第十六章 重なるルート
クリスマスも終わり、街が落ち着いてきた頃。交易船に乗せる積み荷のリストをまとめているソンメルソの補佐を、マリユスはしていた。
「ユリウスが言っていたワインの飲み方、あれを宣伝してワインを売ったら好評だったらしいな。
今回も同じようにして輸出しようかと思うのだが」
「そうですね。前回の出荷量で聞いた先方からの要望ですと、もっと輸出して欲しいとのことでしたので、出荷量を増やしても良いでしょう」
暫しどの銘柄のワインをどの程度積むかと言う話をし、それから他の輸出品の話に移る。
「そう言えば、石鹸は少々売れ行きが良くないようなんだ。
あれを使えば病気が防げるという触れ込みなのだが、使っても防げないという声が上がっているようでな」
「なるほど。それでしたら、正しい使い方を宣伝するというのも手段のひとつかと思います。
ただ、石鹸で洗うだけでは防げない病気も存在しますからね」
「そうだな。数年前に流行った黒死病は、防げていなかったからな」
黒死病は、いつどこから現れたのかがわからない死に到る病だ。一体どの様にして感染するのか、どうすれば治療することが出来るのか、全く解明されていない。
ふと、ソンメルソが壁際の時計を見てマリユスに言う。
「そう言えば、今日は隣の地区から神父様がいらっしゃることになっているんだ。
そろそろおいでになる頃だと思うから、ユリウスにおもてなしの準備をさせてくれ」
「神父様が、ですか? かしこまりました」
一体どの様な用件なのかはわからなかったが、マリユスはベルを鳴らしてユリウスを呼び、お茶などの準備を言いつけた。
それから少し経って。神父様が館にやって来た。紫色の長い髪を三つ編みで束ね、穏やかな表情をした神父様。彼をマリユスが出迎え、ソンメルソの部屋まで案内をしている。道すがら、神父様に訊ねた。
「ところで、この度はどの様なご用件でいらしたのでしょうか」
すると神父様は、持参した革張りの分厚いノートを撫でながら答える。
「少し、交易のことについて伺いたいと思いまして」
「交易について、ですか?」
「はい」
それを聞いて、マリユスはかつてマルコから聞いた十字軍遠征の話を思い出した。聖地奪還の名目の元に行われた略奪。その目的はスパイスだったと、そう聞いた。今では教会の方からそう言った動きは無いけれど、だからこそ、今なお貿易でスパイスを扱っている貿易商を諫めるつもりなのだろうかと、マリユスは思った。
複雑な気持ちを抱えながら、ソンメルソの部屋に着く。部屋に入ると、神父様はにこりと笑って一礼し、ソンメルソに挨拶をしている。
「初めまして、私はタリエシンと申します。
教区外からお邪魔してしまい恐縮なのですが、交易についてお伺いしたく訪問しました」
丁寧にそう言うタリエシン神父に、ソンメルソもにこやかに返す。
「初めまして、タリエシン神父。私がこの家で貿易の仕事を預かっているソンメルソです。
きっと長いお話になるでしょうから、どうぞお掛け下さい」
低いテーブルを挟むように置かれたソファの片方を勧められたタリエシン神父は、お礼を言ってから腰を下ろす。それからソンメルソもソファに座り、それを確認したマリユスは、部屋の扉を少し開け、外にユリウスが居るのを確認する。
「お茶のご用意が出来ましたので、まずはお茶をどうぞ」
そう言ってマリユスはワゴンを押したユリウスを部屋の中に入れ、紅茶の注がれたティーカップと、それを乗せたソーサーをソンメルソとタリエシン神父の前に置く。もちろん、カップに描かれているアーモンドの花が手前に来るように気を払ってだ。
座って居るふたりがカップに口を付けたのを見て、マリユスは一歩下がりユリウスの隣に控える。暫くふたりの様子を見ていると、少しお茶の話をした後、本題と思われる会話が始まった。
「今回伺いたいのは、交易をする際のルートについてです」
「交易ルートについてですか?」
交易のルートと言っても沢山有る。海路は紅海を通るルートが今は使えないので喜望峰を通るルートである程度固定だけれども、陸路は何本も有る。何故タリエシン神父は、交易のルートについて訊ねようと思ったのだろう。そう思っていると、タリエシン神父が持っていたノートをテーブルの上に置き、しおりが挟まれたページを開いた。そこには地図と、交易ルートとおぼしき矢印が書かれている。
「おや、これは昔の交易ルートですね。チャイナから紅海、コンスタンティノーブルを通って、そこからこちらに入ってくる」
ソンメルソがそう言うと、タリエシン神父は難しい顔をしてこう言った。
「これは交易ルートでは無く、黒死病の感染ルートです」
「黒死病の……?」
それを聞いてマリユスはぞっとした。もしかしたら。もしかしたら、自分達貿易商は、積み荷だけでは無く疫病も運んでいると、タリエシン神父は言いたいのだろうか。
何も言えなくなっているソンメルソに、タリエシン神父は言う。
「ソンメルソ様がおっしゃるように、このルートが交易のルートと同じで有ると言うのでしたら、黒死病の流行と交易には何らかの関係があるかも知れません。
その関係がわかれば、黒死病の予防の仕方がわかるのではないか。そう思ったのです」
「なるほど、そう言う事でしたか」
真剣な顔をするふたり。話を進めるうちに、マリユスはこう命じられた。
「陸路の方の資料を持って来てくれ」
「病気に関するレポートでございますか?」
「それは勿論として、積み荷の一覧もだ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
一礼をし、部屋を出る。資料が収められた部屋に向かう途中、どうにも薄気味の悪さを感じている。交易と黒死病の感染ルートの一致は、偶然だと思いたい。けれども、もし本当に関連性があったとするのならば、自分達はどうしたら良いのだろう。
人々が求める以上、交易をやめるわけにはいかないのだ。




