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第二十九章 船を見送る瞳

 冬も終わりが近づき、そろそろ貿易船が港を出立する頃。マリユス達は積み荷の調整と、輸入品のリストアップをしていた。


「輸入するのは例によってクローブやメース、ナツメグとかのスパイスと、あとは綿織物と紅茶と珈琲。それ以外に手に入ったら東洋の書籍という事で良いのかな?」


 輸入品目をリストに埋めていくソンメルソに、マリユスが言う。


「先日、アモバン様からご注文いただいた、東洋の図画もお願いします」

「ああ、そうだったな。忘れるところだった」

「それと、陶磁器を」

「それもだな。ありがとう」


 一通りリストを埋めはしたけれども、そこに何をどの程度買い付けてくるかの具体的な指示は無い。具体的に指示をしたとしても、その通りに買い付けが出来るとは限らないからだ。貿易船の船員達は、詰め込めるだけ売れそうな物を詰め込んで、船に乗る。それは行きも帰りも同じ事だった。

 ふと、ソンメルソが他の書類を見て言う。


「船に積むライムジュースとシュークルートの量が去年より多くなっているようだが」

「はい。昨年積んだ量ではどうやら足りなかったらしく」

「なるほど。まぁ、このふたつは余るくらいで丁度良い」


 ライムジュースとシュークルートは、交易品では無く船乗り達の壊血病予防のために積まれる食品だ。往路と復路、長い間海の上にいる船員達の健康を支えるために必要不可欠な物で、それが足りないよりは余らせるほど積んだ方が良いと言うのは、船員達を気遣ってのことだろう。

 それにしても、とマリユスは思う。ライムジュースは酸味があるとは言え飲みやすい物だけれども、シュークルートはお世辞にも美味しいとは言いがたい。刻んだキャベツを塩とスパイスで漬け込んで作るのだが、どういう訳だか何故なのだか、漬け込まれてしんなりしたそのキャベツは、ツンと酸っぱく沢山食べる気にはなれない。それを毎日食べると言うだけでも、船乗りというのは大変な物なのだなと思う。

 ソンメルソが一通り書類を処理し終わると、それを手続きのために各担当の所へと手配するのはマリユスの仕事だ。束になった書類を受け取ったマリユスは、一礼をして部屋から出て行った。


 自分の事務をするために割り当てられた部屋で、マリユスは受け取った書類を幾つかの山に分け、大きめの封筒に入れていく。それから、宛名を書き、封をして赤い蝋を垂らし封蝋を押していく。シーリングスタンプには、ソンメルソの家の紋章が刻まれている。

 この紋章を、自分が蝋に押すようになってからどれくらい経っただろうか。自分と同じように貿易の補佐をしていた父から仕事を継ぎ、初めの内は色々な人の手を借りていた。その中にはソンメルソの父親も居て、根気強く仕事について教えてくれた。

 自分はその時の恩返しが出来ているのだろうか。それはわからないけれども、できうる限りソンメルソをサポートするのが恩返しになると信じて、仕事をするしか無いのだなと、そう思った。


 分厚い封筒を信用のおける使用人に配達して貰い、ひと休みしていると自分を呼ぶベルの音が聞こえてきた。マリユスは倚子から立ち上がり、すぐさまにソンメルソの部屋へと向かう。今日の分の仕事は終わったはずだけれど。そうなんとなく懐中時計を出して見ると、そう言えば。と思い出した。今日は画家のトマが、出来上がったソンメルソの肖像画を持ってくると言っていたはずで、そろそろこの館に来る約束の時間なのだ。急ぎ足で向かうと、部屋の中で既に応接間へと移動する用意をしたソンメルソが待っていた。


「急かしてしまってすまんな」

「いえ、僕も今日トマさんがいらっしゃるのを忘れかけていたので」

「俺は応接間で待っているから、お前は出迎えと、あとユリウスにお茶の準備をするように言って置いてくれ」

「かしこまりました」


 短いやりとりをしてマリユスは机の上にある小さいベルを鳴らす。先程よりも高い音が響いた。それから、ふたりは部屋の外に出る。ソンメルソはそのまま応接間へ、マリユスはその場でユリウスがやってくるのを待った。

 ソンメルソがいなくなった後、少し待っているとユリウスがいつものぼんやりした様子でやってきたので、客人のためのお茶の準備をして応接間に行くようにと伝える。


「あ、そっか。今日トマさんが来るんだったよね」

「そうなんだよ。僕はこれから玄関で出迎えに行くから、お茶の準備よろしくね」

「あいあいさー」


 そうしてふたりは別々の方向へ歩き出す。時間が押しているかも知れなかった。


 なんとかトマの出迎えに間に合い、今はトマとソンメルソのふたりでお茶を飲んでいる。


「そう言えば、ソンメルソ様にご紹介いただいたデューク様なんですけれど」

「ああ、仕事を依頼したという話は聞いた」

「そちらもそろそろ仕上がりそうなんですよね」

「そうか、仕上がったら俺も見に行ってみるか」


 和やかに話をする中で、布でくるまれたソンメルソの肖像画の被いを取ると言うことになった。仕上がった絵を見ないとどうしようも無いというのはわかるけれども、それにはソンメルソだけでは無く、マリユスも緊張した。

 絵を覆う硬い布。それを取り去ると、そこにはまるで鏡に映したと言っても遜色ないほど、ソンメルソの姿を写したキャンバスが現れた。


「おおー、すごい」


 余りにも出来の良い絵を見て、ユリウスが目を丸くしてそう言う。ソンメルソも、想像以上の出来だったのか、右手で口元を覆いなんとか言葉を絞り出す。


「なんというか、すごいな」


 絵の中のソンメルソは、口を結び厳しい表情をしているけれども、その中でも瞳だけは、どことなく優しさが感じられた。それを見てマリユスは、ああ、この画家は本当に、ソンメルソのことを写し取ったのだと、そう思った。

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