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第二十一章 届けるもの

 木々の緑が鮮やかになる頃、マリユス達は次に船へと乗せる荷物の手配と、数ヶ月前に届いた輸入品の管理をしていた。

 輸入品は、食品でも保管さえしっかりとしていれば長く置いておける乾物や穀物が殆どだ。その乾物の中に、スパイス類が含まれる。それ以外に陶磁器も沢山有るが、これらは主に貴族が買い求める物で、港の街から都まで運ばれていく物も多いし、他の国へとまた輸出する物もある。陶磁器を輸出するための書類を、ソンメルソが何枚も確認しペンを走らせていく。

 ふと、羽で出来たペンの先を見て、ソンメルソがマリユスに言う。


「ペン先がだいぶ減ってしまったみたいだ。削ってくれないか?」

「はい、かしこまりました」


 先を水で洗った羽根ペンをマリユスが受け取り、柔らかい布で拭いていると、ソンメルソは机の中から握り手の先に小さな、けれども厚い刃の付いたナイフを取り出し、それもマリユスに渡す。そのナイフで羽根ペンの先を削るのだが、この削る作業は慣れれば難しい物では無い。それなのになぜ、ソンメルソがマリユスに削らせるかと言うと、ただ単純に、削るのが上手いからと言う理由だ。削る手間を考えたら金属製のペンの方が良いと言う人もいるだろう。実際金属製のペンもあるにはあるのだが、沢山紙に書き込みをしないといけないときは、羽根ペンの方がインクをよく吸うので、インクを付ける手間が省け、効率が良いのだ。

 羽根ペンの先を削り、ソンメルソに渡す。それから、胸元に入れていた懐中時計を確認し、マリユスが言う。


「そろそろ修道院の方へスパイスをお届けに行く時間ですので、失礼致します」


 それを聞いて、ソンメルソはそう言えば。と言う顔をする。


「そう言えばそうだったな。大変だとは思うがよろしく頼む」


 一礼をしたマリユスは、そっと部屋から出て、輸入品を置いている倉庫へと向かう。館の一室として作られているその倉庫の中は暗く、ランタンに灯を点して中に入る。倉庫の中にうずたかく積まれた輸入品。その中から一抱えほどもある袋を手に取り、左腕と胸で持ち上げ支える。この袋の中に修道院へ持って行くスパイス類が詰められているのだ。

 袋を持ち、ランタンを落とさないように気を遣いながら倉庫の出口へ向かう。出口に着くと、ランタンの灯を消して側に有る台に置き、廊下へ出た。


 館を出て、教会に併設されている修道院へと向かう。そこは街中から少し外れた閑静なところにあって、日々の生活の中にある祈りを感じさせる場所だった。

 信徒がいつでも教会で祈れるようにしているためか、開け放たれた門から修道院の敷地に入り、進んでいく。出来れば誰かに案内をして貰いたい。マリユスがそう思って周りを見渡すと、すぐ側に畑があった。そこでは数人の修道士様が手入れをしていた。


「すみません、本日スパイスをお持ちするという約束をしている者ですが、案内していただけませんか?」


 少し大きな声でマリユスが畑にいる修道士様に声を掛けると、丸眼鏡をかけた修道士様が如雨露を地面に置いて駆け寄ってきた。


「こんにちは、わざわざありがとうございます。私で良ければ、ご案内致しますよ」


 そう言って、おっとりと微笑む彼に、見覚えが有った。


「えっと、マルコさん、でしたっけ? よろしくお願いします」


 にこりと笑ってそう返すと、マルコは目を細めてから思い出したような顔をする。


「ああ、マリユスさんでしたか。そう言えばそう言う仕事を為さっているとおっしゃっていましたね。

スパイス、と言う事は司教様の所へご案内すれば良いのですね?」

「そうです」

「わかりました。それではこちらです」


 修道院の建物までの道のりで、ふたりは言葉を交わす。その中でわかったのは、マルコが薬草の扱いを担当していて、時には病人のことも診ているという事だった。


「病人のお世話もしているのですか」


 少し驚いたようにマリユスが言うと、マルコはくすりと笑ってこう言う。


「はい、そうなんです。さすがに、お医者様ほど詳しいわけでは無いのですけれど」


 それを聞いて、マリユスがふと、こんな事を口にした。


「黒死病と虫は、何か関係があるのでしょうかね」


 何故そんな事を言ってしまったのか、マリユスは自分でもわからなかったけれど、マルコははっとして、難しい顔をする。


「黒死病と虫、ですか。今まで考えたことも有りませんでしたね。

でも、何故そのようなことを?」


 マルコの当然の疑問に、マリユスはカミーユから聞いた、虫に刺された後に黒死病に罹った、とう話をする。すると、マルコはますます難しい顔になった。


「黒死病を虫が広めている、と言うのはにわかに信じられませんが、でも、言われてみれば虫に刺されて起こる病気も確かにあります。可能性が無いわけではないですね……」


 きっと、黒死病には今まで相当悩まされたのだろう。考え込んでしまっているマルコに、マリユスは訊ねる。


「そう言えば、隣の教区のタリエシン神父という方が黒死病について調べているようなのですが、そちらとのやりとりはあるのでしょうか?」

「タリエシン神父ですか? はい、そちらとも連携して調査をしてはいます。

ですが、我々は聖職者という立場上、余り外部まで出ると言う事が出来ないので、入ってくる情報に限りがあるのですが」


 確かに、修道士様は基本的に、修道院の敷地からは外に出ないものだ。出たとしても、他の教会や修道院へのお遣い程度だろう。だとするなら、参考になるかはわからないけれど、少しでも多くの情報を伝えた方が良いのでは無いか。マリユスはそう思った。


「実は、僕が良く使っている仕立て屋で、両親を黒死病で亡くしたという人が居るんです。その人が、両親が黒死病だとお医者様に診断されたとき、両親だけで無く、兄弟三人も薬を飲まされたそうなんです」

「黒死病が発症していない人にも、薬を?」

「そうです。それで僕は、その薬のおかげで兄弟は罹らなかったのかも知れないと思ったのですが」


 マリユスの話を聞いて、マルコは何かを思案している。


「わかりました。虫の話と薬の話は、後ほど纏めさせていただきますね。

情報のご提供ありがとうございます」


 そんな話をしている間に、司教様の元に着いた。マリユスはマルコにお礼を言い、マルコも礼をして畑へと戻っていった。

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