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引きこもり妹と気まぐれな神様  作者: 成浅 シナ
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一章

開けられた窓から入ってくる風で目が覚めた。

どこか遠くで教師の話す声と同じ教室で学ぶ同級生たちが必死に黒板を写す音が聞こえてくる。


今は退屈な授業中。

昨日も遅くまで起きていたせいか授業が始まって三十分も経たないうちに夢の世界に自然と引き込まれてしまったらしい。


今からでも授業に参加しようか。

そんなことを考えていると校内に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

授業の終わりの挨拶を済ませると教室も一気に賑やかになる。


もう放課後だ。

何か予定が入っているわけでもない。

帰ろうかと思っていると誰かが近づいてくることに気付いた。

東雲(しののめ)。」

頭上から聞こえてくるやけに聞き覚えのある声にぎくりとする。

そう、さっきまで授業をしていた人にそっくりな…っていうかその本人ですね…

本当はこのまますぐに逃げ帰ってしまいたいところだがそういうわけにもいかないので、しぶしぶその人物のほうを向く。

「は、はい…なんでしょう、神野(かみの)先生。…あ、そうだ! 俺ちょっと人に頼まれた仕事を終わらせないといけないのでちょっと急いでるんですよ? ですのでお話はまたの機会ということで…」


「…おい、ちょっと待て。鞄を持ってどこに行く気だ…?」

適当な言い訳を並べ、その場から逃げ出そうと試みるが鋭い声で思わず足が止まる。

「ちょっと来てもらおうか。」

そう言い神野先生は微笑む。ただし目は笑っていない。

「…ハイ。」

そんな教師に抵抗することなど出来るはずもなく、俺は神野先生に連行された。






神野(かみの) 栞奈(かんな)

俺が現在通っている私立明豊(めいほう)高校(こうこう)の数学教師兼俺のクラスの担任。

三十代一歩手前の独身。本人は隠しているそうだが生徒の間で密かに広まっている噂によると絶賛婚活中のようだ。性格は暴力的とまでは言わないもののさばさばした性格で以外にも生徒に人気がある。


「進路調査票お前だけ出してなかっただろう?」

数学教師の仕事場である数学準備室に入り、椅子に腰かけるとすぐに神野先生はそう切り出した。

「えっ、そっちですか? 俺てっきり授業中に寝ていたことを言われるものだとばかり…」

まさかの予想していた話題とは百八十度違う話題。あまりの唐突さにぽかんとしてしまう。


しかし、俺がそう返すと神野先生は『何言ってんだこいつ』とでも言いたげな顔をした。

そして小さくため息をつく。

「そんなのいつものことだろう。それに私は意識をもって授業に取り組む人間に教えたいんだ。授業中に寝て授業を受ける権利を自分から手放した奴に強制的に受けさせるのもお互い嫌な気分になるだけだろう。学力が落ちようがどうしようが自己責任だ。」

 なにその教師論。

「いや、すげえ説得力はある気はするけど教師としてその発言はどうかと思いますよ…」

 教師って普通全員に目を配って理解が追い付いていない生徒に特に気を配って、理解が早い生徒の実力をさらに伸ばす……みたいなイメージがあったんだが…

今の一瞬で俺の中の理想の教師像が音を立てて崩れたぞ…

「何か言ったか。」

「いえ、何も…」

睨まれ慌てて口を紡ぐ。


「それで、進路調査票のことなんだが、特別に期限を延ばしてやろう。絶対に今月中に書いてこい。大事なことなんだからしっかり時間をかけて考えろよ。特にお前みたいな生徒はな。ちなみに絶対時間厳守だ。一秒でも遅れたら今度から一年中、席替えの度に教卓の目の前という素晴らしく学習意欲を向上できる席を特別にプレゼントしてやろうじゃないか。授業中寝る間もないほどしっかり指導してやるぞ?」


現在の俺の席は窓側の後ろの席という一番いい場所だ。

前の方の席はいわゆる自由席でいつも学習に意欲的に取り組みたい生徒や友達と近くの席に座りたいという友達付き合いを優先する生徒で埋め尽くされる。

そのため前方の席を取り合ってじゃんけん大会が行われるほどの人気なのだ。

だが、それに対して俺は意識的に学習したいというタイプの人間ではない。

だから、担任に指名され、クラスメイトの嘲笑を受け、その上でやたら目につく前の席に座り続けるのはゴメンなのだ。

「絶対に遅れないように頑張るのでそれだけは勘弁してください。」

こうして俺はたった一か月で人生を考えることを余儀なくされた。







放課後になりしばらく経つからか廊下には人があまりいなかった。

耳を澄ませると部活動生の声も遠くから聞こえてくる。

こんなことなら鞄もっていけばよかった。神野かみの先生に言われるままつい教室に置いてきてしまった…

ため息をつき、教室までの長い道のりをトボトボ歩く。

すると、後ろからスリッパを鳴らし駆けてくる足音が少しずつ距離を詰めながら近づいて来た。

「やっほー、洸弥くん。」

「なんだ、和泉いずみか…」


高羽(たかは) 和泉(いずみ)

俺の同い年で家も近所というテンプレ幼馴染。

そしてやたらいつもテンションが高い。

腰まで届く長い髪をポニーテールに結い上げた童顔の少女でしょっちゅう男子に告白という名の呼び出しを受ける。だが本人はその全てを断っているようだ。


その和泉はというと先ほどの俺の返答が不満だったのか口を尖らせる。

「なんだとは何よー、せっかく待っててあげたのにー」

「いや、なんで待ってんだよ…」

 一緒に帰る約束は当然していない。それどころかいつも俺はよっぽどのことがない限り直帰するので一緒に帰る日はほとんどない。


「今日仕事でお父さんもお母さんもいないんだよねー。だから、晩御飯ご馳走になろうと思って! 大丈夫!さっきちゃんと楚乃ちゃんに連絡しといたから!」

「楚乃がいいって言ったならまあ、いっか…」

何しろ作るのは楚乃(その)だ。あいつ妙に和泉に懐いてるし、あいつがいいって言ったなら仕方ない。

「よし! そうと決まれば急いで帰るよ! 洸弥こうやくん、私お腹すいちゃった!」

俺の了承を取り、満足げに笑った和泉は俺の制服を掴み靴箱方面に行こうと引っ張る。

その際、本人は気付いていないようだが俺のいる位置からは制服の隙間から和泉のそのふくよかな胸元がちらりと見えた。

本人が無自覚でやっている以上、指摘することも出来ず一瞬のうちに赤くなってしまった顔を和泉に気付かれないようにそむける。

「わ、分かったから引っ張んな!」

目を背けつつ、制服を掴む和泉の手を無理やり引きはがし俺は急ぎ足で鞄を取りに教室に向かった。






学校から俺の家までは徒歩で二十分くらいの距離にある。

その距離を俺は和泉と並んで家に向けて歩く。

こうして和泉と並んで帰るなんていつぶりだろうか。


その帰り道を他愛のない世間話をしながら歩く。最も和泉がいっぽう的に話し、俺は相槌を返すだけだが。


「そうそう、そういえば今日先生に呼び出されたんだって。」

唐突に和泉がそう切り出す。

「よく知ってんな。」

呼び出しを受けたのはついさっきだというのに…

「ああー、放課後すぐに洸弥くんのクラス行ったんだけどいなくてさー。洸弥くんのクラスの子に聞いたのー。」

そういうことか…


和泉はこういう性格のせいか男子にも女子にも人気者だ。

なんでも男子にモテまくるにも関わらず、それを鼻にかけないところがいいのだとか…

「…実は今月中に進路考えないといけないんだよ…」

 鞄に入っているクシャクシャになった進路調査票を和泉に見せる。

 すると和泉は納得したような顔をした。

「ああー、なるほどねー。洸弥くん進路希望調査票出してなかったもんね。私があれだけ言ったのに出さないからだよ。進路調査票なんて適当に書いちゃえばいいじゃん。書いたら絶対その通りに進まないといけないなんてこともないんだし。」

なんとも和泉らしい楽観的すぎる考え…

「でも、そんな適当過ぎてもダメだろ。いちおう将来のことは大事なんだし。」

「洸弥くん変わったねー。昔は医者だのっスポーツ選手だの色々言ってたのに。」

俺がまだ中学入る前のことを持ち出した。

あのときは頑張れば何でも叶うなんて浅はかなこと考えてたっけな。

どんなに努力したって叶わないこともあるということに気付いてからは将来に期待することもなくなったけど。

「ふん、お前だって昔はお嫁さんになりたいってキラキラした目で言ってじゃないか!」

 俺は反撃するように和泉の幼稚園の頃を持ち出す。アノトキハワカカッタナー。

「そ、それは昔のことだよ! 今は違うし!」

反撃が成功したのか、普段はなかなか慌てたり取り乱すこともないのに珍しく慌てて、顔を紅くしながら怒る。

「でもお前モテるんだろ。何で誰とも付き合わないんだ? 試しに誰かと付き合えばいいのに。」

 実際校内一のイケメンに言い寄られても突っぱねるくらいだ。

 せっかくだし試しに誰かと付き合ってみればいいのに…

「べ、別に洸弥くんには関係ないでしょ! …ほら、もう着いたよ!」

そう言い和泉はようやく見えてきた俺の家を指さす。

「お前今あからさまに話そらしただろ…」

「たっだいまー! 楚乃ちゃんいるー?」

まるで自分の家のようにテンション高くドアを開ける。

俺の言葉は完全無視だ。

まあ、別にいいけど…




 ここで俺の家の事情を少し話そう。

俺の家と和泉の家は隣というわけではないけれど割と近所にある。

俺の両親は仕事で一年のほとんどを海外で過ごしている。

だから実質俺と妹の二人暮らし。

対して和泉の両親は俺の両親とは違い、ごくまれに仕事で両親が帰らないくらいで子供のころからそういう日は今日のように俺の家に晩飯を食べに来る。

そうではない日でも和泉は昔から暇な日はよく遊びに来ることが多い。



和泉の大声が家の中に響き渡ってしばらく経った。

すると奥のリビングに通じる扉が開き、エプロン姿の一人の少女が出てくる。

その少女は俺たちと目が合うとニコリとほほ笑んだ。

「お帰りなさい、兄さん、和泉姐さん。ご飯にします? お風呂にします? そ、それとも…」

「いやいや、何言ってるんだ。」


東雲(しののめ) 楚乃香(そのか)

俺の一つ年下の妹。十四歳。

茶色がかかった長い髪をツインテールにし、白いリボンで髪をくくっている。

趣味・特技は家事全般で毎日上手い飯を作ってくれる。俺の自慢の妹だ。

だが、実は血のつながりはない。

楚乃香の母親と俺の父親が再婚し、俺がもともと住んでいた家に楚乃香たちが引っ越してきたのはつい一年半ほど前だ。


「ご飯だよ!ご飯にしよう!もう私お腹空き過ぎて倒れそうだよ!」

そう言い和泉は楚乃香に抱きつく。

「分かりました。すぐに準備しますね。兄さんはちゃんと着替えてきてください」

楚乃香は慣れているのか和泉に対し文句も言わずそのまま台所まで歩いて行った。和泉も一緒に。


だが、神野先生の説教のせいもあって疲れ切っていた俺はこのとき大事なことを見落としていた。

楚乃香の顔が一瞬暗くなっていたことに。






 今日の夕食はいつもより豪勢だった。

から揚げ、オムライス、彩り豊かなサラダ、冷しゃぶ、餃子…その他いろいろ…

「おい…これさすがに作り過ぎじゃないか?明らかに三人分の量超えてるだろ…」

俺は顔を引きつらせる。

……約一名、和泉だけは目を輝かせながら料理を見ているが…

「はい、ちょっと張り切っちゃいました。和泉姐さんが来るのは久しぶりですからね。ちょうど一か月ぶりくらいでしょうか?せっかくですし和泉姐さんの好きな料理をまとめて作ったのですけど…。……あの…もしかして迷惑でしたか…?」

今にも泣き出しそうな顔で楚乃香が俯く。


「いや、全然!そんな事は断じてない!大丈夫だよっ!むしろ全然うれしい!もし洸弥くんが全部食べ切れなくても私が食べるからね!」

慰めようと思ったのか和泉が明るく声を出す。

でも、それは決してその場限りのフォローじゃない。

この量でも和泉なら余裕で食べるだろう。

こんなに細いくせに以外にも大食いなのだ。  


和泉はよく近所の商店街の飲食店で定期的に開始される大食い大会に挑戦しては見事に勝利を収めている。その噂が広まり、今では商店街の飲食店が新たな絶対に食べ切れない料理を出そうと試行錯誤しているほどだとか…。

「そうだな和泉ならこのくらい余裕だろうな。むしろ足りないかも。」

「そう…ですね。分かりました。おかわりもあるのでどんどん食べてくださいね。」

そう言い楚乃香は微笑んだ。






「じゃあね!ご飯ご馳走様!また来るからね、楚乃ちゃんもありがと!」

大きく手を振りながら和泉は帰っていった。(夕飯は結局お代わりの分もほとんど和泉が平らげた)


俺は玄関の外まで、楚乃香は家の中から和泉を見送る。

和泉の姿が完全に見えなくなったことをしっかり確認し、家の中に戻り、扉を閉めたところで楚乃香は言いにくそうに口を開いた。

「兄さん。ほんとに送っていかなくてよかったんですか? もう遅いですし、いくら近いといっても女の子を一人で帰すのは危ないんじゃ…」

「大丈夫だろ。あいつが送らなくていいって言ったんだから。それにお前を一人で留守番させておく方が心配だ。」

「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから。」

楚乃香は顔を赤らめてすねたように口を尖らせる。

「…それに人が来たらやばいだろ。」

俺がそういうと楚乃香は申し訳なさそうに俯いた。

「…はい。そうですね…。ごめんなさい…。ありがとうございます。兄さん。」

「謝らなくていいって。俺たちは兄妹なんだから。」

そう言い俺は楚乃香の頭をなでる。

「兄さん…」

俯いているのでその表情は見えない。

「なんだ?」

「…いえ、やっぱりなんでもないです…」

そう言い楚乃香は俺の手を頭からどけ、リビングに戻っていった。

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