十一章
俺たちが向かったのは以前御井野に話を聞いたときに話に出た神様が住み着いたという神城神社だ。
先ほどまでの快晴はどこかに行き今にも雨雲が広がっている。
気温も下がり少し肌寒い。
「こんなところに神社があったんですねー。」
清梨が寒そうに体をさすりながら間延びした声を上げる。
「小さな神社だし、目立たないとこにあるからな。」
この神社は路地裏の道を進んだ先にある階段をさらに上ったところにあるため人はここまで来るのを面倒がる。
それに加えここから少し離れたところにもっと大きな神社があるのでこの場所に人が集まるのは何かイベントがあるときくらいだ。
「それにしても…なんか薄気味悪いところですね。」
「そうかもな…いつもはそうでもない気がするけど…夏は祭りがあったりするし…」
そう言うと清梨は目を輝かせた。
「お祭りですか! いいですね! 私あまり行ったことないんですよね! 夏になったら一緒に来ませんか?」
「そうだな…。楚乃が行くなら…な…」
「じゃあ、まず楚乃香さんを助けないと、ですね!」
「ああ。」
そんな話をしているうちに目的地に到着する。
そして神社の社の前に立ちありったけの声で叫んだ。
「おいっ!自称神様いるんだろ!さっさと面貸してもらおうか!」
…シーン……
いくら待っても自称神が現れる気配はしない。
もしかして宛がはずれた…?
「お兄さん!あそこ!!社の上です!!」
清梨の叫ぶ声が聞こえ社の上を見ると巫女装束をまとった楚乃香が……いや、楚乃香の姿をした自称神様が立っていた。
「おいおい、『自称』だなんて失礼じゃないか。ボクは本物の神様なのにさぁ?」
自称神様は余裕そうな笑いを浮かべた。
「うるせえよ自称神様!お前が本物の神なら俺の願いを叶えろよ!!」
怒りに任せて叫ぶ。
傍で俺の声に驚いた清梨がビクッと身をすくませたがそれに構う余裕もない。
「そんなこと言われてもね、ボクは祈られた願いのすべてを聞くことが出来ないんだよ。」
「…それはどういう意味だ…」
「だからね?君の願い事…『楚乃香ちゃんを返してほしい』って願いと楚乃香ちゃんの願いは相反する願いだ。君の願いを叶えたら楚乃香ちゃんの願いは完全に叶えたことにはならないだろう?」
「そんな楚乃の勝手な願いなんてキャンセルだ!」
「おっと、それこそ無理なことさ。人様の願いを他人が勝手にキャンセルするなんて許される事じゃないよ。他でもない本人が願うというなら話は別だけど楚乃香ちゃんの人格はもう消えちゃったからねえ?」
そう言い自称神様は社から飛び降りる。
結構な高さだったが重力に抗うようにゆっくりと落ち、着地する。
「話は終わかい? だったら帰っておくれよ。ボクは最近ここで誰かが願った願いを叶えてあげるのにいそがしいんだからさー?」
俺には楚乃を助けられるような力はない。
当たり前だ。俺はアニメやラノベの主人公なんかじゃない。
泣き虫で、なんのとりえもないただの学生。
楚乃を助けたいなんてたいそうなことを思っているだけでそのための力すらない。
いくら努力したってただの人間が人間じゃないものに勝てるわけない。
『愛する人のキスで本当の恋を知るなんてラノベでは鉄板の流れではありますがすごくロマンチックですよね、兄さん』
ふと、楚乃香が以前言っていたことを思い出す。
…っておいおい、さすがにこれは…
俺はあいつの兄貴なのに…
でも可能性が少しでもあるのなら試したいという気持ちはある。
……でも、するしかないのか…
「お兄さん?どうしたんですか?すごく怖い顔してます。」
清梨がひそひそと話しかけてくる。
「…なあ、清梨俺が今からすること後々になってからいろいろ言うのはなしだかんな。」
「はあ? 何言ってるんですか…ってちょ、ちょっとお兄さん!?」
清梨の返事をろくに聞かないまま俺は駆け出した。限界になった足が痛むが構ってはいられない。
「ふーん? 君が何をしようとしてるのかはわかった。面白いことするね、キミ。やっぱり気に入ったよ!」
自称神様が何か言うがそれすらも俺の耳には聞こえない。
そして俺は突っ込んだ……楚乃のもとに。
そしてその細い体を抱きしめ、自分の唇を楚乃の唇にくっつける。
柔らかな感触がする。
こんなこと言うのもなんだが…前に無理やりにされた時よりも…なんというか…すごく…すごく気持ちいい。
しばらくそうした後神様が少し笑うのが見えた。
そして次の瞬間顔がだんだんと赤く染まり目は驚いたように見開いた。
雰囲気も一瞬で変わった…ように見えた。
そしてしばらく経った後俺は楚乃から自分の唇を離す。
唇を離しても楚乃はそのままだった。
「え…え…? に…兄さん…? これって…ど…どういうことなんですか!?私…私ファーストキスだったんですよ!?」
「安心しろ…。俺もだから…」
もう一度楚乃がそこにいるのを確かめるように強く、強く抱きしめる。
「ちょ…兄さん。苦しいです…」
「バカ…ほんと…お前はバカだ…。勝手にいなくなるなよ…心配するじゃないか…。俺…俺…本当に…っ…ほん…とに…っ。お前が…このまま帰ってこなかったら…どうしようって…思って…っ…!」
最後のほうはほとんど言葉になっていない。
「…ごめんなさい…兄さん。もうこんなことしません…。…いや…しないよ、兄さん。私この先ずっと兄さんと一緒にいる。」
そう言い楚乃は優しく微笑んで俺の頭を撫でる。
そうしてしばらく経った頃だろうか。
「あのー? お取込み中のところ非常に申し訳ないんですけど! 私も一応いるんですよ!」
「あー、悪い忘れてた…」
「ちょっとー!!お兄さん!それはないでしょ!」
ため息をつき、改めて清梨は楚乃に向き直る。
「あー…えっと。楚乃香さん…」
楚乃は一瞬ビクッとして俺にしがみついた後、俺の陰から清梨を見上げる。
「ゆ…柚葉部長…」
え…部長?こいつが…?
「あの時はごめんなさい!」
清梨は深く、深く頭を下げる。
「私…部長なのに…あの時は何も出来なくて本当にごめんなさい。謝って許してもらえるなんて思ってない! でもそれでも謝らせて…本当に…本当にごめんなさいっっっ!!」
「頭あげてください、部長。もしあの時の一人ぼっちの弱い私だったなら余裕も何もなくて部長の言葉に耳も傾けなかったかもしれません。でも…今はこうして部長とも普通に話せる。だって私にはとても優しくて、私のことをいつも気にかけてくれて…、でも本当はすごく泣き虫な兄さんがいるんですから。もう一人ぼっちじゃないんです。確かに今でも誰かを信じるのはすごく怖いです…。信じている人から裏切られるんじゃないかとも思いますし、夢ではいつもあの時の私をいじめた人たちの嫌な笑い声が聞こえるんです。…それでも、今ではそれでも消えて居なくならなかったらいいこともあるってことを知ったんです。だって兄さんに出会えたから…。学校に行ったりはまだ到底無理ですし、前の学校の人達にはあまり会いたくないです…部長を除いて。」
「え…? それって…どういう…」
まだ混乱している様子の清梨を見上げ楚乃は笑った。
「だって、部長はこうして来てくれたじゃありませんか。ちゃんと謝ってくれました。こんな遠くの町まで来て。私を見放さなかった。だから、部長は信じます。」
「楚乃香さん…。」
清梨の頬を涙が伝う。それでも清梨は精一杯笑った。
そして俺はもう一度楚乃を見る。
「さあ、帰ろう俺たちの家に。」
「はい、兄さん!」
そして俺たちは手をつないで歩き出した。




