第二十二章 宝石をとる手
日差しも強くなってきた頃のこと、この日はソンメルソの元にデュークが取引先としてやって来た。彼は仕事柄、金属や宝石を必要とする。なので、ソンメルソが輸入している宝石を買い付ける事もあるのだ。
紅茶を飲みながら談笑しているふたり。その横で、マリユスは宝石の入った箱を抱えて立っていた。箱の中に入れられた宝石は、それぞれがぶつかって割れないように、布や紙で包まれている。
宝石は、見ていてきれいだなと思う。けれども、どの宝石が一体何であるのか、それについてマリユスは詳しく知らなかった。この、包まれている宝石はどんなものなのだろう。そう思っているうちに、ソンメルソとデュークで商談が始まった。
「それで、今回入った宝石を見せて欲しいんだけど」
「ああ。マリユス、テーブルの上に並べてくれ」
「はい、かしこまりました」
声を掛けられ、マリユスは一旦箱を床に置き、宝石をひとつずつ広げて並べていく。この箱の中に入っている宝石は、あらかじめデュークから要望の有ったものを選り分けてある。けれども、宝石を見る目はマリユスやソンメルソよりもデュークの方が確かなので、宝石の種類だけを指定して貰い、大まかに分類しただけなのだが。
まずは、人気の高い四大貴石から。ダイヤモンドは一見サイズ以外の区別が付かないようで有るけれども、デュークはカットされた石のひとつひとつを丁寧に見て確認して選り分けていく。それから、エメラルド、ルビー、サファイアも同様に選り分けていく。そこで一旦、デュークがこう言った。
「じゃあ、これ全部いただくね」
「わかった」
結局選り分けた分も買い取ると言っているのだが、これは毎度のことだった。デュークは仕事で作るジュエリーに使う以外にも、個人的に宝石を蓄えて愛でているのだという。選り分けられた宝石を分けられたまま、用意しておいた別の箱に収める。それからまた、未選別の宝石をマリユスがテーブルの上に並べていく。玉石混淆のそれを見て、デュークはうっとりとした顔をする。つられてか、ソンメルソも嬉しそうな顔をしていた。
宝石を選別し終わるまでたっぷりと時間を使い、結局、こうやって分けはしたものの、用意した物全てを買い上げるという事になった。
「いやぁ、なんか、結局全部買うのに時間取っちゃってごめんね」
宝石を選り分けている間にやって来たユリウスが淹れた紅茶を飲みながら、デュークとソンメルソはまた閑談している。
「まぁ、いつものことだからな。払うものをちゃんと払って貰えればこっちは何も言うことはないし」
とは言っている物の、ソンメルソは普段、商談は早めにまとめたがる傾向があるので、こうやってたっぷりと時間をかけて客人の相手をしているのは珍しい。多分それは、友人だからという理由があるのだろうけれども。
「それじゃあ、そろそろお暇するね」
紅茶を飲み終わったデュークがそう言って立ち上がると、ソンメルソが残念そうに言う。
「もう帰るのか? それじゃあマリユス、荷物をもって見送りに行くぞ」
「かしこまりました」
ふたつに増えた箱をマリユスが抱え、ユリウスに扉を開けて貰う。そのまま片付けも任せ、先導していくソンメルソとデュークに付いて歩く。玄関に着きデュークの付き人に箱を渡した後彼らをしばらく見送り、またソンメルソの部屋へと戻る。その道すがら、マリユスがソンメルソに訊ねた。
「お言葉ですがソンメルソ様。デューク様にお分けする宝石をあらかじめ選り分けるのに、人を雇ってはいかがですか?」
この言葉にソンメルソは不思議そうな様子だ。
「何故だ? デュークが選べるのだから、あいつに任せても良いと思うんだが」
「そうなのですけれど、毎回デューク様の手を煩わせてしまって良いのかと思いまして」
「ああ、なるほど」
マリユスの言葉に合点がいった様子だけれども、ソンメルソはすぐさま視線を逸らしてこう答えた。
「実は、俺の方でもある程度宝石の区別は付くようになったんだ」
「そうなのですか? でも、それですと今度はソンメルソ様が……」
「いや、俺の手間が増えるとかそう言うのではなくて、その、あいつは質の良い宝石ばかりが好きというわけでは無さそうなんでな。なるべく沢山の宝石を見る機会があった方が楽しいかと思って」
なんとなく照れくさそうにしているようにも見えるけれども、友人への気遣いを自分から話すのはこそばゆいものなのだろう。それを思うとマリユスもなんとなく微笑ましくなって、思わず笑顔になるのだった。
その日の晩、マリユスは久しぶりにユリウスと一緒に飲む事にした。用意したのはヴィンテージの若いワイン。グラスの中でころころと転がしながら、ゆっくりと味わう。
ふと、ユリウスがこんな事を言った。
「そう言えば、ソンメルソ様って結構相手によって態度変わるよね」
突然何を言い出すのか。驚いたけれども、マリユスはひとくちワインを飲んで返事をする。
「まぁ、貴族とは言え人間には変わりがないからね。得意な人と苦手な人は居ると思うよ」
「それはそうなんだけど、んー」
何かを言いたいけどどう言ったらいいかわからないと言った顔をするユリウスの次の言葉を、マリユスは待つ。少しの間天使が通ったかのように静かになって、それからユリウスが言葉を続けた。
「デューク様が来てる時だけ、なんかちょっと違う気がするんだよね」
「そうかな? 仲の良い友人だっていうのはない?」
「なのかなぁ? でも、それだけじゃ無い気がして」
「そう?」
友人として親しいだけで無いとしたら、何が違うというのだろう。ソンメルソは友人が少ないわけでは無いが、それでも付き合いの深さは相手によって違う。その中でも特に親交が深いのがデュークだと言うだけだと、マリユスは思っていた。
しばらくふたりで不思議そうな顔をして、でも、他の人と何がどう違うのか、上手く説明出来そうな言葉は見つからなくて。そうしている間にワインの瓶が空になったので、その日はお開きになった。




