第十七章 異国の絵
今年も無事に交易船を見送り、仕事に少しのゆとりが出来た頃。マリユスは紙と皮で出来たファイルに、なにやら色の付いた紙を整理して入れていた。
「これが梱包材って言うのは、なんだか贅沢な感じがするけれど」
そう言って一枚広げてみると、そこには鮮やかな色で描かれた、異国の女性が居た。貿易船の船員から伝え聞いた限りでは、これは『ウキヨエ』と言う、ジャポンの絵なのだという。
ジャポンは今、国を閉じていてチャイナとオランダ以外とは交易をしていない。けれども、その二国を介してマリユス達もジャポンの品を仕入れることは少なくない。輸入をするのは主に焼き物だのだけれど、その焼き物はどれも繊細な絵付けがされていて、この国でももてはやされるほどだ。
そして、その焼き物が割れないように包んでいるのが、今マリユスがファイルにまとめているウキヨエなのだ。
一体どんな絵の具で書いているのか、全く想像が出来ない。それほどに色が鮮やかで、濃淡では無く線の僅かな強弱で陰影を表現したその絵は、濃厚な油絵になれたマリユスにとって驚きの対象であり、少なからずも興味を引く物だった。
ふと、ベルの音が聞こえた。この音はソンメルソがマリユスを呼んでいる音だ。整理していたウキヨエを机の上に置き、マリユスは部屋を出た。
「失礼致します。どの様なご用件でしょうか」
マリユスがソンメルソの部屋に入り一礼をすると、部屋の中には給仕のためにユリウスと、ソファに座ったソンメルソ、それから、ソンメルソの向かいのソファには黒い髪をゆったりと纏めた恰幅の良い男性が座っていた。
マリユスが到着したのを確認したソンメルソが、少し戸惑った様な表情でこう訊ねる。
「マリユス、なにか東洋の図画とかは入ってきていないだろうか?」
「東洋の図画、でございますか?」
「ああ、なんでも、アモバン様の側室で東洋の服飾に興味のある方がいらっしゃるらしく、それで何か無いかと訊ねられたんだ」
説明を聞いてきょとんとしているマリユスに、ソンメルソの向かいに座って居る、アモバンと呼ばれた男性がおっとりと微笑んで言葉を付け足した。
「でも、いきなりで無茶な注文かなぁとは思うし、これから入荷して欲しいってなると、来年の後半になるよね?
だから、もし今無かったら、次回入荷リストに入れて欲しいのだけど」
随分と気の長いことを言うアモバンに、ソンメルソは恐縮した様子で言葉を返す。
「お待ちいただけるだなんて恐れ入ります。
そうですね、これから入荷指示を出すとなると、来年の出航前に指示を出すという事になるので、だいぶ遠い話ですね」
このまま次回入荷リストに入れるという事で話がまとまるのだろうか。それならば覚えておいて、後でメモをしておかないと。と、マリユスが考えている横から、ユリウスが口を開いた。
「来年まで待たなくても、お兄ちゃんがなんかそんな感じの絵をいっぱい持ってます」
「マリユスが?」
驚いた顔をするソンメルソに、マリユスはそう言えば。と言う顔をして、先程整理していたウキヨエの話を出す。
「はい。ジャポンから入って来た陶器を包むために使われていた紙に、『ウキヨエ』と言う様々な人物画が描かれているのです。
ただ……」
「何か、問題があるのかい?」
不思議そうにそう問いかけてくるアモバンに、マリユスは申し訳無いと言った様子でこう付け足す。
「梱包材に使われていた物なので、折れたり皺が出来たりしているんです」
さすがにその状態では販売は愚か、高貴な身分の方に渡すことは憚られる。そう思ったのだが。
「ああ、折れてたりするのはしょうがないね。それでも良いから少し見せていただけるかな?」
にこにこと笑ってそう言われると、断る方が悪い気がしてきてしまう。困った顔をするマリユスを見て、それならばとソンメルソがこう言った。
「ご覧になっていただくだけなら、それでも大丈夫だろう。持って来てくれ」
主からもそう言われては仕方が無い。マリユスは、かしこまりました。と言葉を残して部屋にあるウキヨエを取りに行った。
急いで部屋に戻りウキヨエの入ったファイルを持ったマリユスは、ソンメルソの部屋にまた戻り、一礼をしてから、向かい合ったソファの間にあるテーブルの上にウキヨエを並べていった。折れ目が沢山付いたウキヨエの数々は、テーブルの上には並べきれないほどだ。
「アモバン様、いかがでしょうか?」
楽しそうにウキヨエを見ているアモバンにソンメルソがそう問いかけると、満足そうな顔をしてこう答えた。
「いやはや、良い物ばかりだね。
これを全部欲しいのだけれど、どれくらいになるかな?」
それを聞いて、マリユスはもちろんソンメルソも面食らう。
「あの、こちらはあくまでも梱包材ですので、お売りするのは、その」
マリユスが慌ててそう言うと、ソンメルソも慌てて言葉を続ける。
「そうです。本来なら処分する物ですので、お代をいただくわけには……」
ふたりの言葉を聞いて、アモバンは良くわからないと言った顔をして言う。
「そうなのかい? でも、梱包材といえども運送代がかかっている物だし、無料で貰っちゃうのは悪い気がするんだよねぇ。
あ、それとも、きれいな絵だから手元に置いておきたいのかな?」
だんだん申し訳無いと言った表情になってくるアモバンに、マリユスもソンメルソもどう言えば良いのかがわからない。
そこに、ユリウスがこう言った。
「それじゃあ、市販されてる紙一枚の値段を参考にして、一枚いくらで値段付けたらどうですか?」
あまり高い値段は取りたくないが、無料で譲らせても貰えないだろう。ソンメルソはそう考えたようで、それをそのままアモバンに提案する。アモバンもそれをそのまま了承した。
「それでは、何枚あるか数えましょうか」
ソンメルソがそう言ってウキヨエをまとめ始めると、アモバンがマリユスに手招きをしてこう言った。
「そのファイルの中にも、まだ入っているんだろう? 良かったら見せていただけるかな」
「はい、かしこまりました」
ファイルの中から追加のウキヨエを取りだし、マリユスはしみじみ思う。なんとなくで集めていただけだったけれども、役に立ったようで良かったと。




