第十九章 残った三人
日差しも暖かくなってきた頃、マリユスとユリウスは毎年のように服を注文するため、仕立て屋へとお邪魔していた。
「いらっしゃいませ。本日は夏服のご注文でよろしいですか?」
店内の応接間に通され、背の高い店員、ギュスターヴにそう訊ねられた。もちろんそのつもりだったので、マリユスはこう答える。
「そうです。でも、カミーユ君の仕事の具合はどうなんだい?
もしかして、今期はもういっぱいかな?」
するとギュスターヴは分厚いノートを開いて、何かを確認している。
「今期はまだ余裕がありますね。ユリウス様もご注文ですか?」
ノートにしおりを挟んで閉じるギュスターヴに、ユリウスは頷く。そうしていると、ギュスターヴの後ろにあるドアからエプロン姿の男性が、パウンドケーキを盛った器を持って入って来た。
「どうもこんにちは。よろしかったらこちらをお召し上がりになってお待ち下さい」
「やったぁ。アルフォンス君、いつもありがとう」
テーブルの上に置かれたパウンドケーキを見て喜ぶユリウス。その彼に、アルフォンスが声を掛ける。
「お飲み物はいかがなさいますか?
ミルクをお出し出来るのですけれど、ユリウス様はカップをお持ちでしょうか?」
その問いに、ユリウスはにっこりと笑って鞄の中から金の筋が入ったカップを取りだしてアルフォンスに渡す。カップを受け取ると、アルフォンスは一旦礼をしてドアから出ていった。ギュスターヴも、この店の店主であるカミーユを呼びに行くと部屋を出て行った。
応接間にはふたりだけ。その隙に、マリユスはユリウスにこう釘を刺す。
「ユリウス、アルフォンス君はいつもお菓子を用意してくれてるけど、あまり催促するようなことは言っちゃ駄目だよ?」
「んー、うん」
「あと、ひとりで全部食べるのもお行儀悪いからね。ちゃんと他の人の分も残すんだよ」
「んんん、はーい」
やや不満そうではあるが、なんだかんだでユリウスは言えば聞く子だ。少ししょんぼりしてしまった弟の頭を、マリユスが優しく撫でる。
そうしている内に、部屋の扉が開いた。入って来たのはこの店の店主で職人のカミーユ。続いて、カップをふたつ持ったアルフォンスだ。
「どうもお待たせ致しました。おふたりとも夏服のご注文という事でよろしいですか?」
分厚く、所々からしおりの紐がはみ出ているノートを持ったカミーユが、マリユス達の向かいにあるソファに腰掛けて訊ねる。その通りの用件である事をマリユスが伝えると、カミーユはノートをぱたりと開いて早速細かい注文を聞き始めた。その横からアルフォンスが手を伸ばし、金の筋が入ったカップをユリウスの前に、テラコッタに釉薬をかけただけのカップをマリユスの前に置く。微かに甘いミルクの香りがした。
ひとしきり注文をまとめ終えると、次は採寸だ。カミーユに案内され、マリユスは採寸のための部屋に入る。その間、ユリウスの相手は入れ違いで部屋に入ったギュスターヴがしてくれるようだ。
採寸をしながら、マリユスはふと気になったことをカミーユに訊ねる。
「ところで、カミーユ君はいつお店を継いだのかな? 随分と若い頃に継いだとは聞いたけれど」
それを聞いて、カミーユはにこりと笑って答える。
「僕が十六歳の時にです」
十六歳。その年で店を継ぐなどと言うのはいくら何でも早いのでは無いだろうか。もしかしたら何か聞かない方が良い事情があるのかもしれない。
「随分と早くに継いだんだね。大変だったでしょう」
あえて継いだ理由には触れないように言葉を選んだが、カミーユの返答はこうだ。
「そうですね。その頃に、両親を流行病で亡くしたので」
やはり聞かない方がいいことだったようだ。けれども、少し考えて、自分から継いだ理由を言うという事は、何か聞いて欲しいことがあるのかもしれない。腕の長さを測っているカミーユに、思い切ってマリユスが訊ねる。
「流行病というと、一体どんな?」
カミーユは測った数値をノートに書き込みながら、少しぼんやりとした声で答える。
「黒死病です」
その病の名前は、先日この辺りの教区に住む神父様から聞いた物だった。両親が黒死病に罹っていたというのに、何故カミーユは、いや、この店を営む兄弟三人は無事なのだろう。マリユスが疑問に思っている間にも、カミーユは腕周り、手首周り、背丈などを測りながら言葉を続ける。
「はじめは、両親とも虫に刺されて痒いと言っていただけだったのですけれど、その後すぐに調子を崩して、皮膚が黒くなっていったんです。
それで、街のお医者様に診てもらって、薬も貰って。その時に、僕達三人も薬を飲まされたんです」
「なるほど、そうだったんだね」
きっと、両親が病に倒れたとき、不安でしかたなかったのだろう、だんだんとカミーユの声が震えてきた。どう声を掛けるべきか、それを考えているうちにふと引っかかる物が有った。今カミーユが話した中に、虫に刺されて、と言うのがあったけれども、それは黒死病と何か関係があるのだろうか。もしかしたら、黒死病について調べているタリエシン神父に伝えた方が良いのかもしれない。
そう思いながらも、マリユスはこう言う。
「それは、たいそう怖い思いをしたね。
君はここまで良く頑張っているよ」
すると、カミーユはぽろりと一粒涙を落とした。
採寸が終わり応接間に戻ると、ユリウスとギュスターヴが閑談して居た。パウンドケーキの盛られている器の中には、出てきたときの三割ほどの数が残っている。
「お待たせ。次はユリウスの番だよ」
「はーい」
ソファから立ち上がり、ユリウスは応接間の外で控えていたカミーユの元へと行く。それから扉を閉め、マリユスがソファに腰掛けた。
ふと、ギュスターヴにこう訊かれた。
「ところで、今回はユリウス様が余りお菓子を召し上がっていなかったのですが、もしかしてお口に合わなかったでしょうか」
「いえ、そんな事は無いと思いますよ」
心配そうにしているギュスターヴに、マリユスは困ったように笑って答える。全部食べてしまうのが当たり前と認識されるほど、あの子は自重していなかったのだなと、改めて思った。




