2 神から提案された日
「聞こえますか?」
唐突に声が聞こえた気がした。
微睡の中、もう少しだけ寝ていたいと心地よく思う最中、何故か少しだけ俺の意識が引っ張られる。
はて、俺は先ほどまで何か大変なことが起きていてような気がするのだが……。
「私の声が、聞こえますか?」
どうやら声が聞こえるのは気のせいでは無かったようだ。
心地よい空間に心地よい響きの声が感じられる。
しかしどこかその声は悲し気で今にも消えてしまいそうに儚い。
音の発信源を探ろうと目を開くと目の前に異国の女がいた。
「起きましたね」
その女の肌は染み一つないほど白く、髪は透き通るほどに美しい青だった。
目は閉じられているというのにこちらを見ているような感覚。
どうやら目を開かなくても俺という存在を認識できているようだった。
「貴方は死んでしまいました」
と、この女に言われて俺は意識を失う前のことを思い出した。
何かに轢かれて俺は死んでしまったのだと理解した。
それと同時に焦燥感と飢餓感、野望に似た欲が俺の中で渦巻く。
「悲しいですね。貴方のような努力家こそ世界に必要だと言うのに」
「……嘘……言うなよ」
俺が絞り出すように呟いた言葉に女は薄いピンク色の唇を閉ざした。
まるで俺が喋れないとでも思っているかの様子だった。
無表情の顔から僅かに驚愕と困惑が伝わってくる。
「努力したって、それが実にならなければ意味なんてない。努力したって一瞬で追い抜く奴だっている。努力しても才能の有るやつの十分の一しか成果が出せない。努力が全部、肯定なんかされる訳がないだろ」
俺の今までの全てが無駄だったなんて俺は思わないし、思いたくも無い。
それでも俺は、好きなことで、好きなようにできる才能が欲しかった。
限りある時間しかない人生の中で好きなことで一番になってさらにその上を際限なく目指したかった。
夢も希望もあるそこにいつも立ち塞がっていたのは、才能という理不尽に分けられた力の配分だった。
「貴方は、自分の力で、目指すものになりたいのですね」
「そうだよ。何で自分の本心からしたいことを否定しなきゃいけないんだ。当たり前だろ」
それに向かう努力をしても、俺よりも短い時間で短い練習量で、完膚なきまでに叩き伏せられて武器を手放さなければならなかった。
あれが命を奪う武器であったなら俺の人生はそこで終わっていたんだ。
それが努力の否定以外のなんだと言うんだ。
「でも貴方はもう、死んでしまいました」
今度は俺が口を塞ぐ番だった。
そうだ、俺は死んでしまった。
前回は非殺傷の武器であったために生きながらえたが、今度は確実に死んでしまってこの不思議空間の不思議な女に会っている。
そういえば、ここはどこで、この人は誰だというのか?
そこでようやく俺は疑問に思った。
「ここは世界から隔離された空間。私はその世界を見守り、ときに介入する者。貴方達の言葉からすれば神と言われるものでしょう」
神を名乗る女に訝し気な視線を送るが、死んだ俺が会えるのは極楽浄土の生き物か、あるいは天国か地獄の使者しかいない。
そう思えば目の前の神もある程度は信憑性があるというものだ。
一先ずはこの自称神な人を神だと認識して話を続けるとしよう。
「それで、神様が俺に何の用があるというんだ?恐らくだが、死んだ人間は本来ならここにくることなど無いのだろう?」
「ええ、惜しいと思ったものですから。お願いがあってここに呼び出しました」
俺の問に神は頷いた。
神の願いってなんだろうな。
人間の俺に叶えられるような物なんだろうか?
「今では複数の世界を管理している私ですが、私にも生まれた世界という物があります。その故郷とも言える世界が今、滅亡の危機に瀕しているのです。魔族が人間によって滅ぼされようとしています」
「魔族?それはいわゆる物語でよく人間の悪役として登場するような奴らか?」
俺の問に神は頷いた。
「地球ではほぼ人間しかいないために魔族は敵対勢力として描かれることが多いです。その世界でも人間と魔族は争っています」
「何でまた実際にそんなことに」
どこか悲しげな雰囲気になった神は続けた。
「領土、資源、労働力に倫理観。男と女、肌の色の違いだけで戦争を始めるのが人間という生き物でしょう」
「そう、だな」
思えば地球でも戦争は絶えない。
今も世界のどこかで戦争はあるし、俺の国だって百年以内の歴史の中で戦争していたし、近頃は平和を歌いながら戦争に介入したりもしているし、隣の国から戦術兵器を向けられていたりするのだから。
種族が違えば戦争だってあるかと俺は納得した。
「その世界では徐々に人間が勢力を増していて、魔族との国境では小競り合いが頻発しています。完全に戦争となるまでにかかる時間はあまり残されてはいません。また、今の魔族では人間に勝つことは難しいでしょう」
「どういうことだ?」
そこまではっきりとした敗因があるのだろうか。
「有力な力を持つ魔族が魔族という種族から次々と独立して国を興したのです。それらは白翼族、竜族、耳長族、地人族と呼ばれる四つの種族です。この内竜族以外の三つの種族が人間の国と貿易を始めたことで人間は急速に力を増していきました」
その名前は異世界の俺でも知っているほどに有名な種族だ。
ていうか天使が魔族扱いなのか。
「魔族とは、魔力という力に属性を持たせて扱うことに長けた種族です。白翼族は聖属性の扱いに長けた種族で、特にその白翼族が人間に協力的で、人間を利用して世界の覇権を握ろうと画策しています」
「腹黒な天使かよ」
ニコニコと友好的な笑みを浮かべている天使に騙される人間は多そうだ。
その腹内を探ろうとする人間もいるだろうが、協力的で敵対する相手が同じなら関係が悪化することもないだろう。
またドラゴンは単体戦闘能力が高く、エルフは水と風の属性に長けた種族であり、ドワーフは火と土の属性に長けた種族。
人間は五種類もの属性をこれまで以上に扱うことができるようになったため、一気に勢力が拡大したのか。
「人間はほとんどの魔族よりも短命です。しかしその命を激しく燃やし、変化の激しい種族でもあります。そして付いた力が発展する力、またの名を運命を変える力」
「……大層な力だな」
確かに物語の多くの主人公はそんな力を持っているよな。
それがその世界の人間に付いて居るなら、怪物レベルだと思う。
「それが今まで人間のみにしか扱えなかったので効果は世界を壊すほどに劇的ではありませんでした。人間は魔族よりも平均戦闘力がとても低かったのですから」
しかし、と神は続ける。
「力を付けた人間に滅ぼされようとすることで、魔族の中でその力に目覚める者達が生まれ始めたのです。それらはいずれ魔王となり、魔神となり、禍神となり、邪神となり、破壊神となり世界を壊します」
どれも名前からして世界を滅ぼそうとする名前の奴らばかりだ。
そうか、人間に平穏を乱されてもともと力のあった魔族が進化してしまうんだな。
俺も人間だが、強欲な生き物だな人間って。
「そこで貴方にお願いがあります」
「世界を救えって?悪いが俺にはそんな才能はないぞ。そんなこと神であるあんたの方が知ってるだろ」
俺の実力や才能は俺が痛いほどに知っている。
神であるというこの女が俺以上に、あるいは俺とは別の観点で俺にそんな才能が無いことを裏付けれるはずだ。
「ええ、貴方には才能がありません」
「……だろうな」
事実とはいえ自分以外の人間にそれを言われるのは慣れてきたつもりだがそれでも傷つくな。
俺は胸のあたりに右手でぎゅっと拳を作って当てる。
才能が無い、その言葉はどれだけ俺を苦しめるんだ。
そんなこと分かってるんだ。
なのにどうしろって言うんだよ。
俺にできることなんて……。
「でも、その才能を与えることができるとすればどうしますか?」




