第三十八章 色硝子の光
クリスマスも終わりしばらく経った頃。吹く風は身を切るようで、暖炉で暖めているはずの室内も肌寒く感じられた。
冷たい光が差し込む部屋で、今日もマリユスはソンメルソの仕事の補佐をしている。今回品物の一覧を管理している内容は、陸路から来た輸入品だ。数や種類こそ少ない物の、人気のある嗜好品であったり、薬になったりする物だ。そして、その中に不思議な雰囲気を纏ったガラスのランプがあった。色とりどりのガラスで模様を描き、石膏で隙間を埋めて丸い形を作っている。
そのランプの管理書類を見て、ソンメルソが言う。
「そうだ、これとこれとこの絵型のランプを届けてきてくれないか?」
そう言って渡された書類を見ると、朱色のガラスをベースに、緑や青、紫で星の模様を描いているランプが、書類に描かれている。他の二枚も、艶やかな色が乗っていた。
ソンメルソが仕事を継ぐ前から、毎年こう言ったランプを買い求めている客がいるのだけれども、今までは自力で買い求めに来ていて、品物を届けるのを任されるのは初めてのことなのだが、マリユスは大人しくその依頼を受ける。
「かしこまりました。これからすぐ、でございますか?」
「ああ、大層楽しみにしているようだし、もう代金も貰っているから」
「承知いたしました。それでは外させていただきます」
この常連客は、先日ランプが届いた旨を伝えると、すぐさまにこの館を訪れ、色とりどりのランプを選んでいた。けれども、今年は脚を痛めてしまったらしく、自力でランプを持って帰ることが出来ないと言うことで、後日の配達を頼まれていたのだ。
あの時、そのまま常連客に付いていってランプを運んで行っても良かったのだろうけれど、他に片付けなくてはいけない仕事が山積していて、数日待って貰うことになった。
輸入品を保管している部屋から、冷たいランプが入った箱を三つ運び出し、館の外へ出る。それから、使用人入り口の近くに置かれている荷台に箱を乗せて、マリユスは先方の家までの地図を開いた。
荷台を牽いて街の中を歩く。石畳の上で車輪が揺れ、箱の中のランプは大丈夫かと、時折不安になる。目的の家は、修道院とは反対方向の街の外れ。人通りは少ないものの、それなりに立派な家が建っている。立派と言っても、平民にしては、という枕詞が付くが。
どうやらこの辺りは、医者や薬士が多く住んでいる一帯のようだった。閑静な街並みの中に、目的の家があった。赤い煉瓦を積んで作られた、頑丈そうな家。玄関扉をノックすると、入って良いと返事が聞こえたので、扉を開ける。微かに硫黄の匂いがした。
三つの箱を抱え中に入ると、すぐの所に有る、棚いっぱいに薬を並べた部屋に、今回の客である男性が木の倚子に座って待っている。年の頃はソンメルソの両親よりも上で、若い頃は鮮やかな色だったのだろう橙色の髪は、艶を無くし少し縮れている。乾くように皺が刻まれた口元に笑みを浮かべて、彼はマリユスを迎え入れた。
「やぁいらっしゃい。ランプを持ってきてくれたのだね」
「こんにちは、ウルフェさん。はい、そうです。
ところで、脚を痛めてしまったと伺いましたが、ランプの設置もしていった方がよろしいでしょうか?」
箱を持ったままマリユスがそう訊ねると、ウルフェと呼ばれた男性は嬉しそうに笑顔を浮かべて答える。
「そうしてくれると助かるね。
じゃあ、飾る部屋に案内しようか」
ウルフェが部屋の奥に有る扉を開けて、マリユスに手招きをする。マリユスも素直にその後を付いて行く。
短い廊下を歩き、通された部屋に入ったマリユスは驚いた。そこには、この世の物とは思えない光景が広がっていたのだ。
様々な高さに据えられた、いくつもの色鮮やかなランプ。その中には蝋燭が点され、それぞれが虹のような光を放っていた。まるで宝石箱のように彩られたその部屋は心なしか暖かく、心地よかった。
呆然と立ち尽くすマリユスに、ウルフェが言う。
「それで、持ってきたランプを見せてくれるかい?」
はっとしたマリユスは箱を床に置き、蓋を開ける。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
このランプも、他のもののように光を放つのだろうか。そう思うと、ガラスで出来た球体を持つ手が震える。そんなマリユスの様子に気づいていない様子で、ウルフェは天井を指さしてどれをどの位置に付けて欲しいか、マリユスに指示していく。ランプの設置は力仕事だけれども、天井に手が届くように台と、必要な用具を借り、金具の取り付けを始めた。
ランプの取り付けも終わり、ひと休みしてから帰ってはどうかと言うウルフェの誘いで、マリユスはありがたくランプの部屋で珈琲をいただいていた。色鮮やかで暖かい部屋で苦い珈琲を飲んでいると、夢の世界へと行ってしまいそうだった。
ふと、ウルフェが部屋に付いている木の窓を開けてマリユスに訊ねた。
「ところで、ソンメルソ様は、誰か仲の悪い人でもおるんですかね?」
突然の質問で驚いたマリユスは、反射的に答える。
「そうですね、医者のお知り合いがいるのですが、その方とはよく喧嘩しています」
「なるほど」
うっかりプライベートなことを口にしてしまった事に、マリユスはしまったと思う。あのふたりは、仲が悪いと言っても、じゃれていると言える範囲のものだ。あまり悪印象を抱かせるのは良くない。
「でも、よく喧嘩はしますけれど、なんだかんだでお互い信頼しあっているみたいですし、実際はそこまで仲が悪いわけではないと思います」
なんとかフォロー出来たか。マリユスが胸の動悸を感じていると、ウルフェはにっこりと笑ってマリユスを見た。
「そうか、仲の悪い人が居ないのなら、それで良いんだ」
なんとか悪く思われずに済んでマリユスはほっとする。けれどもそれ故に、なぜウルフェがその様なことを訊いたのかと言う所まで、考えが到らなかった。




