマリユスが懐中時計を取り出して見ると、訪れてからだいぶ時間が経っていた。ソンメルソに時間を訊かれ、返すと、ソンメルソも驚いた顔をして立ち上がる。


「もうこんな時間か。引き留めてしまってすまないな。

良かったらまた来てくれ」

「はい、またお邪魔させていただきます。

本日はありがとうございました」


 ティーセットの片付けはユリウスに任せ、マリユスはウィスタリアを見送ろうと扉を開ける。すると、ソンメルソも一緒に見送りに行くと、付いて来ることになった。

 部屋から出て、ウィスタリアの足取りは少し早めだ。もしかしたら余程時間が押してしまっているのかも知れない。もう少し早めに気づいていれば迷惑をかけずに済んだのだろうかと、マリユスは反省しながら廊下を歩く。

 玄関に着き、扉を開いてウィスタリアを送り出す。一礼してから去った彼は、更に早足で歩いていった。


「マリユス」

「はい」

「もう少し早く時間を確認するように言えば良かった。すまない」

「いえ、これは僕の手落ちかと……ソンメルソ様はお気になさらず」


 主に気に病ませてしまうなんて、やらかしてしまった。今後はこの様なことが無いようにと、マリユスは身を引き締めた。

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