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あの頃の風景、完全版  作者: ミクマリ
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因果応報

輪廻転生とは前世の記憶を覚えている事

脳の海馬には経験記憶が蓄積されるが

過剰な苦しみの為、経験に元ずかない記憶が生まれる時もあります。

脳の錯誤といわれるように理想の経験を生み出す場合もあります

しかし稀に現世の記憶でなく

過去世の記憶を覚えている者もいます

心理学者ユングの「集合的無意識」

人類全体が共有する普遍的な無意識を説明しています

この集合的無意識は人間の潜在意識の中に刷り込まれており

経験により学習する意識ではありません

人間が実害にあった経験が無いにも関わらず

蛇や夜の闇を恐れる事は前世からの記憶を覚えている記憶の欠片なのです

「輪廻転生した魂の記憶」なのです

この記憶を稀に稀に覚えている者もいます



通りゃんせ 通りゃんせ

 ここはどこの 細道じゃ

 天神さまの 細道じゃ

 ちっと通して 下しゃんせ

 御用のないもの 通しゃせぬ

 この子の七つの お祝いに

 お札を納めに まいります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ




鉛色の曇天の中、黒スーツ姿の人達が無表情で先を急いでいる。

時期は梅雨だが今朝の降水確率は30%で家を出る時には雨は降っておらず

私は傘不要と賢明な判断をしたつもり

しかし用意周到で先の事まで考えている普通の人達は皆傘を持っている

傘は先端が尖っておりその気になればいつでも殺傷能力の高い凶器となる

「気分が重い・・・」

私は独り言を呟きながら歩いている

天気が悪ければ気も沈むが私の憂鬱の原因は他にもある

「怖い、あの傘で私は誰かに刺されるかもしれない」

私は気分障害だと自分でも判断している

鬱病ならこんな風に会社に出勤は出来ないだろう

それなのに毎朝起きるだけでもかなりのエネルギーを必要とするのに

今日は周りには傘という物騒な物を持っている人達と

同じ電車に乗らなければならないと思うと尚更気分も重くなる

駅に向かう私の足が心の重さを表している

「今なら会社に電話してズル休みも出来るけど・・どうしよう」

相変わらずの人工的な街並みは今にも泣き出しそうな天気にも関わらず

何の表情もない

「寝不足だから余計に気が滅入るのかな・・・」

昨日も変な夢を見た、毎日同じように繰り返す夢の中での出来事

私は鋭利な刃物で殺されると、、、

結局電車には乗らなかった。

そして会社には具合が悪いと電話だけをしてズル休みをした。

「なぜ人は働くんだろう?、私は嫌な仕事をする為に生まれてきた訳ではないよ」

自分でも呆れるぐらいの言い訳である

本当は傘を持っている人達が怖くて電車に乗れなかったのに・・・

私は駅の前でスマホを見ながら立ち尽くしている

いや他人から見れば私は固まっているようにしか見えないだろう

「また逃げてしまった、、」

鉛色の景色が一瞬で暗黒の世界に豹変したようだ

アスファルトの上に立っている私だけが漆黒の闇に堕ちるような感覚を覚える

「これはデジャヴ現象?」

私以外の世界は動いている、そして私を中心とした周りだけは静止している

歩きスマホしながら大きな声で仕事の話しだと想像できる中年サラリーマンや

私と同じぐらいの年齢かと思える女性も忙しそうに改札口をくぐり抜けていく

「新卒入社3年目で毎日同じ事の繰り返し、私の代わりなんていくらでもいるし誰でも出来る仕事・・」

普通の人は生活費を稼ぐ為に仕事をしている。社会人だから自分でお金を稼ぐのは当たり前

男の人は役割効果として働いているのか?女性も生活費を稼ぐ為に働いているのでそれは正解ではない。

甘えだと先輩からは言われる。先輩は怖いとは思わないけどウザい

子供の時から変わっているとよく言われた

これが一般常識だと言われても何も感情がわいてこない

私は世間に合わせようとしてずっと仮面を被っている

両親にも友達にも本当の私の姿を知らない

教師に言われる事も私は納得できない

友達にも「マリは変わってるね」と言われる

「どう変わってるの?」と聞くと「いい子だけど何考えてるのか分からんち笑」と答えが返ってくる

私の何を変えろというのか?私は他の人とどう違い、変わっているのか?

そんな抽象的な規範で測られても私にはどうする事も出来ない

なので私が出来る唯一の方法は決して逆らわない事、素直に相手の言い分に従う事だった

「マリは彼氏欲しく無いの?、彼氏出来たらマリも変われるよ」

自分ひとりでも持て余しているのに彼氏なんて欲しいものかと思った

「私モテないし今は彼氏欲しくないんだ」としか答えようがなかった。

学校だけでなく家でも違和感があった

特にママにとって私は理解出来ない娘だと思われていた

ママには私の中にもう一人の誰かがいると何度も伝えた

その度に泣かれて否定され、私は口を噤んでしまう


このまま家に帰る気も起きず私は帰り道とは反対方向に向かって歩いている。

私は自傷気味に呟いた

「下を向いて陰気に歩く女をナンパする男もいないだろう・・」


ホテルの窓から夜の街を眺めている。梅雨もそろそろ終わりだろう。

すぐに暑く眩しい季節がやってくる。夏は裕也の好きな季節だ。

目に映るものみな生命力に満ち,目映く輝いて見える為だ

この鬱陶しい街はいつも下品な喧噪に包まれている

夏のギラつく狂気に満ちた表情の方が似合っている

夜は昼間とは様相が豹変しどこか霞がかったようになる

通りを彩る灯りが白みを帯びた空気に滲んで見える

その分まばゆくも思われるが裕也の目にはどこか街の風景そのものが作りものめいて

白々しいものに映っている。

窓の下から見えるのは昼間と変わらない人波

多くの人が夜の中、夜光虫の如く猥雑に蠢いている

外国人と腕を組んで歩いている派手な娘が見える

明るい茶色に染めた髪をちょんまげみたいに束ね

濃い小麦色に焼けた脚を剥き出しにしタイトで短いスカートをはいた女

とても夜だとは思えないほど際立っている姿だ

無邪気に笑っているその娘の眼にはこの世が平和な世界に映っているだろう

無意識に裕也は煙草に火をつけた

「まだ禁煙出来ないとはな、我ながら意志が弱い」

出張ばかりの仕事でもう一週間は家に帰っていない生活が続いている

中小企業の医薬品メーカーで全国の病院施設に訪問営業する仕事

支店も無く卸会社の情報を元での飛び込み営業

上司も2回同行したきりで後は一人で周りノルマを達成しなければならない

給料の良さで入社したが学歴経験不問の仕事は世間で云うブラック企業と相場は決まっている

裕也は薄ら笑いしながら呟いた

「こんなもの売れるかよ・・」

「このまま、この土地でバックレてやろうかな」

この会社は典型的なブラック企業で募集給料が20万~30万と書いていた

何の事はない実際には15万スタートでみなし残業込みの金額だった

しかも数字が出せないものに対しては

追い込みもきつく罵倒・暴力がまかり通っている職場

採用時人数が10人で3ヶ月後には裕也一人しか残っていない有様

裕也は口には自信があったが飛び込み営業の過酷さにはついていけなかった

同期も見るからにマトモでは無くクセの強い人ばかりだった

「もう俺も限界だね」

「明日は真面目に仕事せずにこの土地を見物しにいこうかな」

裕也は睡眠薬をビールで流し込んでベットにもぐり込んだ。


大阪の街は東京よりも湿度が高いらしい。身体に熱が籠り額から滝の様な汗が流れてくる。

まだ午前7時なのに暑さが20度まで上がり早朝散歩をしているジャージ姿の男もこの時間に散歩した事を悔やんでいる様な険しい形相となっている。

ホテルをチェックアウトして商売道具を入れた鞄を持ち裕也は梅田繁華街に入り、駅とは反対方向へと目的なく歩いていた。夏物スーツを脱ぎ無造作に片腕に持ち邪魔なネクタイだけ外して鞄の中に無理やり押し込んだ。ワイシャツも上のボタン2つ外して髪をワックスで幾分立て無造作ヘヤに仕上げた。

ここは東通り商店街と云われ事前のネット情報にて通称スケベ商店街と言われるところだ

風俗店やDVD屋やカラオケボックス、鮨、焼き鳥、焼き肉、立ち食いうどん屋がひしめき合い

縦の通りはラブホだらけだ。

早朝で店は閉まっているにも関わらず独特で猥雑な空気を醸し出している場所である。

覚悟を決めた裕也は行動も早く今日は商談のある目的地まで行かず

一日大阪見物する予定に決めた。

明日以降の事も何も考えておらずこの後の展開もめんどくさいので考えない。

東京も大阪も都会と云われるがどこも人工的な緑を植林して無機質な道路を少しでも景観良くしようと無駄な努力をいているに過ぎない。高層ビルが規則的に立ち並びその中でヒートアイランド現象の異常熱気を作ってしまった人間のせめてもの償いなのであろうか。偽物の自然に騙された雀の声には朝の爽やかさよりも一層都会もどきの胡散臭さが際立ってくる。

ビールで流し込んだ睡眠薬でも裕也に熟睡を与えず未だ意識朦朧として歩いている裕也はイラつきながら

独り言を呟いた。

(早く天災でも来て皆死なねぇかな。)

裕也は缶コーヒーが嫌いなので喫茶店を探している

土地勘の分からない裕也は今どこに向かって歩いているかも分からない

スマホのネットナビを見ながら目的地を探すような野暮な事はしない

気の向くまま歩くだけだ

陽光が容赦なく照り付け、汗だくになりながら珈琲が飲めない苛立ちが益々湧いてくる。

午前7時ではサラリーマン姿の人は見えず道も閑散としている

その代わりに老人達が男女とも古い自転車に空き缶を入れた大きなゴミ袋を括りつけ走っている姿を何人も見かけた。歳を取っても生きていくのに必死な世の中、年金だけでは生活できないのか?

年金も貰えない訳ありの老人達なのか?

何の為にこんなに必死で働かなくちゃいけないのか?

この老人達は戦後日本の高度経済成長期に身を粉にして働き日本を経済大国1位にまで押し上げた

国にとっては感謝されるべき人達じゃないのか?それなのに年金では生活出来ずに老体に鞭打って早朝に空き缶拾いをしなければいけないほど困窮しているのか?

俺の時は年金も貰えないかもしれない。

なのに毎月少ない給料から年金が天引きされている

バブル期に経済大国になった日本が団塊世代や無能なバブル世代のバカ達が食い散らかして

挙句の果てにこれかよ!

アメリカ主導の自由経済を導入したからこんなにも貧富の差が広がったじゃねぇのかよ。

不機嫌な頭にて暑さで不快指数マックスで爆発寸前まで我慢して歩いてたらお初天神の看板が見えてきた

「俺はどこに向かってんだ?茶店も無いのかよ!」

仕方がないので裕也はマックに入り珈琲だけを頼んだ。アルコールと睡眠薬を常時服用しており裕也の胃は朝食を食べれなくなっており毎朝吐き気を我慢する生活スタイルになっていた。

裕也は小声で毒づいた「俺が胃潰瘍になるなんて全くたいしたクソブラック会社だぜ!」

「マックは喫煙席が無いから嫌いなんだよな」

仕方がないので我慢してスマホ見ながら紙コップのブラックコーヒーを飲んでいた。

前方で頬肘ついて気怠そうにしている女の子が目に飛び込んできた

ひとりで暇そうにしているが相棒が居そうな気配もなく

旅行鞄をテーブルの下に置いており出勤前にはとても見えない

ブスではないが垢ぬけない地味な田舎もんの娘に見える

こちらの視線に気づいて女の子と視線があった。

笑顔も見せずに視線も逸らさずボーとみてやがるな。。

「あの、私に何か御用でしょうか?」女の子は俺に突然聞いてきた

「別に何も用事はありませんよ」俺は面食らって咄嗟に頭を働かした

「俺は東京から遊びにきていて道に迷ってるんです」

「駅にはどう行けばよろしいのか教えて頂けないでしょうか?」

女の子は暫く沈黙して「すみません、私も大阪の道が分からず駅がどこにあるのか分からないのです」

これが裕也とマリの最初の奇妙な出会いであった


9時53分、JR新幹線のぞみ300号新大阪行き

改札に切符を通しプラットフォームへ通じるエスカレーターに乗ると、優希は漸くほっとした

流石に新幹線乗り場では外気と比べて僅かだが冷房は効いており身体に籠った不愉快な熱も汗と共に引いてくるような感じがした。山手線車内の温度は湿度と共に密集した人間の体温でも上昇する。電車に乗る度に思う事だがつくづく東京は人間の住む所では無いと考える。8月の新幹線東京駅乗り場では朝でも小さな子供を連れた親子連れとカップルらしき人達とサラリーマン姿の人達が溢れており人口密集度が高い

夏休み時期なので特に子供連れの人達が多いのだろう。優希と麻衣も今から一泊二日で大阪まで行きユニバに遊びに行く。予定通りなら新幹線に乗る前に珈琲でも飲んでゆっくり出来たスケジュールなのに

ここに着くまでに走らなければいけなかった。

だいたい待ち合わせの時間通りに麻衣が来ていたらこんなにも慌てずに済んだのだ

事前に優希が二人分の指定切符を購入しているのだから約束通りの時間に来るのが常識である

麻衣の性格を知っているのだから朝LINEすればよかったのだと優希は理不尽な後悔をしていた。

9時40分、フォームにて新幹線を待つ優希の隣で麻衣が愚痴る「もう~暑いよ、冷房効いてんの!」

急いで走るからこうなったのにと優希はうんざりしながら話しを合わせた「ホントよね、暑過ぎ!」

優希は自分でも損な性格だと認識している。臆病だし不器用だし口下手で生真面目な性格、だから麻衣のようなおおらかで社交的な子に憧れるし正反対だから友達にも成れた。

優希も麻衣も同じ大学の2回生、同じ美術サークルで麻衣と出会った。最初出会った時から麻衣には華があり当然のように男子は麻衣の周りに集まってきた。優希にも声をかけてくる男子がいたが軽薄な感じの人でしつこく強引だったので困っていたところ、何故か麻衣が優希のボディガードみたいな感じで二人一緒に行動を共にするようになり結果的に男から優希を守ってくれるようになった。

今回大阪に一泊二日でユニバに遊びに行こうと提案したのも麻衣だったが大阪で泊まるホテルの予約も新幹線に指定切符購入も優希がした。麻衣が思いつきで行動し優希が後から細かい手続きをしてついていく

「やっと電車来たね、早く座りたいよね」麻衣が嬉しそうに笑顔で言った

指定席は3人席で、窓際では既に先客がおり五十歳前後の上品そうな雰囲気の女性が座っていた。

艶やかな黒髪と清楚な佇まいが印象的で大人の女性の色気を優希は敏感に嗅ぎ取っていた

彼女は文庫本を読んでおり優希はその女性と麻衣に挟まれる形で座る事になった。

人見知りな優希は其れだけでも苦痛となっていたのに

発車後直ぐに麻衣がお菓子とジュースを買ってくると云い席を立ち

ひとり残された優希は隣の女性を意識し心臓の高鳴りが激しくなっているのを感じた

そして緊張とこんな事で動揺してしまう自分を恥じた。

手持ち無沙汰となりスマホを見た時、消音するのを忘れていていきなりLINE音が大音量で鳴った。

心臓が止まるかと思った。隣の席で見知らぬ女性が読書しているのになんてバツが悪いのかしら、

「すみません、直ぐに消音にしますので、、」優希は消え入りそうな細い声で女性に謝罪した。

「いえ大丈夫ですよ、気にしないで下さいね」女性は柔和な笑顔で温厚に答えた

「お嬢さん達はどこまで行かれるのですか?」

もう読書に飽きていた頃なのか彼女から話しかけられ優希は内心吃驚した

「私達は大阪まで行きます、友達とユニバまで行きます」

顔を見ながら話す事で優希はドキドキした。本当に綺麗な女性

年齢は確かに五十代位に見えるが優雅で気品があり同じ女性の優希でも赤面する程の美貌である

「そうなのですか、学生さんですか?」女性は穏やかで全てのものを慈しむかのような表情で聞いてきた

「はい、私達は同じ大学の友達です」

優希は麻衣の事を自分の友達と紹介する事に対して誇らしい気分になる

麻衣は優希とは正反対の性格、頭が良くて綺麗で社交的でいつも男子が周りにいるお姫様

そんな麻衣と友達になれた自分は麻衣と同じ人種に成れた様な錯覚に陥る

「私も大阪まで行くのです、お邪魔でなければ少しお話をさせて貰えないでしょうか?」

「私は大阪の土地に縁が遭って毎年この時期に行っておりますのよ」

女性は意味深な言葉を言ってきた。

痛切に願った、人見知りで口下手な優希は真横で話すだけで赤面する自分を放置した麻衣に

早く帰ってきてと願った。


排気ガスが充満した工場に終了のチャイムが鳴り響く

この音は全身が汗でベタ付き鉛のように重くなった肉体労働者にとっては解放の音色である

時間を提供し賃金を得る為に苦痛な肉体労働を今日も一日やり終えた身体の充実感がある

気温も漸く凌ぎ易くなったがまだ猛暑の残り香が漂う夕刻

オレンジ色の太陽が街の景色を彩り大阪を照らす

「大庭も一緒に飲みに行かへんか?」

「先輩ダメっすよ、大庭は新婚さんで家には若くて可愛い嫁さんが待ってるし」

嫁さんじゃねぇよ、キチガイ女だよ!と裕也は心の中で毒づいた

職場の同僚が飲みに誘ってくれたが裕也には目が離せない女が家に居た

マリは危ない女だった。静岡から意識朦朧で新幹線に乗り大阪に来たらしい。

一晩中マックでハンバーガーとコーヒー一杯で過ごしてた所、朝に裕也が拾ってしまった。

金も無く腹を空かせてたから食事を驕り酒を飲ませてホテルに誘えばついてきてセックスした。

帰るとこがないと言われ裕也も逃亡者のような身だし、とりあえずホテルに泊まる生活が始まった。

今は8月、出会ったのが6月だから慌ただしい2ヶ月間

それから裕也は身元証明書が不要な土建会社に潜り込んで職を得てマリも場末のスナックでホステスの仕事を始めたが先端恐怖症により酒に入れる氷を作る為のアイスピックを持つ度に錯乱状態になり直ぐにクビになる。安いアパートを借りて逃亡者同士の同棲生活を始めたが今は裕也の安い給料だけで生活をしている。包丁にも恐怖心があり料理も出来ない、一日中横になり掃除もしない

そして何よりもマリは度々発作を起こす、一日に何度も狂ったように喚く

男に先端の鋭い刃物で刺されて水の中に沈められ殺されたと、、

一度裕也が疲れて帰ってきて玄関を開けた時にいきなり水をかけられた

「この人殺し!」と喚かれた裕也はマリの顔が腫れるまでぶん殴った事があった

ぐったりしたマリの様子に裕也を我に返り急いで応急処置した時に

マリの声が急に男みたいな声色に豹変した

「俺はお前の事は忘れてないからな」

あの時は鳥肌が立った。裕也は全身が痺れたような感覚となり数分の間、身体の動きが止まった

やがてマリも意識が戻り裕也にゴメンなさいと謝罪してきた

女の顔を腫れあがるほど殴り口が切れて血を流し涙ながらに謝罪するマリを見て

裕也はこの女は俺が守ってやらなければいけないと思った。

マリは精神疾患で俺しか頼る人間が居ないんだと分かり、愛おしくなって抱きしめた。

(統合失調症)

裕也はマリの状態を表現する適切な言葉を意識してネットで病気を調べた

統合失調症は脳をはじめとした神経系に生じる慢性の病気

症状の現れ方は陽性症状では安心感や安全保障感を著しく損なう

急性期に生じる感覚は「眠れなくなり特に音や気配に非常に敏感になり周りが不気味に変化したような気分になりリラックスできず頭のなかが騒がしくやがて大きな疲労感を残す」

誰も何も言っていないはずなのに現実に「声」として悪口や命令などが聞こえてしまう「幻聴」や

客観的にみると不合理であっても本人にとっては確信的で、

そのために行動が左右されてしまう「妄想」といった症状が代表的で根気や集中力が続かない、

意欲がわかない、喜怒哀楽がはっきりしない

横になって過ごすことが多いなどの状態として現れるものがある

先端恐怖症で男に刺されて殺されたというのはマリが頭の中で作った妄想かもしれない

しかし、あの時に出てきた男みたいな口調はなんだったんだ、、

マリの中には別人格が存在してるのか?

あのマリという女は何なんだ?同棲しているのにマリは自分の事を説明出来ずにいる

静岡での生活や生い立ちや両親の事も聞いても何も覚えてないと泣くだけ

全くとんでもない女を衝動的に拾ってしまったと裕也は後悔した。


「優希の知り合いの人?」麻衣が戻ってきてびっくりしたように聞いてきた

お菓子をいっぱい抱えた麻衣は面白そうな目で優希を見ていた

「違いますよ、お隣に座られたお嬢さんが可愛くて私から話しかけたのですよ」柔和な微笑で女性は答えた。

「内気な優希が初対面の人とおしゃべりしていて驚きました、」麻衣が笑いながら言った。

優希は麻衣のこういうデリカシーの無い所が短所だと思っている

(どうして初対面の人に私の性格をバラすのかな、、)赤面した優希は恨めしげに思った。

「何かの縁でこうやってお隣さんとなり会話させて貰った事に感謝しています」

女性のこの発言に優希はこの人も何か壊れているような気がした。

新幹線にて、たまたま指定席で隣に座っただけなのに、、なんて大袈裟なんだろうと

「そうですよね、袖ふる縁も私の縁と云いますからね」麻衣は滅茶苦茶な諺を出して調子を合わせた。

(その造語はヤメレ、)優希は安堵と共に麻衣に対して初対面の人に失礼の無いようにと願った。

「お嬢さん達は大阪に遊びに行くのですね、若いっていいですね」女性は優希の時とは違う親し気な雰囲気を醸し出していた。場の空気を一瞬で明るく変える、これが麻衣の凄さである。

これは麻衣の持って生まれたオーラであり、優希が憧れても決して手に入れる事が出来ない才能である。

車窓から見える景色が田園風景に変わり新幹線はその直後にトンネルに入った

耳がキーンとして優希は思わず唾を呑み込んだ。前方の席では子供が喉が渇いたとぐずっている

トンネルは異世界への入り口、優希は自分のパニック障害への嫌悪感と共に何か嫌な予感がしてくるのを感じていた。

女性は優希を真ん中に挟んで麻衣と会話を続けた。

(席を代わりたい)優希は憂鬱になってくる

彼女の名前は坂口悦子と云い優希達と同じく東京住まいで大阪に向かっている

その佇まいは今から楽しい用事で大阪に行くのでは無い寂寥感に満ちていた

人の眼は多くの言葉よりも雄弁である。優希の人生の中でこんなにも悲しい眼をした人を見た事は無かった。麻衣はこの人の眼を見て何も感じないのか不思議に思う

全体的なオーラは上品なのに、この女性に不安気を感じるのはこの悲しそうな眼である

闇の深淵を覗くとそこに存在していたのは恐怖ではなく悲しみである

(この人とこれ以上話してはダメ、麻衣もうやめて!)

麻衣も同じ感想をこの女性に対して感じていた。

(この人、やばい、この世のものではない感じ)

優希が黙っているから代わりに会話しているがこの人は何か私達に告白したがっている

初対面の人から伝わってくるこの違和感

さらっと社交辞令で済ます場面でこの誘導感は何なんだろう。


トンネルを抜けると周りの音が清涼となり耳の違和感も無くなった

人工的な照明だけでは不自然だった車内が太陽の陽光と混ざりあい明るくなった。

窓に目を移すと長閑な田園風景がまだ続いている

前方でぐずっていた子供は親と一緒に席を立った

急に現実世界に引き戻されたような感じがした。

悦子が優希達に向かって言葉を続けた。

「私の娘が生きていればお嬢さん達と同じ年齢になっていました」


平成3年8月13日に大阪の西淀川区堤防にて7歳の女児、坂口沙和子の遺体が見つかった

死因は溺死と判定され腹部に数か所の刺し傷があり性的暴行の後も検出された。

6月5日、小学校終了後、その日の夕方に娘は帰宅せず両親は警察に捜索願いを出していた。

犯人の証拠となるものは沙和子の体内に残されていた精子と爪に残された血液のみで

結局未解決となり一年で事件は迷宮入りした。

悦子は娘が殺されてから精神に異常をきたし精神病院に3年間入院した

夫とはその間に離婚し向精神薬を服用しながらの退院となった。

その後、悦子は宗教団体に所属しそこの事務員として仕事をし生計を立てているが

仏教の教えは娘を性的暴行されて川に投げ捨てられ殺された悦子の心の傷は癒してはくれず

時を経る度に無力感と宗教に対しての怒りが増してきた

特に犯人に対しての憎しみを捨て、許すことで悦子は救われると説かれた事に対して受容出来なかった。

この教義を受け入れる事が出来ずに20年間苦しんできたと話した。

宗教団体を脱会しようと考えたが、この団体のお陰で今の仕事に就く事もでき

精神病院入院歴のある中年女の再就職口は他に無く

生活をする為に現在も我慢して働いていると云う。

説法よりも悦子を救ってくれたのは向精神薬デパスの方である

悦子は抑揚の無い静かな口調で優希と麻衣に話しを続けた

「20年前に私の娘はわずか7歳の時に何者かに殺されたのです」

「7歳の女の子が性的暴行されて腹部をめった刺しにされて川に投げ込まれたです」


優希と麻衣は顔を見合わせた。

初対面の私達にこの話しを告白するのは余りにも重かった。そして途方にくれた。

最も驚いた事は悦子は一年前まで亡くなった娘の沙和子と一緒に住んでいたという内容である。

一緒に居たのに一年前に何も言わず急にいなくなったと悦子は語った。

沙和子の霊と一緒に住んでいたという事だろうと解釈するしかなかったが

この時点で優希は思った。(この女性は今も狂ってるいると・・)

精神病院退院後、東京に引っ越してから毎年8月には沙和子の遺体が見つかった大阪の発見場所まで

お参りしている。20回目となる今回、一年振りに娘の沙和子の霊に会えるかもしれないと嬉しそうに話した。優希も麻衣も薬学部の学生である。向精神薬デパスを長期服薬した場合の副作用は容易に想像できる。しかし悦子の目は正気を保っており統合失調症患者特有の口調、瞳孔、思考回路では無いと思えた。

これは宗教による精神汚染も考えられると優希は推測した。


悦子は更に話しを続けた。

仏門に入り学会の教えに従い毎日、勤行と作務も事務作業以外で務めているが

20年間継続しても結局は救われなかった。

被害者家族である自分が生き地獄を味わい現在も苦しんでいる

犯人を許せる訳がないし、許せば自分のこの苦しみが無くなるなんて到底思えないと、


優希は横に座る麻衣を見た

麻衣はイヤホンをして音楽聞きながら席を少し傾けて寝ていた

優希のLINEには(少し寝るからキチオバサンの相手してね、ゴメンね)と・・・

麻衣の裏切り者め、優希は麻衣の頭を叩きたくなったが辛うじて我慢した。


悦子は雄弁に仏教の矛盾を語りだした。

神の意志は人間の保存では無いのです。

仏様は全ての人を救う道を説かれてはいないのです。

詭弁なのです。

悪人性機説、念仏さえ唱えれば極楽浄土に行ける、悪人ほど尚更と、

鬼畜が生かされ、念仏を唱えれば悪鬼の所業は許され極楽に行けて

この世に生まれてわずか7歳で何の罪の無い魂が辱められ殺され

20年間も生き地獄を味あわされて今も無様に生きている私

未だに救われず苦しんでいるのです。

神や仏が本当にいるなら何故世の中の理不尽な悲しみが後を絶たないのでしょうか?

天災にて一瞬に命を奪われ、国同士の戦争により人間は容易く人を食らう鬼となり

異常事態に成らずとも日常で流れてくるニュースでは、とても人の所業とは思えない事件が連日報道されています。神が地獄を創るではなく人間の心に住まう人の闇が死後に行きつく魂の階層を創り出します。

神の裁定は厳格であり人間の魂が因果応報にて形成した魂の形となります

己が過去に行った悪行にて多くの人の魂を辱め苦しめ他を生き地獄に堕としてきた汚物に塗れた魂は

己の我欲を満足させた後の疲労感ゆえの保身と僅かに残っていた良心に従い肉体舟の老化から

後年は善行を積んでも悪行の相殺とは成らず必ず地獄に引っ張られます。

己が創った魂にこびり付いた汚物に相応しい階層に落とされるのです。

私は犯人を許せないのです

私は鬼に成り果ててもこの手で復讐しなければいけないのです。


優希は只管この女性から離れたかった。

初対面の私にこの話しをして誰かも分からない犯人に復讐するなんて

完全に狂っているとしか思えず恐怖感しか沸かなかった。

顔から血の気が引き、身体が震えているのを感じた

自分の心臓の鼓動が大きくなり聞こえてきた。


麻衣はイヤホンをしているが音楽は聞いておらず2人の会話を寝た振りをして聞いていた。

この女性も抵抗しながら20年間学んできた宗教団体の教義に縛られているだと分析した

そして狂人の戯言と反発して聞いていたが確かに仏教の矛盾はこの女性の言っている事も一理あると思えた。鬼畜の所業を犯した者が反省して念仏さえ唱えれば己の犯した罪は帳消しとなり極楽往生に行けるなど被害者からすれば到底受け入れがたい教義である。

さてどうやってこの難事から優希を助けようかと思案していた。

「優希、席替わろう!」

麻衣はいきなり席を立ち優希の返事を待たずに強引に退かせ

あからさまに庇うようにして席を替わった

悦子は無表情でその動作を眺めていたが突然麻衣に話しかけてきた

「お待ちしておりました。神楽様」

麻衣の表情は固まった

「私は今日貴女様に会う為にこの日を何年もかけて計画しお待ちしておりました」

麻衣は無言で悦子を睨みつけている

その様はまるで髪の毛が逆立ち顔付きが完全に豹変していた

凄まじい怒りのオーラ

不動明王

優希の稚拙な言葉で言い表したこの表現は

まさに鬼神の怒りだった

優希はこんな表情をする麻衣を初めて見た

いつも天使のオーラを纏いその場を明るくする麻衣

今の彼女は天使とは真逆の殺気が放たれている。


麻衣は今回の旅行は乗り気では無かった

嫌な予感はしていたがまさかこの女性だったとは、

思い出した、夢でこの女性と既に会っていたのだ

麻衣の本当の顔は裏陰陽師、名前は神楽

祖父は直ぐに私に後を継がせたいと言ってきたが私は断った

私はまだ遊びたいし、恋もしたい

今が一番楽しい年頃の女の子なんだから!と譲らなかった

だから祖父は折れて4年間だけ大学に行かせてくれた。

卒業すれば家業の裏陰陽師を継ぐ事を約束していた

大学生活では普通の女の子で居たかった

特に友達の優希には知られたく無かった

一週間前に夢の中で女性に怨みを晴らして欲しいとお願いされていた

なんの事か分からなかったが

この女性の生き霊が麻衣に会いに来ていたのだ

この女性は私に会う為にこの日を何年もかけて計画してた

私は巻き込まれる、しかも大切な友達、優希までも

どうしよう、しらを切ってこの場から立ち去ろうか…


(お願いします神楽様。私を助けて下さい)

場所が変わった

新幹線の中からいきなり違う空間に移動した

ここには朱色の鳥居がある

空は夕焼けにしては血色で真っ赤、風景は賽の河原みたいな場所

私はこの女の世界に引きずり込まれたんだ

陰陽師の私を自分の異空間に移動させるなんて

この女は化生の者か!

神楽は腹を括った

(何故、私を知っていたのだ。何故私の処に来たのだ!)

神楽はこの女から敵対するオーラがなく

哀願しか無い事を悟った

神楽の力で娘を惨殺した犯人を見つけて欲しいとの依頼だった

悦子は今回、犯人と出会う事を予想していた

20年かけて呪いをかけて今日この日が来るのを待っていた

悦子は既に鬼になっていたのだ

でも霊能者でないから犯人を特定する事が出来ない

だから霊能者である神楽の力を貸して欲しいとの内容だった

(私は怨みにより自ら冥府に行き鬼と成り果てました)

このからだ、鬼と仏と、あいすめる

人間は弱い

簡単に鬼畜道に堕ちるし、自らも鬼に成れ果てる生き物

悦子は娘を惨殺された怨みから自ら鬼に変身した

悦子が神楽に頼ってきたのは

鬼と成った自らも救って欲しいとの内容だった

なんて因果な事だろ

この人も生きながら鬼に成りたくなかったろうに、

成らざる得ない運命だった

哀れだ

(分かった貴女を助けてやろう。)


8月中旬、殺人的な紫外線が照り付ける昼下がり

鳥の声が時折聞こえてくるだけの殺風景な風景

その度に上を見て何もない事を痛感した

まさに夏空、青い空に何処までも続いてる夏雲

裕也とマリはそこで川を見つめて座っていた

水辺はあの世とこの世の境界目となる入り口

魔はその異界から出入りする

ここは西淀川堤防、何もない景観

遠くに釣り人の姿が見える、こんな川で何が釣れるのか

裕也はぼんやり考えもした

上方には無造作に生えた草だらけの土手

こんな所に降りてくるのは釣り人だけ

なのにマリはこの場所に行きたいと裕也を連れてここまで来た

特に何も用事なく1時間も二人で川を眺めてるだけ

あれからマリの発作は落ち着いたが

今は陰性期か、何をするにしても疲労感を訴えてくる

全くこの女は何を考えてるのだろ。裕也はめんどくさくなってきた

「ねえ、20年前にこの場所で女の子の死体が見つかったんだよね」

マリは気だるそうに呟いた

いきなり何を言い出すのか、裕也は困惑したが取り合えず話しを合わせた

「そうなんだ、有名な事件があったんだね」

じっとしていても汗が滲み出し呼吸も苦しくなってくる

なんだこいつはイラつく

「結局、迷宮入りして犯人が分からなかったのよね」

裕也はマリが何を言いたいのか分からずこのまま放置しようと思った

「私、ここでレイプされてナイフで刺されて川に投げ込まれたの、、」

マリの話しは小学校から帰る途中で車に乗せられてここまで来たらしい

そこでレイプされて殺されたという内容だった

また妄想が出たかと思い、聞き役に徹する事にした

「苦しかった、怖かった、寒かったの、、」

もうお手上げだと裕也は思った

完全に狂ってる、これ以上俺にこの女をどうしろというのか

「マリ、病院行こう」

裕也は前から考えてた事を提案した

今は貯金が無い状態で苦しくなるのは分かっているが他に選択肢は無い

「行かないよ、今日決着つくんだから。ママと一緒に考えた計画なんだから」

今度はなんなんだよ「マリ、、」

いきなり空気が変わった

風景も夏空の爽やかな午前中からどす黒い雨雲になり雷が鳴りだした

景色も赤褐色となり目の前の世界が一変した

マリの形相も豹変し憎悪の目で此方を見ており

その顔は青白くこの世のものでは無い般若と化していた

「私はマリじゃない!沙和子だ!」突然叫びだした

裕也の身体に異変が起きた、金縛り状態

口も動かせず声も出せない、心臓が鷲掴みにされているみたいだ

次になにか鋭い刃物で腹部を突き刺されるような鋭い痛みが襲ってきた

身動き取れず呼吸が苦しくなってくる

遠くからお経の声が聞こえてくる

(なんだこれは、)裕也は意識朦朧で唸った


水の底は音の無い漆黒の世界

肉体舟から解放された魂は戸惑っている

頭上から光が差し込んできた

形にはなっていないが意識は其れを天使だと認識していた

沙和子はこの世を去り天上界に帰る筈だった

光から帰っておいで、お帰りなさいと呼びかけられている

あそこには大好きなママが居る

早くお家に帰らなきゃ

意識を其処に向けて光の導きに委ねようとした時

あるべき筈の無い沙和子の脚がいきなり掴まれた

あそこに行きたいのに行けない、上に登れない

光の導くままに進めばいいのに動けない

脚を掴まれて底に落ちていく

沙和子の意識は下に落下していった


南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏



腹部にナイフが何度も突き刺され血が噴き出してきた

内臓は身体とは別意志を持ち、

壊れた臓器が気の遠くなる痛みを絶え間なく送ってくる

耳に聞こえてくるお経が段々大きくなってきた

マリは目を血の色にして裕也に顔を近づけてきた

「私はお前に殺された。レイプされてナイフで何度も刺されて川に投げ込まれた」

裕也は声にならない悲痛な形相で否定した

「違う、俺は知らない、やっていない、、、」

その一言が引き金になりマリの顔は完全に般若と化した

「お前を私と同じ目に合わせてやる。お前の穴に棒を入れてかき回し内臓を破壊してやる。

お前の身体を切り刻み、永遠の苦しみと孤独地獄に堕としてやる。早く命乞えしてみろ。

誰もお前なんか助けない。何度も同じ苦しみを味わうんだよ。永遠に!」

裕也は薄れゆく意識の中でぼんやりと考えていた

不思議に恐怖感はなかった。

今までの人生ろくな事は無かったしこの世に未練もない

予想はしていたがまともな死に方はしないと思っていた

只、この苦痛から早く解放されたいと焦れていたし

何故、マリにこんな事されるのか困惑だけが残っていた


裕也の命が尽きようとしていた時

突然、声が聞こえてきた

「沙和子ちゃん、この人は貴女を殺した相手ではありませんよ」

静かに諭すような優しい声がマリの中の沙和子に向けられた

黒雲で風景はきな臭くなっており生暖かい風が肌にべたついている静寂な午後

誰も近寄らない辺鄙な場所で

般若と化した若い女と苦悶の表情でうずくまる男の前に

麻衣と優希、悦子が立っていた

麻衣は悦子の懇願を承諾してユニバ旅行を中止して急遽、悦子と優希を連れてこの場所に来た

今日は沙和子が犯人に仕返しにくる約束の日

悦子と沙和子の霊が20年かけて仕組んだ復讐計画

その犯人を確かめたく悦子は麻衣に教えられるがままこの場所に来た

憎悪のオーラに身を包み目が血走り牙を生やした獣のようなマリに向かって言った

「貴女達親子はあの世に行けず彷徨っている地縛霊なのです」


麻衣は悦子に新幹線の中で説明した

麻衣から伝えられたその言葉に悦子は絶句した

貴女は霊体で今この女性に憑依しているのです

貴女はもうすでに死んでおり生きてはいないのです

貴女も娘さんも60年前に死んでいるのです

貴女と娘さんの執念がこの世から離れる事が出来ずに居るのです

似たような周波数を持っているこの人達に憑依しているのです

そして今日会う男は娘さんを惨殺した犯人ではありません

その男の肉体先祖が貴女の娘さんを殺したのです

私は貴女達親子を憎しみの輪廻から救い成仏させてあげます


真相はこうです

麻衣はマリの中の沙和子に向かって話し始めた

昭和35年8月、西淀川河川敷にて女児の死体が発見された。

女児の母親も娘を惨殺された後、翌日に気が狂い同じくここで入水自殺した。

母親は犯人に対しての怨みが強く残り

あの世に行けず女児と共に死体発見場所に地縛霊として留まっていた

貴女達親子も死んでいる事を理解出来ず

身体が動かない事に焦れて長年時を過ごしていた

そんな時に平成3年の夏、憔悴状態の坂口悦子と出会った

悦子は自分の病気と経済苦で自殺場所を探しにここまでやって来たのだ

自殺寸前の悦子には既に魂が抜けており乗り物の主が不在の状態であった

同じ波長なので貴女達親子は悦子に憑依しやすかった

憑依した貴女達も、された生身の悦子も一体となり

貴女達親子の記憶が悦子の記憶となり

一人の生身の身体に3人の魂が同居していたのです。

そのうち沙和子は別の依り代を見つけて移った

「それが貴女です」と麻衣はマリを指差した

母親は悦子の魂として今まで生きてきた

60年前に亡くなった貴女達親子には時間の長さが違っていたです。

「沙和子ちゃん、この男の人は貴女に何もしてないのよ」

「何も罪もない人にこんな酷い事しちゃよく無いでしょ」

麻衣は優しい口調で言った

「沙和子ちゃんも苦しかったよね、悲しかったよね。もう天国からお迎えが来てるのよ

ママと早く戻るべき場所に帰ろうね」

沙和子が憑依したマリの顔に正気が戻った

「ママ、、」マリの口から幼い女の子の声が出た

「沙和ちゃん、ママと一緒に帰ろ」悦子は優しく声をかけた

その直後に悦子とマリはいきなり倒れた。

悦子の身体から母親が、マリの身体から沙和子が出ていき

二人とも成仏したようであった。

裕也も金縛りが解けて身体の霊的ダメージもなくなっていた

裕也の祖父は戦後のどさくさにまぎれてかなりの悪党として生きてきた

結局、他人様の怨みから誰かに殺されてしまったらしいが

一家離散して家族の温かみを知らず施設で育った裕也には知る由もなかった


横を見たら優希も気を失って倒れていた

麻衣は優希に申し訳ない気持ちでいっぱいだった

ユニバ旅行も無くなったし変な事に巻き込んだし

私の正体もばれて怖い場面も見せた。

「ごめんね優希、」麻衣は優希を優しく抱き起こした

気がついた優希は泣きだした

「終わったの、麻衣、、怖かったよ、、」

「ごめんね、もう終わったからホテルに帰って休もうね」

悦子も裕也も緩慢な動きで立ち上がった

「もう全部終わったからね、ごめんね」麻衣は優しく優希を抱きしめた

もうあの親子は成仏して天国に帰った

憎悪の輪廻を断ち切る事は難しい

怨みが執着となり成仏出来ずに地縛霊となり

生者に憑依してまで怨みを晴らそうとする

この世は忍土の世界

理不尽な悲しみが多くある

宗教の教義では到底救えない


前方ではマリだけが倒れていた

裕也は心配となりマリを抱き起こそうとした

「マリ、大丈夫か?」

裕也の腕の中でマリはぐったりしていた

今までマリは霊に憑依されてたんだな

だから人格が分離していた

これからはよくなる。

俺はマリを幸せにする、一生守っていく

「マリ、愛してるよ」

死んだように身体が重くなっていたマリの手がピクッと動いた

そして全身が痙攣し始めて突然裕也の首に手をかけてきた

マリは目を瞑ったまま裕也の首をぐいぐい締めてきた

「マリ、どうして、、」

マリの目がかっと見開かれた

殺意を持っている憎悪の目

「俺はお前を忘れていない」

麻衣達はその異変に気付いた

あの親子達は成仏したのに何故?

麻衣は混乱した

横の優希は不安気な顔で麻衣を見つめた

悦子はまだ放心状態のままその光景を見ている

マリは裕也の首を絞めながら麻衣の方を見て言った

「俺だけがまだ成仏できてない、俺も成仏させてくれ!」

マリの中に居たのは圭太という男だった

圭太はマリの祖父

昭和20年終戦時に圭太は裕也の爺さんに強盗され殺されてこの川に沈められた

因果応報、祖父の悪行で二人の命が奪われ

その報いが孫にくるとは、なんて哀れな事だ

マリの中にいた圭太の怨念が沙和子の霊を呼び寄せた

マリも裕也にも何も落ち度は無い

麻衣は涙を流しながら手印を結び祝詞を唱えた

「ノウマク・サンマンダボダナン・アビラウンケン」

「オン・バザラ・ダト・バン」

大日剣印、智拳印を結び空に手刀を切った

「圭太よ、其方の居場所はここでは無い。帰るべき場所は天上界

 孫の身体に憑依している所は其方が居るべき場所では無い」

「帰りなさい」麻衣は圭太の霊に引導を渡した



「ねえ優希、次はあれに乗ろうよ」

麻衣は目をキラキラさせながら優希に言った

麻衣と優希は一日遅れでユニバに来ている

悦子も一緒に3人でカフェにてランチを取っている

悦子は麻衣と優希のホテル代を出し

二人と行動を共にしている

悦子はもう生きがいを失い一人で東京に帰る気力が無くなったのだ

独身で50代の自分はこれから先、生きていけない

自分の記憶だと思っていた今までの事はいったい何だったのか、

麻衣から離れてはこれから生きていけない

縋るように涙を流しながら麻衣にお願いした

私の側にいて欲しいと。

麻衣も今更、別れて悦子ひとりで東京に返すのは心苦しかった

この人は自殺するおそれがあると感じていたから、、

「あれって2時間30分待ちだけど、麻衣は待てるの?」

麻衣のせっかちな性格を知っている優希は軽く返した

「うーん、無理っぽい、、、」

「でしょ」優希は微笑した

「よし、式神を出して順番を譲って貰おう!」

優希と悦子は同時に突っ込んだ

「ズルしちゃダメでしょ 笑」



(完)




















































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