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第三十七章 満月と蝕

 冷たい風が身を切るようになった頃、穏やかな日々の中で街はクリスマスを迎えた。日中は準備のためか賑わっていた街も、日が暮れた頃には静かになり、住民はそれぞれ所属している教会へと礼拝に向かった。マリユスも、ソンメルソと共にいつもの教会へと訪れ、ユリウスと一緒に、いつもの席に座っている。

 儀式と礼拝が終わり、翌日はパーティーがあるということで、貴族達はその話題で持ちきりだ。

 パーティーでまたなにか厄介ごとが起こらなければ良いのだけれど。マリユスがそう思いながらユリウスと共に聖堂を出ると、一足先に外へ出ていた人達が、なにやら空を見て声を上げていた。その声は混じり合って何を言っているのかがわからなかったけれども、釣られて空を見上げたユリウスが、珍しく驚いたような様子を見せた。


「お兄ちゃん、月!」

「月?」


 そう声を掛けられてマリユスも空を見上げ月を探すと、信じられない物が目に入った。礼拝の前には明るい満月であったのに、月が徐々に欠けていっているのだ。

 こんな月は今までに見たことが無い。これは一体何が起こっているのだろうと声も出せずにいると、どこからともなく聞こえてきた。


「悪魔の仕業だ!」


 その声をきっかけに、人々は悲鳴を上げる。マリユスも、欠ける月を見て悪魔の仕業以外に考えられなかったし、恐怖を感じた。

 聖なる夜にこんな事をするなんて、どれだけ豪胆な悪魔なのだろう。悪魔がこれ以上悪さをしないとはいえない。咄嗟に、隣にいるユリウスを引き寄せ、抱きしめた。

 恐怖は恐怖を呼び、人々は恐慌状態に陥った。その場で座り込む者、祈り出す者、泣き出す者、聖堂の中へと戻ろうとする者、そんな人々が入り乱れた。

 一体どうしたら良いのだろう。ユリウスを抱きしめたまま、マリユスは困惑する。まずは主達を探さなければいけないのだろうけれども、それをする心の余裕が無かった。

 そこへ、凛とする大きな声が響き渡った。


「皆さん落ち着いてください。

その月は神様の仕業です」


 声の方に振り向くと、そこには聖堂から出て来たひとりの修道士様の姿があった。夜に浮かび上がる白銀の髪を結い上げたその修道士様は、ロザリオを絡ませた右手で月を指し示し、言葉を続ける。


「本日は主が降誕なされた聖なる夜です。

その記念すべき日に、神様が月にも休憩を下さったのですよ」


 しかし、修道士様の言葉といえども安心出来ないのか、月がすっかり姿を消してしまった瞬間、悲鳴が響き渡った。ユリウスはマリユスの腕の中で耳を塞いでいた。

 そんな人々に、修道士様はなおも言葉を続ける。


「皆さんご覧なさい。間もなく月がまた姿を見せますよ」


 言われるままに、マリユスはぢっと月のあった場所を見つめる。すると確かに、ゆっくりではあるけれども、月は細く姿を見せ始めた。月の光が増すにつれて、人々は平静を取り戻していく。なにも悪いことは起こらなかった。これはまさに神の仕業であったのだと。

 月を見たままぼんやりしているマリユスに、ユリウスが腕の中でこう言った。


「お兄ちゃん、ソンメルソ様達を探そう」

「あ、ああ、そうだね。早く合流しないと」


 ふたりは、落ち着きを取り戻した人々の中で、主を探し始めた。


 礼拝の翌日、ふたりは主に連れられてクリスマスパーティーの会場に居た。

 ホールの片隅で、貴族達が踊り、食事をする様を眺めている。マリユスがちらりとユリウスのことを見ると、手元でハンケチを弄んではいるものの、お腹が空いたと言い出すこともなく大人しくしている。

 安心してホールの中を見ていると、目の端に留まる人物がいた。料理が置かれたテーブルの側で、なにやら口元を押さえている。どうしたのだろうとその人物をよく見てみると、知った顔だったので声を掛ける事にした。

 マリユスが近寄り声を掛けると、その人物は苦笑いを返す。


「どうなさいましたデューク様。料理がお口に合いませんか?」

「いや、料理は美味しいよ。

ただその、ひとりでいるのが暇でずっと食べてたら食べ過ぎちゃったみたいで」

「ああ、なるほど……」


 デュークは色白なので一見か弱そうに見えるが、その実しっかりした体つきで、それ故か食い意地もそこそこ張っている。なので、自分の胃を過信して食べ過ぎてしまうことがままあるそうだ。

 自覚があるなら自重すれば良いのにという言葉は飲み込んで、このままひとりでいさせるわけにもいかないだろうと、ユリウスにメチコバールを呼ぶように指示し、マリユス自身はソンメルソを探すためにホールの中程へと向かった。


「大丈夫か? こんな事も有ろうかと胃の薬は持ってきてあるからこれを食べろ」


 ユリウスに連れてこられたメチコバールがそう言い、ポケットから小袋を出し、そこから小さな種を数粒、デュークに渡した。

 あの種はなんの種だろう、マリユスが不思議に思うと、側に居たソンメルソも不思議に思ったのかこう訊ねた。


「その種はなんの種だ? 何か変な花の種じゃないだろうな」


 少し突っかかるようなその言葉に、メチコバールはむっとした顔をしながらも答える。


「これはフェンネルの種だ。食べ過ぎに効くと有名な薬だぞ」


 こちらも少し棘のある言い方だが、ふたりのこういったやりとりはいつものことなので、マリユスはそういう物なのかと感心しながら聞いている。

 なんとなく不穏な雰囲気を感じたのだろうか、デュークが慌ててこんな話を出した。


「そう言えば、昨夜礼拝の後の月、見たかい? 神様の仕業はすごいね」


 その言葉に、ソンメルソは恥ずかしそうに返す。


「さすが神様はすごいことをするなと思ったが、その、なんの予告も無くああいうことをされてしまうと怖くなってしまうな」


 続いてメチコバールが口を開く。


「そうは言っても、神様からすれば予告するほどのことでも無かったのではないか?

信心があれば神様の仕業だと言う事がすぐにわかるということで」


 その言葉を聞いて、マリユスはなんとなく納得した。あの修道士様が欠ける月をなにも恐れなかったのは、神様を強く信じる心があったが為に、神様の仕業だとすぐにわかったのだなと。そう思うと同時に、自分には信心が足りなかったかと少し恥じ入った。

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