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3 神から送り出された日

無意識だった。

無意識に俺は駆け出して先ほどまで胸の前にあった右手を伸ばして神の首に伸ばそうとしていた。

しかし、その行動は途中で止められた。


「お前っ……!」


怒りで目の前が真っ赤になる。

怒りに震える視界の中、神までの距離は一向に縮まらない。

当たり前か、俺は今首から下以外の体の動きを不思議な力で止められてしまっているのだから。


「お前は……っ!そんな力がありながら俺に何もしなかったのかっ!」


自分の言っていることが自分勝手なことだと分かっている。

俺にだけ介入して他の人間に介入しないことは俺以外の人間に対して理不尽だということになるのだから。

それでも呪わずにはいられない。

目の前の神にはその力があるのだから。


「……勘違いをしているようですね」


ぽつりと零すように漏らした神はどこか悲しげであった。


「私は確かに才能を与える力を持っていますが、誰にも与えることができるわけではありません。私にも相性が良くて介入しやすい世界や相性が悪くて介入しにくい世界という物があるのです。地球はその中でも介入しにくい世界であり、この空間に来無ければ与えることなど不可能ですよ」

「神にもできないことはあるというこか?」


その言葉を聞いて徐々に怒りは治まってくる。

本当かどうかは分からないし納得できない部分はあるけれども、それでも話を聞くことくらいならできる。


「神にも優劣があり、万能ではありませんから」

「そう、か」


納得はできないが世の中は理不尽の塊なんだ。

地球に戻ることなどできないようであるし今更ではあるか。

俺は地球で死んでいるのだし諦めるしかないことなのだ。


「すまない。取り乱した」

「構いません。貴方にとってそれは重要なことなのですから」


神は悲し気な表情を崩すことは無い。


「私は貴方に才能に限らず力を与えることができます。しかしその力を使ってお願いを聞いて欲しいのです。聞いていただけますか?」

「行くよ」


俺の答えは決まっていたため、聞くかどうかも飛ばしてその世界に行くことを即答する。

地球のでの人生は不完全燃焼であった。

こんな機会に恵まれることはそうそうないだろう。

なおかつ、力までも与えると言われれば、今度こそ俺の好きなように生きることができるかもしれない。


だから。


「俺に才能をくれ」


もう二度と、力が無いことで何かを手放さなくていいように。


「あらゆることができる才能を」


望んだ力で守りたいものを守れるように。


「際限なく力を伸ばせる才能を」


俺の前に幾度となく立ち塞がる天才達に挑むための力を。




「分かりました」


胸の内からこぼれるような思いを口から出すと神は頷いた。


「貴方にしてほしいことは人類から魔族を守ることです。絶滅の危機にまでいくことが無ければ運命を変える力を持った魔族が悪しき存在にまでなりはしませんから」

「まさに英雄だな」


俺の願いを考えれば、戦争時代でそんな力を持った人間が望まれることなんて決まっているようなものか。

でも戦争となれば、まさに天才と言われる奴らがごろごろと現れて殺そうとしてくるんだろう。

そこはきっと俺の常識が通用しない世界だ。

行く前から指針があるのは人生を歩むうえで有用だ。

その指針はとてつもなく大それた物であるのだが。


「さて、決まりましたね。それでは早速行って下さい。あまり長くここにいることは今の貴方には悪影響が出ます」

「……わかった。行ってくる」


ふわふわと光が漂っているかと思ったら俺の全身から出ていた。

それはまるで空間に溶け込んでいるかのようだったが意外と恐怖は無かった。

俺の魂的な何かが新しい世界に繋がっていることを感覚的に感じたからかもしれない。


「お元気で」


ああ。

という言葉は口から出なかったので、頷いておいた。

すると一気に俺の体は溶けて飛び散り、俺の意識はそこで途切れた。




…………。


白のような、あるいは虹色のような全ての色が内封された世界で一人の女が佇んでいた。


「人とは悲しい生き物ですね」


その女は涙を流していた。

黒い、全ての負の感情を飲んこんだようなどす黒い液体を。


「与えられた力で与えられた未来でも幸せを感じることはできたはずです」


見開かれた目は異様であった。

白目の部分は涙と同じく黒く、瞳の部分は血のように赤い。

その姿と雰囲気は人間とは決して言えないものであった。


「それでも人は望むのですね。自らが望む形の幸福を」


呟かれた言葉に反応する者はいない。

しかし反応した物はあった。

蠢くようにして空間の端から黒い物体が染み出すように、まるでこの空間を侵食するかのように現れる。


ぼこぼこと膨れ上がるようにして膨張したそれは何匹もの獣の形を作っていき、凶悪な牙が並ぶ口からは威嚇の声が漏れ、それは空間に佇む女に向けられていた。


いつしか女の手には剣が握られていた。

異様な目が捕えるのは侵入者である黒い獣達だ。


「あの世界においては私でさえもすでにある世界を回す歯車に過ぎません。期待していますよ」


女が確かめるように剣を横に振るうと同時に獣達が一斉に動き出し、女に襲い掛かる。


「決められた未来を変える歯車に、貴方がなることを」


剣と獣が交錯する。


ずっと悲し気な顔をしていた女の口元に一瞬だけ、笑みが浮かんだような気がした。




…………。

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