四章
荷物を置き、楚乃に元クラスメイトが来たことは言わずに適当な言い訳を言い、玄関の外に出ると清梨は玄関の扉のすぐ横に寄りかかり赤く染まった夕日を眺めていた。
「ちょっとー、お兄さん遅いですよ」
清梨は俺に気付いたのか声を上げる。
「いろいろあったんだよ。ほら、行くぞ。」
俺が家の門をくぐると清梨はぴったりと俺の後ろにくっつく。
「…ん?」
「どうしたんですか? お兄さん?」
誰かに見られているような気配がして振り向くが誰もいない。
「…いや、なんでもねえよ。」
そう言い早足に家から遠ざかる。
「それで、どこで話すんです?」
「近所の公園。」
俺の家から近場の公園までは徒歩五分くらいの距離にある。
その公園の端のほうにあるベンチに腰を下ろす。
「それで、話ってなんだよ。」
ぶっきらぼうにそう聞くと清梨はくらい顔でうつむいた。
「…これはただの自己満足でしかないって自分でも分かっているんです。でもあたしこのままこの問題がそのままなかったことになってしまうのがどうしても許せなかったんです。だから…来ました。」
清梨は覚悟を決めたようにまっすぐに俺を見つめる。
「自己満足ね……あれ? そういえば何でそもそも何で楚乃香のいる家の住所が分かったんだ? ほとんど誰にも言ってないって聞いたんだが。」
ずっと気になっていたことを聞くと清梨はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「それは…いろいろ聞いて回ったので…」
「いろいろ?」
なんだろう、嫌な予感しかしない……
「始めは担任に聞いたんですけど個人情報がーとかいろいろ言って教えてくれなかったんで楚乃香さんが前に住んでいた家のご近所さんに聞いて回りました。それで大体の地名は分かったんですけど詳しくどのあたりかが分からなかったのでそこは一軒一軒表札を見てようやく見つけたので中の様子をうかがっていたんです。あー今の苗字はご近所さんに住所聞いたときに偶然聞いたんです。」
その言葉に俺は思わず顔をひきつらせた。
「おい、それって完全にストーカー行為じゃねえか!」
「いや、大丈夫じゃないですかぁ?あたし学校の友達にも周りの誰にも言っていませんし。それにほら、よく言うじゃないですか、犯罪はバレなきゃセー……」
「はいはーい、ストップストップ!それ以上はいい!もう聞きたくない!」
こいつ想像以上にやばいやつなんじゃ……
「あのー、そろそろ本題に入ってもいいですか?」
「…ああ。」
そして、清梨は小さく深呼吸をし静かに語り始めた。
「あたし…確かに楚乃香さんがいじめにあったとき…いえ、同じ部活の部員がいじめの計画を立てているときその場にいたんです。でも初めはやめようって言うグループといじめを行おうとするグループに分かれててあたしはやめようっていうグループのほうにいたんです。でも…今度は私たちの弱みを握られて、脅されたんです…。それで結局いじめは行われていきました…。止めようとする子もいたんです。でも出来なくて結局楚乃香さんは学校に来なくなりました…」
「…じゃあ、お前は楚乃に直接手を加えたんじゃないのか…?」
「はい。」
そうなのか…こいつもこいつなりの理由があったことは何となく分かった。でも…
「…でも…悪いが俺はお前がまったく悪くなくて単に巻き込まれただけだなんて思わない。おまえは楚乃香が傷つくのをただ見ているだけだった。助けなかった。その時点でいじめてたやつらと同罪だ。お前も…同じ部活のやつも…クラスメイトも…いじめに気付かなかった教師も…俺は絶対許さない!!」
込み上げてくる怒りをどうにか抑え、感情に任せて動かないようにそう答える。
「そう…ですよね…。許されるなんて思っていません。」
清梨は自嘲気味に笑い俯く。
膝の上で握られた手はかすかに震えていた。
俺はそのことに気付いていない振りをし次の質問をする。
「…それで今はどうなってるんだ?」
「…はい…あの後いじめが発覚して部活は休部直接的にいじめに関わっていた人たちは一時的な休学になって復学した今ではすっかりおとなしくなっています」
「そうか…」
ここまでくると怒りよりも悲しさのほうが勝る。
それに今さらこいつに怒っても何かが変わるわけではない。
「あの…ありがとうございました。お兄さん」
「えっ?」
なんでお礼…?
「話を聞いてくださって」
「それくらいならまあ…」
「あたし帰りますね…」
そう言って柚葉は立ち上がる。
このままでいいのか…
こいつは本当にあの時のことを悪いと思っているのは話を聞きながらこいつの雰囲気で分かった。
それにせっかく遠く離れたこの場所まで来たのに…
「おい、清梨!」
俺は後先のことも何も考えず立ち去ろうとする背中に声をかける。
ゆっくりと振り返った柚葉は今にも泣きそうだ。
「本当に悪いと思っているなら俺に協力しろ!」
「協力…?」
「ああ、俺はずっとあいつを救いたいと思ってた。今もだ!だが一年半たってもあいつの心の傷は癒えないままだ。だから協力しろ!俺は…俺はあいつを救いたい!!」
清梨はぽかんと口を開ける。
そして覚悟を決めたように頷いた。
「分かりました。…じゃあ携帯出してください。」
「えっ?」
「連絡先、交換しましょう。今後何かあったらいつでもかけてください。」
「了解…」
こうして俺の携帯のアドレス帳に『清梨柚葉』の電話番号が登録された。
家に帰るといつもならすぐに楚乃香が出迎えに来てくれるが今日は静かだった。
リビングにも誰もいない。片付けが終わって自分の部屋に戻ったのかもしれない。
「…風呂でも入るか」
そう思い風呂場の扉を開けると白い肌が目に飛び込んできた。
「………」
「…えっ?」
楚乃は目を丸くする。風呂上がりでまだ濡れた髪、火照った体が色っぽい。そしていつもとは違うあることに気が付いた。
「に、に、に、兄さん!何見てるんですか!?早く出て行って…」
「…ちょっと待て」
そう言って俺は楚乃の両手を抑え顔を近づける。楚乃が慌てたような声を上げたが今は気にしていられない。
「な…何するんです!?離してください!」
「…何かあったのか?」
「え…?何言って…」
「…目…腫れてる」
楚乃の目は真っ赤に腫れあがっていた。さっきまで泣いていたかのように。
「…何でもないです。いいから早く出て行ってください。」
「いや…何もないことないだろ!」
「いいから出て行って!!」
いつもならありえないくらい強い言い方にひるんでるうちに俺はドアの外に追い出された。
それから楚乃は自分の部屋に閉じこもり出てこなくなった。