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第三十九章 今年の便り

 身を切るように冷たい風が吹き、それでも日差しが明るくなってきたある日のこと、ソンメルソの元に一通の手紙が届いた。主の元へと届けるために手紙を受け取ったマリユスは、その封筒をぢっと見る。見たことの無い紋章の封蝋だったけれども、その下の差出人の名前には見覚えが有った。

 仕事用の書類とその封筒を持ち、ソンメルソの元へと行く。声を掛けてから部屋に入り、書類を机の上に置いてから手紙を差し出した。


「ウィスタリアさんからお手紙です」


 すると、書類を受け取って若干疲れた顔をしたソンメルソが、ぱっと笑顔になった。


「そうか、持ってきてくれてありがとう」


 マリユスの手から手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切る。中から出て来た便箋は一枚だけで、青みがかった黒のインクで文字が書かれているようだ。詳しい内容を盗み見するのは良くないと思いマリユスは視線を外していたが、ソンメルソが手紙を封筒に戻したのを確認してから、こう訊ねた。


「どの様なご用件でしたか?」


 わざわざ訊かなくともなんとなく大筋は察せられたけれども、嬉しそうにするソンメルソに、その気持ちを言葉にして貰おうと思ったのだ。そしてソンメルソが言うにはこう言う事だ。


「今年ウィスタリアがこの街に来るらしくてな、そのことを手紙に書いてくれていた」

「なるほど、それは良かったですね。

楽しみですか?」

「ああ、オペラのシーズンが楽しみだな」


 ソンメルソは大事そうに封筒を机の棚にしまい、貿易の書類に向き直る。そろそろキャラベル船が海に旅立つ頃だ。調整のための仕事も忙しいけれど、少しでも元気が出たのなら良かったと、マリユスは口元に笑みを浮かべた。


 その日から少し経って、ある日の晩マリユスがユリウスにこう訊ねられた。


「最近ソンメルソ様の機嫌が良いけど、何かあった?」


 マリユスの部屋でワイングラスを傾けながら、兄弟でゆっくりと語り合う。こういう時に出す話は、仕事から離れた物の方が良いのだろうけれども、ユリウスは特に深く考える様子も無く、そんな話を出した。手紙が届いたときの、ソンメルソの嬉しそうな顔を思い出しながら、マリユスが答える。


「ああ、三年前にこの街に来たオペラ歌手で、ウィスタリアさんって居ただろう? あの方が今年、この街に来るらしくて」


 それを聞いて、ユリウスはなるほどと言った表情だ。


「そっかぁ。随分と気に入ってたみたいだもんね」

「そうだね」


 ウィスタリアは、歌唱の技術が高いのは勿論、謙虚で親しみやすい人柄だ。仕事の責任を背負わなくてはいけないソンメルソが癒やしを求めて懐いてしまうのは、マリユスにとっても、おそらくユリウスにとっても想像に難くない。

 ウィスタリアがこの街に来た三年前の話をふたりでして、それから、きっとまた今年もこの館に招くだろうから、その時にどんなもてなしをするだろうかと、そんな事を話した。


「どんなお茶出すんだろうね。前回ラプサンスーチョンが気に入ってたみたいだけど」

「うーん、チーズがお好きって言っていたからそうなる可能性は高いなぁ」


 お茶やお茶請けの用意をするのはマリユスやユリウス達使用人だが、場合によっては主からある程度の指示が出ることがある。ウィスタリアはソンメルソがいたく気に入っているようだから、何かしらの指示が出るのではないかとふたりは予想している。

 しかしそれはそれとして。ユリウスは楽しそうに話を続ける。


「チーズがお好きならあれじゃない? ドライフルーツやナッツを混ぜたチーズも甘くて美味しいし珍しいから、それを用意するかも」

「なるほど、それだともう少し癖の無い紅茶の方が良いよね」


 いつか来る、そう遠くない日のことを思ってふたりはワインを飲んで、グラスが空になったところでそれぞれ気持ちいい眠りについた。


 その翌日、マリユスはソンメルソと共に街の港を訪れた。桟橋を渡って、沢山の荷物が大きな船に運ばれていく。全ての船がソンメルソの管理下に有ると言うわけではないけれども、目指す先はほぼ全ての船が同じだろう。

 ふと、ソンメルソが胸の前で十字を切って指を組んだ。


「どうなさいました?」


 不思議に思ったマリユスがそう訊ねると、ソンメルソが船の船首をぢっと見つめて返す。


「また無事に、みんな帰ってこられるようにと思って」

「……なるほど」


 船に乗った船員が、どれほど帰ってこられるかはわからない。けれども、帰ってこられる人数が多いに超したことは無い。それは経験者が多い方が今後の貿易で有利になると言うこともあるのだが、それ以上に、船員達にも家族が居る。家族の元に帰ってこられる者は、多い方が良いのだ。


「ソンメルソ様、この後教会に行ってお祈りをしますか?」

「ああ、そうだな」


 少しだけ言葉を交わして、しばらく運ばれる荷物を見て。それから、手袋を着けているのに指先が冷えてきた頃に、ふたりは港から離れて、いつも礼拝の時に使っている教会へと足を向けた。

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