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ファントム 6

 やがてローズは、酒場と渡り廊下でつながれた場所。酒場と隣り合う、美術館の天井裏へと二人を案内した。

 酒場と美術館が真横に並ぶ。そのアンバランスさが、この「時計塔の地下街」特有の美意識を表わしているようで、美樹は胸が弾む。


「さぁ。この天井裏が私の確保出来る潜伏先よ。少し不満があってもガマンはしてね」


 そうローズが楽しげに告げると、美樹は覗き込むように、ジファはスタスタと足早に天井裏に足を踏み入れる。

 天井裏。そこは「アトリエ」か何かのようにも美樹には見えた。辺り一面には画材道具が散らばっている。ローズの声は軽やかだ。


「部屋の主人はしばらく帰らない。ジファ。あなたが動く時には一声、声をかけてね」


 その言葉を最後にローズは、片目を一度瞬またたかせて席を外した。ジファは、この天井裏、「美術館のアトリエ」とでも呼ぶべき場所に、幾度か足を運んでいるようだ。「部屋の主人」とやらにも通じているらしい。随分と手慣れた様子でキャンバスの一つを手にすると、不意に美樹へ尋ねる。


「どう思う?」

「『どう思う』って?」


 美樹がそう尋ね直してキャンバスを見ると、そこには機械仕掛けの頭蓋骨が描かれている。美樹はジファの意図を汲み取り、答える。


「ちょっと、怖い感じ?」


 ジファは絵を画架に立てる。


「これは『AI・人工知能』をモチーフにした絵でね」

「AI」


 美樹は言葉を重ねた。ジファが、AIについて話をするのはこれで二度目だ。彼は目を細める。 


「AIの研究は、初めはかわいいものだったんだよ。みんな夢中だった」


 ジファの声はどこか懐かしげで、「そのこと」、AIの研究自体にはジファが悪い印象を持っていないことが美樹には分かった。ジファは仄かな笑みを浮かべる。


「親父もそんな科学者に憧れて『科学技術協会』に入った」

「科学技術教会?」


 美樹が尋ねると、少し紋切型にジファは説明してみせる。


「『科学技術協会』。それは国家直属の科学者達の集まりだ。そこで科学者達は研究に勤しんでいる。それが表向きの『科学技術協会』の説明にはなるね」


 言葉以上に、何か意味を含んでいるようなジファの物言いに、美樹はふと閃いて彼に訊いてみる。美樹はその閃きに、自分自身少し関心もしていた。


「暗殺されたカルツァとあなたのお父さんって……」


 ジファは悲しげに目を伏せて告げる。だがどこか優しい笑みも伴っている。


「同僚だった。二人ともAI研究に携わる理想家だった。だから殺されたんだよ」

 

 「殺された」。カルツァと同様、ジファの父、ロウまでもが。その事実に美樹は驚き、言葉をなくす。なぜなら彼女の寓話でもロウは殺されていたからだ。美樹は、次から次に浮かぶ疑問をジファに投げかけようとした。だがそれをジファが遮る。


「さぁ、こんな話ばかりもしていられない」


 ジファは思い出話に耽るより、目の前の困難を避けるのが先だと考えているようだ。彼は美樹に近づき、半透明のシールを、彼女の首筋に貼り付ける。


「このシールは俺の首筋にも貼ってある。このシールがあれば、俺には君の動きが、君には俺の動きがわかる」

「シール一枚でそんなことが?」


 少し甲高い声をあげる美樹を目にしても、ジファは優しく「そう」と頷くだけだ。美樹は、不思議な気分になってシールを軽く撫でる。その様子を見てジファは大切なポイントをおさえる。


「だって君といつも一緒にいるわけにはいかないからね」


 「いつも一緒ではない」。その言葉は当たり前でありながら、美樹の胸に小さな棘として刺さる。美樹が何か口を開こうとすると、ジファはさっさとアトリエから離れていってしまった。

 天井裏に残された美樹は、画架に立て掛けられた絵をもう一度見つめる。すると不思議な感覚が彼女を襲う。彼女はこめかみを抑える。

 意識が遠のいていく感覚。それは彼女が「この世界」、「ジファの世界」に運ばれた時と同じものだった。


「っ!」


 美樹は痛みを感じて瞳を閉じる。すると……、意識が薄れていく。

 気がつくと美樹は再び「自分の世界」、執筆オフィスの椅子に腰かけていた。

 目の前には陽気に歌を口ずさむ、編集者の芳賀がいた。美樹は一気に気が抜けて彼に呼びかける。


「芳賀君?」


 芳賀も気の抜けた声を出す。


「どうしました? 何かありましたか? 美樹さん」


 美樹はその返事で自分が「元の世界」に戻ってきたのがわかった。これまでの体験は幻覚だったのか、ふと見た白日夢であったのか。それにしては感触といい手触りといいリアリティがあり過ぎた。

 外からは鳥のさえずる声が聴こえる。美樹は一つ息をついて、一先ずは「戻ってきた」安堵感を噛みしめる。芳賀が、忙しげに資料をまとめる「執筆オフィス」の窓からは、穏やかな日差しが差し込んでいた。



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