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引きこもり妹と気まぐれな神様  作者: 成浅 シナ
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十章

「……-い、おーいってば!熱下がってるんだから学校行こうよ!遅刻するよ!起きてってば!」


声が聞こえて目が覚める。

目を開けると和泉の顔があった。


「あー!やっと起きた。もういい加減自分一人で起きなよ! 毎朝起こしに来るの大変なんだからね! ご飯も覚めちゃうし!」

「毎朝?ご飯…?」


今まで和泉が朝に俺の家に来たことは一度もない。和泉は俺以上に朝が弱いのだ。

俺を起こしに来るのも、朝飯を作るのも全部楚乃の仕事で…

「そうだ! 楚乃は…!?」

「わあっと!びっくりしたあ!急に大声出さないでよね!」

「楚乃は!?楚乃はどこにいるんだ!?」

和泉が驚いたように声を上げるが構わずに問いただす。

和泉は怪訝そうな顔をし、そして……   


「はあ?楚乃?誰それ?」


和泉は最も俺が聞きたくない言葉を言い放った。

「な…何言ってんだ…? お前…楚乃は…楚乃香は…いたよな。ずっと…この家に…」

頼む…いたって…それだけでいいから言ってくれ…! 

それだけ…いいから…!

だが、そんな俺の願いなど届かず和泉は言った。

「そんな人あたし知らないよー? あー、あれ? 前に洸弥くんが話してた新しい二次元嫁ってやつ?」


和泉の言葉に俺はもうそれ以上この話題を振り続けることが怖くなる。

「…なんでもない。変なこと言って悪かったな…。準備していくから先に降りててくれ…」

「ほんとに大丈夫―? なんか顔色悪いしやっぱりもう一日休む?」

「大丈夫だから。…悪いけど早く降りてくれ。着替えられない。」

「わかったわかった。じゃあ降りとくねー。無理しちゃだめだよ?」

そう言い和泉は出て行った。


瞬間俺の布団の上に水滴が落ちる。

降らせているのは他でもない俺自身だ。

涙が溢れて止まらない。

声が漏れそうになるが必死に堪える。

「…ほんと…どうなってんだよ…。…こんなのって…ねえよ…」

胸が苦しい。

確かに…確かに楚乃はいたんだ…絶対に…絶対に。

俺はそのまましばらく涙を流し続けた。



ひとしきり泣いた後、俺は涙を拭う。

たとえ、みんな忘れても俺だけは覚えていなければいけない。

俺の傍から勝手にいなくなるなんて許さないし、許しちゃだめなんだ。

俺が記憶から楚乃を消してしまえば本当に楚乃はこの世のすべてから消えてしまうことになる。

そんな事絶対に許さない…!!

すべてあの神様の好きにはさせない…!


「…楚乃を探して説教だ! 兄妹喧嘩なんてしたくないが楚乃の反抗期はすぐに辞めさせてやる…!」

そう思い勢いよく立ち上がったものの病み上がりのせいかふらついて座り込んでしまう。

「はは…かっこつかねえな…」

今度はゆっくり立ちなおした後、着替えるため制服を掴んだ。



まずは楚乃を覚えている人間を探そう、一人でも多く。

そう思い立ったのは重い気持ちを何とか押し殺して登校し、ホームルームが終わったときだった。

もうすぐ一限目が始まろうという時間ではあったがサボろうと思い、屋上に移動する。

そして日の光の当たらない物陰に腰を下ろし携帯電話を開いた。

両親には朝のうちに確認済み。

反応はやはり、和泉と同じだった。

俺の携帯に登録されている連絡先の中で楚乃のことを知っている人物はあと一人しかいない。


『清梨柚葉』


清梨も和泉や両親のような反応をしたら…

そう思うととても怖くなる。

無意識のうちに手を下ろし、空を仰いだ。

雲一つない快晴。

太陽が眩しく、目を細める。


こんなにも空は晴れているのに俺の心はひどく曇っている。

楚乃のいない世界。

そこにいることが当たり前で…普段は全然意識したことがなかった。

大切な人がいない世界がこんなにも暗く、色あせていたなんて。

楚乃が  楚乃香が来たことで俺の世界はあんなにもカラフルに色付いていたんだ。

そんな大切なことに楚乃香を失ってから初めて気づくなんて…

「本当に…俺は兄貴失格だな…。」

心がさらに沈む。



しばらくその状態でいた後、もう一度携帯の画面を見る。


中学校はまだ授業中だろうか…

もしかしたら出ないかもしれない。

それでも居ても立っても居られなかった。

もしかしたら突然起こったおかしな現実に打ちのめされ判断力が低下しているという可能性も否定できないが…それでも…

「…動かないと何も始まらないよな。」

どんなに考え込んでもそれだけで楚乃が帰ってくるわけじゃない。

実際に行動に起こさないと何も変わらないんだ。


覚悟を決め、俺は通話ボタンを押した。

簡素な呼び出し音が鳴る。

心臓の鼓動が早まる。まるで死刑宣告を受ける罪人になった気分だ。


何度も呼び出し音が鳴り、諦めかけたその時、相手が電話を取る音がした。

『…お兄さん?どうしたんですか?』

お兄さん…

その言葉に期待の気持ちが高まる。

お兄さんって呼ぶってことは…清梨の中じゃ誰かのお兄さんっていう認識をされているということ。


「お前…楚乃のこと…わかるか…?」


『え?何言ってるんですか?』


その言葉を聞き気分が沈む。


だがその後、清梨は確かに言った。

『当たり前じゃないですか。この前もそのことでお話に行ったのに忘れたんです…って、何で泣いてるんですか!?』

そう言われ俺は自分の頬に涙が伝っていくことに気付いた。

自分でも何で泣いているのかが分からない。

「…悪い…なんでも…ないんだ…」

涙が溢れて止まらない嗚咽を抑えるので精いっぱいだ。

楚乃のことを覚えていてくれている人がいた。

それだけで…すごく救われた気持ちになる。


清梨が耳元で何か言っているがそれでも俺は答えることが出来ず泣き続ける。

何とか涙を抑えることが出来たのはそれから十分後のことだった。

「…悪い…大丈夫だ…」

声は泣いたせいかかすれていたが気にしてもいられない。

「それより、お前学校は?授業大丈夫なのかよ?」

「今日学校休みなんです。開校記念日で。それより本当に大丈夫ですか?」

「お前に頼みがある。」

「なんですか改まって?」

「長い話になるんだ。悪いがこの間の公園に来てくれないか?」

中学生を巻き込むのも気が引けたが今はそんなことよりも楚乃のことを知っている奴に会いたいという願望が俺の冷静さをなくした。

「はあ…まあ、いいですけど…。それじゃ一時間後でいいですか?いろいろ準備とかもあるので。」

「わかった。」

そして通話は切れた。

気分は最悪だが不思議と頭は冴えている。

「やるしかないよな…」

ゆっくり立ち上がり空を見上げるとさっきよりも少しだけ空が明るく見えた。



学校はサボることにし、教室には戻らずなるべく人目につかない道を通り裏門から外に出て公園に急ぐ。

授業中だったのが幸いだった。おかげで誰にも気づかれずに外に出ることに成功した。

家までの道を走り例の公園にたどり着く。

清梨はまだ来てないみたいだった。

疲れて張った足を引きずりベンチに倒れるように座り込む。


日ごろから運動をしてこなかったことを後悔する。

今度から面倒くさがらずに運動しよう

清梨との約束の時間まではまだ三十分もある。

気持ちが高ぶっていたせいか居ても立ってもいられず走ってきたからだろう。

清梨の住む町…そして楚乃香が以前住んでいた町は隣町だ。

準備して移動してくるんだから時間がかかるのは当たり前だろう。


「ちょっとくらいならいいよな…」


少し寝ようと思い目を閉じる。

するとあっさり睡魔に意識を奪われた。



太陽の光が眩しくて薄く目を開けるとすぐ目の前に清梨の顔があった。それにいつの間に置かれたのか柔らかい枕が俺の頭の下にある。


「あー!!やっと起きた!もう!呼び出しておいて自分は寝るとかどうなんですか!」

清梨の怒りの声を聞き流し俺はもう一度目を閉じる。


「もう! ちょっと寝ないでください! ほら起きて!」

清梨は怒り、枕を引き抜く。

「いてっっ!?」

ベンチに頭をぶつけた。

そこで俺ようやくの意識は完全に覚醒する。

起き上がり清梨を見るとまだ怒っているようで頬を膨らませていた。

何となく予想はしていたが手には枕らしいものも何も持っていない。

そもそも何か事情でもない限り常に枕を携帯している女子中学生はいない。


「………………」

「どうしたんですか? お兄さん。変な顔して。」

「おい…もしかして…膝枕…?」

「えっ? あー、はいそうですよ? 私を放ってあまりにも気持ちよさそうに寝ていたので少しからかってやろうと思いまして。」

そう言い清梨はいたづらっぽく微笑む。


なんてことだ。

まさか人生初の膝枕が妹の同級生なんて…

これじゃまるで年下好きみたいじゃないか…

「なんですか、がっくりして。」

「何でもない…。それより今何時だ…?」

腕時計を見る。

時刻は約束の時間のおよそ二時間後を指していた。

少しだけ寝るつもりが結構がっつり寝てしまっていたらしい。

「おにいさん…?私に何か言うことがあるんじゃないですか?」

清梨がにっこり微笑む。

「ごめんなさい。ここまで寝るつもりじゃなかったんです!」

俺は年上の威厳や自身のプライドも何もかもを捨て謝った。

ベンチも上で土下座して…

「もういいですよ。そんな安い土下座なんてやめてください。…なんだ、全然平気じゃないですか。心配して損した…」

「? 悪い、今なんて言ったんだ?」

確かに何か言った気がしたけど小さすぎて聞こえなかった。

「な・ん・で・もないです!!……それで話って何なんですか?」

気にはなったがこれ以上追及するとさらに怒り出すのが目見見えたのでやめる。

「ああ、少し長い話になるんだが……………」

俺はこれまでに起こったことをすべて話した。


楚乃の人格が消えたこと。

あの自称神様について。

清梨を除く誰もが楚乃のことを忘れてしまっていることを。


全部話し終わるっても清梨は目をぱちくりしたままだった。

どうやら理解が追い付いていないようである。

「え…えー? つまりまとめると今現在楚乃香さんのことを知っているのは私とお兄さんだけってことですよね? 『神様』なんてのはいまいち信じられないんですけど…。お兄さんがそういうなら私は信じます。」

清梨はまっすぐに俺を見つめる。

とても嘘や冗談を言っているようには見えなかった。それだけでなんだか救われたような気持ちになる。

「それで…お兄さんはこれからどうするんですか? 楚乃香さん助けるんですよね?」

「ああ…、敵のいるところはだいたいは目星がついてるからそこに向かう。」

「私も行きます。私もちゃんと楚乃香さんに会って、許してもらえなくても謝って、謝って…そして今までのこと償いたいんです!」

そう言う清梨の表情は真剣そのものだ。

「楚乃はそんな事望んでないと思うぞ? 償ってもらいたいなんて思ってない…と思う。大丈夫、兄貴の俺が保証してやる。」

俺は軽く笑い、いつも楚乃にしているように清梨の頭に手を乗せる。


「さあ、行こう。神様に喧嘩を売りに。」

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