第十四章 金の線
すっかり冷え込むようになった、暗い冬のある日のこと。この日は東洋の本を求めてメチコバールが館にやって来ていた。
ソンメルソの部屋で、ソンメルソとメチコバールが向かい合わせになったソファに、背の低いテーブルを挟んで座っている。
「マリユス、本を」
「はい、こちらでございます」
主の指示通り、マリユスは持っていた糸綴じの本を七冊、テーブルの上に並べる。本はそれぞれ縦に文字が入った表紙だ。この文字は、一体どう言った物でどうやって書いているのか、どんなことが書かれているのか、マリユスには知る術は無い。
並べられた本を一冊ずつ手に取り、メチコバールが目を通している。そしていつものように選り分けて、必要な分だけ手に取って言った。
「この五冊が医学書だな」
「残りの二冊は?」
除かれた本を手に取ったソンメルソがそう訊ねると、メチコバールは一冊ずつ指し示しながら答える。
「お前が右手に持っているのが詩歌で、左手に持っているのが兵法書だ」
「なるほど。詳しく聞かせてくれないか」
「それは構わんが」
これは話が長くなるかも知れないと思ったマリユスは、ソンメルソに訊ねる。
「お茶のご用意はいかがなさいますか?」
「ああ、そう言えば用意させてなかったな。長くなりそうだから用意してくれ」
「かしこまりました」
他の客を招いているときはいつもお茶をあらかじめ用意して居るのだが、メチコバールが来るときはお茶を飲みきる前に帰ってしまうことが多いので、このところは用意して居ないことが多い。マリユスはベルを鳴らしてユリウスを呼び、お茶の準備をさせた。
それから数分後、ティーカップとティーポットをワゴンに乗せてユリウスがやって来た。
「お待たせしました」
ユリウスがお茶をカップに注ぎ、マリユスがソーサーに載せたティーカップをテーブルに並べる。
ふと、メチコバールがユリウスを見てこう言った。
「ん? ユリウスはなんだか妙に顔色が悪いようだが、調子が悪いのか?」
続いてソンメルソも口を開く。
「そう言えばそうだな。最近声も掠れがちだし、風邪でもひいたか?」
その問いに、マリユスが困ったように答える。
「実は先日、ユリウスが小さい頃から使っていたカップを割ってしまったんです。
そうしたら、そのカップでないと嫌だと言って、スープとワイン以外の飲み物を飲まなくなってしまって」
どうしてそこまで頑ななのかわからないが、マリユスとしてはそれ以上の説明が出来ない。それを聞いたメチコバールは、厳しい顔をしてユリウスに言う。
「嫌でも何でも、スープとワイン以外の水分を取らないと体に障るぞ。あまりわがままを言って兄を困らせるんじゃない」
「だめです。あのカップじゃないとだめなんです」
むすっとした顔でそう主張するユリウスに、メチコバールは溜息しかない。
「あの、申し訳ありません。
ユリウス、あまり困らせてしまってはいけないよ?」
そのやりとりを見ていたソンメルソが、マリユスに訊ねる。
「それだけそのカップに執着しているのなら、欠片とかは全て保管してあるのだろう?」
「欠片ですか? そうですね、ユリウスが無くさないように、箱に入れて全て取ってあります」
割れたカップをどうするというのだろう。そう思っていたら、ソンメルソが言うにはこう言う事だった。
「欠片が全て揃っているのなら、デュークが直せるかも知れない。今度訊いてみる」
「デューク様が、ですか?」
割れた焼き物をどうやって直すのだろう。デュークがいくらジュエリー職人だからといって、金属で接ぐのも難しい事のように思えた。
それに。
「あの、我々が手を煩わせてしまってよろしいのでしょうか?」
おずおずとそう訊くマリユスに、ソンメルソは困ったように笑って答える。
「まぁ、あいつも仕事だからな。できる内容で、料金を支払うならば嫌とは言わないだろう」
それならば、是非とも手を借りてユリウスのカップを直したい。そう思ったマリユスはソンメルソに是非にと頼み込んだのだった。
それから数日後、デュークが割れたカップを直せるというので、マリユスはソンメルソと共にデュークの館へと赴いた。
ソンメルソにまで足労させてしまうのは申し訳無かったけれども、ひとりで行くのも不安だろうから付いていくという言葉にありがたく甘えさせて貰った。
応接間に通され、マリユスは早速割れたカップをデュークに見せる。
「どうでしょう、直すことは出来ますか?」
心配そうにそう訊ねると、デュークは欠片を組み合わせながらこう返した。
「これならなんとかなるけど、漆は持って来てくれた?」
「はい、お持ちいたしました」
修理のために漆が必要だとあらかじめ聞いていたので、今期の輸入品の中から少量だけ分けて貰い、持参している。漆などマリユスの手が出る物かどうか厳しいと思ったのだが、そんなに大量に使うのでないならと、ソンメルソが小瓶をひとつわけてくれたのだ。この漆をどうやって使うのか、それは全くわからなかったが、これでユリウスのカップが直るのだと胸をなで下ろした。
漆を受け取ったデュークは、折角来たのだからと、給仕にお茶の準備を頼んでいる。お茶が来るまでの間、どれくらいでカップが直るか訊ねると、こう返ってきた。
「うーん、漆が乾くのに時間かかるから、一週間は見て欲しいな」
「一週間ほどですか、それで、あの、料金はいかほどでしょうか……」
これで払えないほどの高額を提示されたらどうしよう。そんな不安をマリユスが抱えていると、デュークはにこりと笑って答える。
「これは本職じゃないから、サービスするよ。今後あまりにも回数が嵩むようだったら考えるけどね」
「いや、しかしあの……よろしいのですか?」
「うん。
正直言って、直すのに失敗する可能性もあるし、それだとちょっとね」
「……なるほど」
失敗する可能性が有ると言っている割には自信ありげに見えるけれども、ここで好意を受け取らないのも失礼になるだろう。マリユスは深く頭を下げて修理を依頼した。
それから一週間と数日が経って、ユリウスのカップが帰って来た。修理に成功しているので、これなら弟も喜ぶだろうと、マリユスはデュークに何度も礼を言い、カップを受け取った。
帰ってから早速ユリウスの元へ行き、カップの入った箱をユリウスに渡す。
「本当に僕のカップ直ったの?」
心配そうにそう言いながら、ユリウスが箱の蓋を開ける。すると中にはひび割れた部分に金色の線が入っているけれども、すっかり元通りの形になったカップが入っていた。
「どう? ユリウス。これでちゃんと飲み物を飲んでくれるかい?」
マリユスが心配そうにそう訊ねると、ユリウスはにっこりと、嬉しそうに笑った。




