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第二十六章 人形屋

 交易船が帰って来て、忙しい日々の中に取ったある休日。マリユスはユリウスを連れて街の仕立て屋へと足を運んでいた。今回仕立て屋に行く目的は、先日依頼していたホリデイシーズン用の服、それの引き取りだ。いつものように店の中へと案内され、依頼の品を受け取る。店主でこの店唯一の職人であるカミーユにもてなされ、マリユス達三人は暫し談笑する。


「アルフォンス君が作るクッキーは、美味しいねぇ」


 持参のカップでミルクを飲みながらユリウスが言うと、カミーユは照れたように笑ってこう返す。


「このクッキーがお気に召したのでしたら、少し包みましょうか?」

「いいんですか? わーい」

「あ、なんかすいません。催促しちゃったみたいで……」


 カミーユの言葉に素直に喜ぶユリウスと、申し訳なさそうな顔をするマリユス。そのふたりを見てカミーユは、少々お待ち下さい。と言って部屋を出る。おそらく、クッキーを包んでくるのだろう。


「ユリウス、少しは遠慮しようね?」

「え? でも、別に催促はしてないよ?」

「そうだけどね?」


 マリユスがユリウスを窘めている間にも、カミーユは小さな布の袋をふたつ持って戻ってきた。きっとあの中にはクッキーが入っているのだろう。


「お待たせいたしました。こちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「ありがとね」


 渡された袋を受け取ると、なかで何かがコロリと動く。カミーユ達が食べる分も残っていると良いのだけれど。マリユスがそう思っていると、カミーユはソファに腰掛けないままこう言う。


「それで、この後他のお客様のところへお品物を届けなくてはいけないので、失礼して良いでしょうか?」


 それを聞いてマリユスははっとする。


「あ、すいません長居しちゃって。

それじゃあ僕達もそろそろ」


 よく見ると、カミーユは手に小さな包みを持っている。それが届ける品物なのだろうか。不思議に思ったけれど、余り仕事のことを訊ねるのは良くないだろうとマリユスが立ち上がると、ユリウスも立ち上がりながらカミーユに訊ねる。


「お届け物って、その小さい包み? ハンケチとかの小物なの?」


 なぜやめておこうと思ったことをユリウスはやってしまうのか。マリユスがカミーユにどう言えば良いのかわからないでいると、カミーユがくすりと笑って答える。


「これは人形の服なんですよ。ここから少し離れた所に有る人形師さんに頼まれたんです」

「へぇ、人形。僕も見てみたいなぁ」

「そうですか? それじゃあ一緒に行きましょうか?」

「行く行くー」


 何故ユリウスはここまで積極的になれるのか。いつものこととは言えマリユスが狼狽えていると、ユリウスがこう言った。


「お兄ちゃんも行くよね?」

「……そうだね、ユリウスをひとりで野放しには出来ないね……」


 店を出て、カミーユに着いて歩いて行くこと暫く。仕立て屋や布屋、糸屋が立ち並ぶ通りを抜けて、そこから少し離れた所にその店はあった。入り口の両脇には店内を覗ける窓があり、そこから覗き込むと沢山の人形が並んでいた。どれもがビスクドールと呼ばれる陶器の人形で、ガラスの目が填め込まれ、覗いているとこちらも覗かれているような心地になった。


「お邪魔します」


 カミーユがそう言って店内に入るので、マリユスとユリウスも続いて店内に入る。窓の外から覗くよりも店内は広く、けれども沢山の人形が持つ迫力のせいか、実寸よりも狭く感じる。マリユスとユリウスがきょろきょろと店内を見渡していると、奥から声が聞こえ、店主とおぼしき人物が現れた。


「あ、カミーユ君いらっしゃい。注文してた服出来上がった?」


 そう言ってにこにこしているのは、モンブランのように薄い色の茶髪の女性。庶民らしいすこしくたびれた服を着る彼女が、この店の主人のようだ。


「うん。ちゃんとクロードの要望通りに出来てるよ」


 カミーユが小さな包みをクロードと呼ばれた女性に渡すと、彼女がマリユス達を見てこう言った。


「あれ? その人達はカミーユ君の知り合い?」

「うん、うちのお客さんなんだけど、お人形の店が気になるって」


 簡単に説明されたので、マリユスはぺこりと頭を下げ、ユリウスもそれに習う。それから、ユリウスがクロードにこう訊ねた。


「カミーユ君に注文した服、どんなお人形に着せるんですか?」


 突然の質問にマリユスはまた止め損ねたと慌てるが、クロードはにっこりと笑って一旦奥に引っ込み、すぐに人形を持って三人の前に現れた。その人形を見て、マリユスは驚く。全身が陶器で出来ていて、関節には丸い球体を填めて動くように設計されている。それだけでも驚きだというのに、この人形の肌も髪の毛も真っ黒で、ただ白目の部分と胸に埋め込まれた石の結晶だけが白かった。


「この人形は、一体……?」


 マリユスがおずおずとそう訊ねると、クロードは嬉しそうにこう答える。


「全身をビスクで作って動かせる様に出来るかなって思って、作ってみたんです。

それで、折角だから昔夢で見た人形を再現してみようと思って」


 夢で見た人形は、この様に真っ黒な物だったのだろうか。この人形はマリユスに不安と動揺を与えたけれども、クロードが人形に触るその手つきは、いとおしい物に触れるそれその物だった。


「ねぇ、僕もその子が服を着たところ見たいな」


 人形を見てカミーユがそう言うと、クロードは早速包みを開けて服を取り出す。この人形に着せるには少々大きい服に見えたけれども、着せてみるとぴったりのサイズだった。


「わー、かわいい! カミーユ君ありがとね!」

「気に入ってくれたみたいで良かったよ」


 嬉しそうに言葉を交わすふたりを見て、ユリウスがマリユスに小声で、極小さな声で耳打ちをする。


「あの人形見てると、なんかこわい感じがする」

「うん、それは大声で言っちゃ駄目だからね。でも、どう怖いの?」

「なんか、ここじゃないどこかを見てるみたいで……」


 マリユスもあの人形に薄ら怖さはあるけれども、ユリウスと同じようにここでは無いどこかを見ている様に感じるからだろうか。

 ふと、カミーユがクロードに問いかける。


「ところで、この子に名前は有るの?」


 その問いに、クロードは人形の頭を優しく撫でながら答える。


「この子はね、アーマスって言うの」


 何という強い名前を持った人形なのだろう。【征服されざる者】という名を与えられたその人形を見る内に、マリユスも一瞬、ここではないどこかの景色が見えた気がした。

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