ヒロイン 1
空を飛ぶメカ。FVMから美樹は時計塔の広場を見渡せる。そこでは軍とレジスタンスが向かい合い、互いの動きを窺っている。
美樹はFVMの「補助操縦席」に座っていた。補助操縦席は丸いカプセル状のコックピットで、FVMから切り離し可能だ。メインコックピットにはジファがいる。彼は口をまっすぐに結んで、操縦桿を操り、美樹とは視線さえ合わそうとしない。
彼特有の緊迫感を漂わせるジファの後ろで、美樹は胸に「デジファルファ」を抱き締めている。言葉を交わさないがための、二人の意思の疎通。暗黙の了解。そんな感情があるとするならば、それはたしかにこの瞬間にあるのだろう。
そのFVMのモニターにドクター・フラカナの姿が映る。彼はレジスタンスの一斉蜂起に加わっていた。自身の所属する「コミュニティ」の状況をも含めて、蜂起の様子をFVMのコックピットへ伝える。
「首都全域での蜂起はもう避けられない。独立した『コミュニティ』でさえもその態度を示した。レジスタンス。彼ら、いや僕らは同時刻決起に成功した」
国の行く末を決める時を迎えても、フラカナの口振りは冷静だ。
「ノルガバの失脚で、政府はアノマの穏健派と、軍の強硬派の二つに分かれている」
フラカナは騒ぎの聞こえた方角に一度視線を送る。彼の周りでも軍とレジスタンスが向かい合っているようだ。何か双方による挑発でも行われたのだろう。フラカナは政治的駆け引きも視野に入れている。
「体制の自然崩壊もあり得る。柔軟に行こう。また連絡する」
ジファは鋭い顔つきでフラカナに応じる。
「了解。フラカナ。引き続き連絡を待つ。FVMは時計塔の広場、上空で待機する」
「ジファ、くれぐれも慎重に」
「分かってる。それに、俺達の未来は彼女、『お姫様』にかかってる。俺にもお前にも未来は予測出来ない」
美樹への皮肉を混じらせたジファの物言いに、フラカナは、「相変わらずだ」といった調子で返す。
「ジファ、君の気持ちは分かるよ。だがここまでくれば私論は控えてもいい。ジファ、君が、そして『彼女』が成功することを期待している。以上だ。通信を終える」
モニターからフラカナの姿が消えると、彼に軽く諭されもしたジファは口を閉ざす。やはりジファは美樹に視線を送るどころか、一瞥さえしない。
そんな少し気を損ねた様子の、ジファの横顔を見つめながら美樹は回想する。
「デジファルファ」を使ったプランに反対したのは誰よりもジファだった。「部外者」、つまり美樹を使うアイデアに彼は反対したのだ。
プランを話し合ったその時、アトリエにはトシキとローズ、カザ、クルーベ、そして美樹とジファがいた。ジファはトシキを正面きって、真っ向から否定する。彼の口振りは冷たさそのものだ。
「反対だ。『デジファルファ』を彼女に委ねるだと? そんな危険なプランを立ててどうする? あれはいつ誤作動を起こすかわからない」
ジファはその場にいる全員を睨みつける。
「俺達の世界の戦争だ。彼女に頼る理由はない。トシキ、お前の基準は何だ! 俺は賛成しない」
ジファの激情にもトシキは冷静だ。彼は、ノルガバの思想で染まった世界が来るのを何よりも危ぶんでいる。だから出来る限りの手段を使おうと考えていた。彼もまた、ある種の「マッド」ではあったかもしれない。トシキはジファに説明する。
「ジファ、『デジファルファ』の安全はほぼ保障されている。技術的な欠陥はない」
「欠陥はない? 何が根拠だ。テクノロジーをたやすく信じるのがどれたけ危ういか、お前なら知っているだろう。トシキ!」
トシキはジファを説得するも、ジファは決して納得しない。それどころか、トシキの立てたプランをもとから崩すべく、その脆さを指摘し、美樹でさえも愚弄する。
「彼女はただの小説家に過ぎない。『月の声』? そんなまだ立証もされていない考えに頼るのか。この女は! 普通の女だぞ!」
ジファの言い分にアトリエは静けさに包まれる。だがもちろんトシキは諦めてはいない。引くつもりはないようだ。彼は一瞬の沈黙をついて切り出す。
「よし。ならばここは彼女の意見を訊こう。七瀬美樹。彼女にも選ぶ権利があるのだから」
ジファは鋭い瞳を美樹に向ける。顔を轟然ともたげ、美樹を見下ろすジファには、軽蔑に近い感情が宿る。
「いいだろう。当事者の意志を確かめるのは大切なことだ。ただ彼女の考えは、熟考されたものでなく、熱に浮かされた一過性のものであるのを忘れるな」
そこまでジファに軽視されても、美樹は、ジファに、そしてアトリエにいた全員に、自分の思いだけを口にする。
「私が力になれるなら、みんなに力を貸したい。私は『この世界』ともう関わってしまったのだから」
それを聞いたジファは、口元に残酷な笑みを浮かべて、威圧的に美樹を嘲る。
「救国のヒロイン気取りか? お姫様作家の妄想もここまで来れば喝采ものだ」
続けざま彼は畳みかける。
「美樹。君は『デジファルファ』の危険性について何も知らない。あれは未発達な兵器なんだよ。知っていたか?」
あらゆる面で「無知」な人間として、美樹を扱おうとするジファ。だが美樹も負けてはいない。歯を一度、嘲弄的にカチッと噛み合わせたジファから視線を逸らさずに応える。
「私は争う人々を放っておけない。これが私の答えよ」
そんな美樹のセリフを聞いた瞬間、ジファはたまらず大きな身振りで声をあげる。
「いい加減にしてくれ。お前は関係ないんだ! それが分からないのか!」
美樹はジファの瞳を見た。彼の瞳は怒りの余り冷たくなっている。美樹も譲らず、ジファも美樹自体を守るためか、一切譲らない様を見て、ローズが口を開く。
「ジファ、私はトシキのアイデアに賛成よ。彼の技術力に問題はない。『月の声』を持つとされる彼女。七瀬美樹はこのプランに最適な人物よ」
「月の声? アッ!」
ジファは蔑むように、怒りにまかせて一度声をあげると言い放つ。
「分かった。美樹も含めてお前たちの意志に従おう。彼女を乗せたFVMも俺が操縦する」
同意するジファ。だが彼は今一度人差し指を立てる。
「ただし! だ。彼女の命が危険に晒された時、それは俺たち全員の! この世界そのものの! 過失であるのを覚えておくといい」
そう痛烈な言葉を残して、ジファはアトリエから出ていく。口を固く結ぶ美樹の隣に、ローズが来て耳元へ囁く。
「ありがとう。美樹。ジファがああ言ったのは、あなたを大切に想っているからよ」
「ローズ」
美樹は、ジファの「真剣さ」と向き合った。立ち去るジファ。彼のあとを、もちろん追うに追えない美樹。そしてアトリエにいた面々の静寂。それらが美樹の胸に思い返されたのを最後に、そこで彼女の回想は途絶える。
依然として空を飛ぶFVMの中。一度深く呼吸をした美樹が、ふとジファを見ると、ハンドルを握る彼の顔からは、なぜだろう。厳しさは消えていた。
そこにはトシキらのアイデア、考え方に強く反対していたジファの姿はない。彼の心は静けさで満ちている。ジファの横顔は解放感に満ちているようにも美樹には映った。
それは、彼、ジファが「大きな流れ」に抗うことなく、身を委ねる心境にもなっている証だった。
独善とも見られかねないジファが、そんな気持ちになっているのを見て、美樹はある決意をたしかめる。それは、もし自分のスピーチがみなへ伝わらなくとも、自分は「もとの世界」に戻らないというものだった。
デジファルファを後ろ盾にしたプランが破綻した場合、どんな状況になるのか、美樹は想像さえ出来なかったが、「ジファの世界」に、「この世界」の人々に、何かしらの力になれるならば、と美樹は決めていた。
美樹が見下ろす時計塔の広場はいよいよ、武力衝突を起こしそうだ。ジファはデータを急ぎチェックしている。そこにはトシキの計画に反発していたジファの姿はもうない。彼はやるならば全力でやる男だ。ジファは機器類を素早く操る。
「カザがハッキングに手間どってる。『デジファルファ』を使ったプランは全ての場所、同じ時間に実行しなければ意味がない」
「カザからの連絡は?」
美樹が尋ねるとジファは答える。
「まだない。時間は守る男だ。何かトラブルがあったのか? わからない。……見ろ。蜂起が始まる」
ジファが時計塔の広場を指さすと、レジスタンスの機関銃を構えた一人の男が、空砲を空に目がけて撃ち鳴らした。それを合図にして均衡が崩れる。
そしていよいよレジスタンスと軍の衝突が始まった。飛び交う弾丸、迸るレーザー。ジファはその光景を見つめる。
「力は、軍の方がレジスタンスより上だ。戦闘が長引けばレジスタンスは敗れる。彼らがどれだけ耐えられるかが……」
レジスタンス、軍共に銃とレーザーを撃ち合い、せめぎ合う。最早我を忘れて。美樹は静かに唇を動かす。
「私の『声』なんて、届くんだろうか」
美樹が弱気を見せたその時、フラカナの通信がFVMに入る。彼は伝える。
「ジファ、首都、ほぼ全域で軍事衝突が始まった。犠牲を少なくするためにも早くプランを!」
ジファはフラカナの声に冷静に応える。
「分かってる。カザがハッキング出来れば、すぐにでもやれる。フラカナ、お前は戦闘に出るんじゃない」
フラカナは少し笑みを浮かべる。それは自ら進んで孤独な医師となった彼のものではない。
「ジファ。僕だって、時には闘士にもなるんだよ」
ジファは最高の友人であり、最高の医師もである彼が、現場では駒の一つにしかなり得ないのを知っていたのか、必死に止める。
「行くな! フラカナ」
だがフラカナの通信は、ジファの言葉を断ち切るように途絶える。
「くっ!」
ジファは悔しそうに操縦桿に頭を叩きつける。彼は念じるように幾度となく呟く。
「カザ、カザ」
機械音だけがコックピット内に響く。時間は瞬く間に過ぎ、ようやくカザから通信が入る。モニターに映し出されるカザは達成感で満ちている。
「ジファ、遅れてすまない。ハッキングが終わった。ネットワーク全域への侵入に成功した。これで美樹のメッセージを全ての受信機に送ることが出来る。彼女の『声』は敵味方分け隔てなく伝えられるだろう」
「OK! ローズは!?」
ジファが訊くと、カザは頬を右手で一度拭う。
「彼女も首都全空域にモニターを設置し終えた。すぐ時計塔の広場へ戻るはずだ」
ジファは満足して応える。
「分かった。すぐに『補助操縦席』をFVMから切り離す」
モニターから視線を外し、FVMを操作するジファにカザが訊く。
「間に合うか?」
「間に合わせるさ。一度決めたからにはな。そのための、『ヒロイン』だ」
カザは、ジファの物言いに笑って応える。
「分かった。ヒロイン。その通りだよ。安心した。ジファ。俺は少し休ませてもらうよ」
「充分だ。ゆっくり休め。カザ」
ジファはカザを労うと、すぐに美樹に向き合う。
「美樹。補助操縦席は時計塔の上空に待機する。君の『メッセージ』が全民衆に伝えられる。戦争か平和か。選ぶのは彼らだ。あとは、君に任せた」
美樹は、いよいよ「その時」が来たのを知り、意を決してデジファルファを抱きかかえる。
「私、やってみるわ」
ジファに美樹の気持ちが届いたのかどうか、彼は最後、優しく美樹に手を差し伸べる。ジファの手を握り返した美樹に彼は伝える。
「美樹。気をつけて」
「ありがとう。ジファ」
美樹はその時、ジファの目を見て、彼が「本当に」孤独な復讐から開放されたのを知る。そう。美樹を気遣うジファの目はごくありふれた、普通の青年のそれだった。ジファの、そして美樹の旅が終わりに近づいていることを、彼女はあらためて感じ取っていた。




