八章
ポツポツと雨が降る音がする。
やべ…傘持ってきてない…
頭は相変わらず重い。熱が下がっていないんだろう。それになんだか体も痛い。
そこでようやく重い瞼を持ち上げる。すると見たことがない天井が見えた。俺が寝かされているベットの周りはカーテンに覆われ、かすかに消毒液のような匂いがする。
いつの間にこんなところに寝ているんだろう…
重い体をゆっくり起こしベットの端に座ってから周りを覆っていたカーテンを開ける。
「ここ…保健室・・・?」
そういえば、昼休みに御井野に保健室に行けと嫌味を言われたような記憶がある。
その後自分でここまで来たのだろうか…?
午後の授業を受けたような記憶もないし…
思考がまとまらずベットに腰かけたままどうしたものかと思っていると突如ドアが開けられた。
入ってきたのは保健室の先生……ではなく和泉だった。
「あー、起きたんだ!よかったぁ。」
「………?」
よかったって……なにが…?
「もー、びっくりしたよ!洸弥くん体育の授業中にいきなり倒れちゃうんだもん!もうみんなびっくりだよ!」
「倒れた……?」
「覚えてないの?」
「ああ……」
そもそも倒れたことどころか体育の授業を受けたということすら記憶がない。
「えっと…どこから話せばいいのかな?えーっとね、今日の授業は男女に分かれて別のコートでバスケしててー、それであたしは出番じゃなかったから他の試合見てたのね? するとなんということでしょう、洸弥くんがちょうど試合に出るらしいじゃありませんか!でもなんか試合前なのに息切れしててふらふらしてたのよ?でもそのまま試合が始まってねー」
「なるほど…試合の途中で熱にやられて倒れたってわけか…」
ただ座って授業を受けるのも辛かったのだから体育の授業で倒れたのも納得だ。
そう自分の中で納得していると和泉は首を傾げた。
「え?いやそうじゃなくて洸弥くんが倒れたのは同じチームの人のパスを手じゃなくて顔で受け止めたからなんだけど…」
「へっ…?」
ナニソレ!?恥ずっっっ!?
「まさかパスした人も洸弥くんの顔に当たるだなんて思ってなかったみたいでさ、しかもバスケ部の人だったし?あれはすごかったなー、まるでボールが吸い込まれていくみたいに……ん?あれ、どうしたの?うずくまって?」
「…なんでもないです…」
なんか、だんだん思い出してきたぞ。
確か運悪く午後の授業は体育で…
俺は熱のせいで着替えにちょっと手間取って遅れて行ったらちょうど試合が始まる直前で…
人数合わせとかで無理やりコートに入れられたんだっけ…
でも試合が始まっても当然動けるはずがなく…そのまましばらく意識がぼんやりしていて…
急に誰かの声が聞こえたから顔を上げて……そこからの記憶がない…
まさかのただのパスを顔面で受けて大勢の前でぶっ倒れるとか……
「…もうクラス行きたくないな……」
絶対注目されるに決まってる…
「なーに言ってんのさ。ほら荷物持ってきてあげたからさっさと帰るよ。」
「は?授業は?」
そう言うと和泉は自分の携帯電話を俺の目の前に突き出す。そこには現在の時刻が刻々と刻まれている。
「はい、今なーんじだ?」
「………」
「はーい、そこ!目をそらさない!もう七時だよ!楚乃ちゃん超心配してたんだから!」
「なっ…!?お、お前楚乃に連絡したのか!?」
せっかく気付かれないように頑張ってたのに……!?
「もちろん。なかなか起きないし。それに保健の先生も電話が繋がらないって困ってたからね。」
俺の家にある据え置きの電話機には登録した人は名前が表示される。
楚乃は家に掛かってきた電話は俺か和泉のときにしか出ないので保健の先生が電話を掛けても繋がらないのは納得だ。でも和泉がその場に居合わせたせいで結局楚乃に知られてしまった…
すごく家に帰りたくない…
「あー、先に帰っててくれないか?俺傘持ってきてないから雨がやんでから帰るよ。」
「あたし折り畳み傘持ってるよ?」
「いやいや、この年になって相合傘はちょっと…」
そろそろ部活動生が帰るころだし、ただでさえ和泉は人気者なんだから噂が広まるのも早い。だから変に誤解されるのはゴメンなのだ。
すると和泉はニヤリと笑った。
「あたし置き傘してるから残念ながら相合傘じゃないよー? なーに想像したのかなー?」
からかうように和泉が俺の顔を覗き込む。
「な、な、な、何にも!想像なんてしてねえし!?」
「あはっはー!なーんてね、冗談に決まってんじゃん!あんまり興奮すると熱上がるよ?」
「だったらからかうのやめろ!」
「その様子じゃ歩いて帰れそうだね。じゃあ、あたし外出てるからさっさと着替えてね。」
「あっ…おい…!」
そのまま和泉はぴしゃりとドアを閉めた。
俺、着替える気力もないのに……
たぶん楚乃には心配かけたよな……帰ったらほんとどう言い訳しよう…
どうにか重い体を動かし制服に袖を通しながら、家に帰った後どうやったら気を使わせないで済むのかぼんやりする頭の中で必死に考えるのだった。