1 才能の有無を知った日
世界がいつからか茶色味を帯びていた。
それがいつからかだったのかと考えたとき、かなり前だということを俺は思い出していた。
現実に絶望して、膝をつくことしかできなくなったあの日から。
あの日は俺が12歳のときだった。
小学生の間、ずっと町の道場で剣術を磨いてきた俺が学校の剣道部でたまたま試合に出ることになったあの日のことだ。
それまで俺は小学生がする剣道なんて舐めていたし、実際に大会でどんどん勝ち上がって決勝戦に近づくにつれてその気持ちは大きくなっていった。
だけど俺は負けたんだ。
決して負けてやるつもりなんて無かった俺は油断なんてしなかったし、むしろ全力で終わらせてとっとと帰るつもりだった。
だけど準決勝で当たった相手はとても強かった。
体格差何てほとんどなかった。
けれど相手は力も強く、体力もあり、何より速かった。
幾度も練習を重ねたことを思わせる、振るわれた竹刀の軌跡は寸分たがわず俺の脳天に直撃した。
木刀だったら、下手をすれば頭蓋が砕かれていた。
刀だったら中身まで切られていた。
そんな幻想さえしてしまうほどの一撃が加わって俺の心は粉々に砕かれた。
時に笑い、ときにさぼったりもしたこともあったがそれでも俺は剣術に真剣だった。
それでもその一回の敗北で六年もの間積み重ねてきた努力が粉々に砕かれた。
俺が今までしてきたことは今まで一体なんだったのだと思うほどに、俺と相手との差はとてつもなく大きかった。
大きくなってそいつは国の大会で優勝したことを聞いた。
中学生になり、俺は別のものに手を出した。
そこでも俺の前には別の奴が立ち塞がった。
決して負けてなるものかと必死に練習したつもりだった。
だが俺はまたしても俺はそいつに敗れた。
高校も、大学も、それでも俺は新たな物に手を出してはそいつに負けた。
その度に俺は言われたんだ。
「しょうがない、君には才能が無かったんだ」
俺の相手はいつでもそれを持つ相手、そいつらだった。
ある程度まで強くなった者がぶつかる相手が常にそいつらだということを俺はようやく気が付いた。
才能なんてまやかしだ。
全てはそれを超える練習をすればどんな相手にだって勝てると信じて続けばいつの日か必ず……。
信じて続けて、挑戦し、そして敗北した俺は二十代半ばになっていた。
社会人となって会社に入り、そこでも俺は才能が何たるかを感じた。
資格があれば皆できる訳でもない。
資格があるものが努力しても到達できないものがあることに俺は気付かされた。
そこでも現れたそいつに俺はまたしても敗北を余儀なくされた。
「何なんだろうかこの世界は」
才能があるものが有利になるというのは理解できる。
さらにその才能があるやつらが努力すれば、とてつもない成果になることだって身に染みて感じた。
それじゃあ、俺みたいな才能が無い奴はどうだというんだ?
したいことを思うがままにすることができない。
才能が無いがために好きなことを否定しなければならない。
自分が才能が無いことを認めてそれでも続けるか決めなければならない。
「何で……何でこんなに悲しい世界なんだよ。なんでこんなに」
理不尽なんだ。
その言葉は俺の口から出なかった。
気付けば俺の視界は高速で動いていた。
視界の景色の動き方からして空中で体が回転しているようだ。
どうやら俺は何か大きな物に轢かれてしまったらしい。
「きゃああああっ!」
その大きな女性の悲鳴は何に向けられたのか、俺には分からない。
気付けば茶色い景色は赤く染まり、次第に黒くなっていっている。
その世界では自分の思考の声しか響いていない。
さっきまで俺がいた世界も、この世界も、何て寂しい世界なものか。
「認められるかよ」
世界がこんなにも理不尽であることに。
世界がこんなにも色褪せたものであることに。
才能が無いことで全てが決まってしまう世界で。
抗ってみせると決意した俺の意識は黒に染まって闇に落ちていった。




