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謎解き 5

 トシキは全ての謎。ロウ・セラヴィナら、科学者を死に追いやり、科学技術協会員の多くを困惑と失意に追いやった謎の繙きを始める。


「二種の猿人。名前は『ラムダ』と『オメガ』。復元されたのは、それぞれ僅か12体と15体」


 モニターには身体を解析され、その全てのDNA情報がデータベース化されたラムダとオメガが映し出される。トシキは、その存在自体には罪がない二人の猿人を見つめる。


「彼らのDNA解析の中心となったのは科学技術協会のリーダー、今は故人となったリメ・アルフォ」

 

 リメ・アルフォ。それは美樹が初めて耳にする名前だ。彼女の寓話「時計塔に眠る怪人」にも出て来ない。その理由は、トシキが美樹に役割を果たしてもらう上で不要だと考えたからなのか。それは分からない。

 だが、モニター映像がリメ・アルフォの肖像に切り替わると、美樹は彼、リメ・アルフォを昔から知っているような錯覚にとらわれる。それは多分、アルフォが人間誰しもが持ち得る、「業」を背負っているようにも見えたからだろう。

 アルフォの顔は、鉤鼻で深いしわが刻まれ、細面の顔の、落ち窪んだ左目には片眼鏡がはめられている。手を後ろ手に組み、やや猫背でもある男。それがリメ・アルフォだった。トシキが解説する。


「リメ・アルフォ。その奇抜な着想で『数学のマジシャン』とも呼ばれた男だ」


 ローズは、アルフォを知っているのか、美樹の耳元で囁き、ちょっとした知識をも付け加える。


「彼は英雄視もされていた人物よ」


 「英雄視」。人々を盲目にさせるその響きから、彼、アルフォが数々の功績をあげてきたことが、美樹にも分かる。トシキはローズの言葉を引き継ぐ。


「そう。だからこそ、彼はDNA解析に『カラクリ』、まさに『マジック』を仕掛けることが出来た」


 トシキは、政治に組みこまれずにすんだ科学者の一人として、リメ・アルフォの「カラクリ」を暴いていく。


「彼は、ラムダとオメガのDNA解析に操作を加えた。そしてラムダとオメガに優劣があるように人々に錯覚させることに成功した」


 トシキは、英雄の施したトリックを簡潔に伝えるべく、右手を広げる。


「彼は難解な数学理論を使って、データを偽ったんだ」


 モニター映像は、隣り合わせに映し出されるラムダとオメガに切り替わる。


「そしてここに、リメ・アルフォはラムダとオメガの0・02%の遺伝的不一致を生み出した」


 美樹は、リメ・アルフォの「トリック」と「カラクリ」を耳にして、言葉を無くす。功績を幾つも上げてきたアルフォが、なぜ自らの評価を落としかねない、罪に手を染めたのか、その理由が分からなかったからだ。美樹はリメ・アルフォの心の闇を感じ取る。トシキは、そんな美樹の心情を察して、口を開く。


「そして黄色人種の直系、優れたラムダ。その他の人種の直系、劣ったオメガのイメージを作りあげた」


 モニターに数多くの数式が示されていく。トシキはその数式が、空疎であることを確かめるように口を開く。


「私は悲しかったよ。その類まれな知性を、人種差別のために使う人間がいたことがね」


 次には、トシキは鋭い表情を浮かべる。


「私はリメ・アルフォのDNA解析を覆そうとした。彼の解析には一見、一部の隙もないように映った」


 トシキは、優れた科学者としての資質を垣間見せ、孤独な知的攻防を彷彿とさせるように、人指し指を口元にあてる。


「アルフォの難解なアプローチが、彼の『偽り』を指摘するハードルとなった。私には時間が必要だった」


 美樹には、当時のトシキの、切迫した思いが伝わってくるようだった。ロウとカルツァとともに狙われ、意識転送も未だ完成していないであろう状況。そのトシキの気持ちが美樹には迫るように分かる。トシキは、彼自身の辿った道筋を思い返していく。


「AMSOSIの追手は近づいていた。残された時間は僅かだった」


 トシキの目が一際大きく見開かれる。


「そして、ロウとカルツァが暗殺されたのと前後して私は、美樹、『君の世界』へと移った。一人の小説家に成り済まして」


 美樹は、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、自分にとって馴染み深い「空想家」、風氏俊樹の面影を、彼に見た気がした。美樹は淡い物寂しさをトシキに伝える。


「あなたの偽装は完璧だった。あなたの作品は美しい。読者の胸を揺さぶる素晴らしい小説を、あなたは書いていた」


 だが、「ファンタジー小説家」という職業は、あくまで美樹に近づくための手段で、全くと言っていいほどトシキには思い入れがなかったのだろう。トシキは美樹の言葉をこともなく否定する。


「君を悲しませたくはない。だが、私の小説は作成プログラムが纏め上げた工業製品に過ぎない。私の作品に、私の想像力は入っていない」

「俊樹君……」


 美樹はトシキの告白に、次の句が継げない。トシキは、美樹の失望を振り切るように、モニターを指差して話を続ける。彼には「本当に」大事なことがあったし、あるのだ。「美樹の世界」でファンタジー小説家を演じる以上の。

 トシキが、天井を仰ぎ見るのと交差して、モニターに映し出される数式の数々。トシキは自らの知的攻防を振り返る。


「『君の世界』に来て3年後、私は、リメ・アルフォがDNA解析に添えた数式の一つに『意図的な誤り』を見つけた」


 モニターには、今度は脳の映像が映し出される。脳。知識、感情の根源。AIでそれを模倣することから、悲劇が始まっている。そう思うと美樹は、脳の断面図を、ただの資料映像としては見られない。トシキは、そんな美樹の思いに気づいてか、気づかずか、話を纏める。


「私の仕事は簡単だった。アルフォが仕込んだ『誤った数式』を、もとに戻すだけで彼のDNA解析、全てが破綻したんだ」


 モニターに映るラムダとオメガ。その二人の猿人はどこか微笑んでもいるようだ。トシキは言い切る。


「これでリメ・アルフォのDNA解析を覆すことが出来た」


 ローズとオルザヴァを含めた、みなが仰ぎ見るラムダとオメガはどことなく幸せそうだ。トシキは自らの攻防を締めくくる。


「ラムダとオメガ。二人の猿人は、脳の容積にして0・0000001gの差もなく、生体差は数値化するまでもなく皆無。DNAの差は無きに等しい。全てが『嘘』。偽りだったんだよ」


 トシキの言葉をローズが引き継ぐ。


「そのリメ・アルフォの『嘘』を利用して、戦争を引き起こしたのが宰相ノルガバと、ノマ・ゲルマノ」 


 トシキは顔馴染み、いや今や同胞でさえある、ローズの言葉に応じる。


「その通り」


 怜悧な瞳のトシキは、ジファと短い旅路をともにしてきた美樹には、ショッキングなことを最後に添える。


「一つ加えよう、ノマ・ゲルマノはリメ・アルフォの『嘘』を知っていた。だが彼は、自らの『AI研究』を実践に移すためにその『嘘』を許した。それがすなわち」


 美樹が目を見開き答える。


「ゲルマノの『過ち』」


 トシキが満足そうに頷くと、ローズが口を開く。


「ここまで分かれば、あとは事実をどう暴露して、ノルガバの政治を幕引きするかね」


 トシキの瞳は、風氏俊樹のそれではもうない。彼は、闘争的科学者トシキ・カザウジとして、即座に応える。


「私の知人で、尚且つ最も権力に近い人物がいる。彼女は不毛な戦争を続けるような女性ではない」

『女性……』


 美樹とローズが、見当がつかずに呟くと、トシキは意外な人物の名前を口にする。


「第二執政官、アノマ・カロメ」

『アノマ!』


 ローズと美樹は大声をあげた。トシキは自分の尽した手立てを話して聞かせる。


「彼女には正確なDNA解析を送った。彼女は速やかに宰相ノルガバを失脚させるだろう」


 微に入り細に入り、完璧な状態になるまで手を尽くし、「ジファの世界」に戻ったトシキ・カザウジ。彼には「夢見がちな空想家」としての面影はゼロだ。そのことに美樹は一抹の寂しさを覚える。だが同時にその感傷を振り切りもする。


「俊樹君」


 美樹がトシキの名を呼んだのを最後に、彼の話がひと段落したのを見届けたオルザヴァが、ベッドから体を起こし、美樹に瞳を向ける。


「そして美樹。君にはある役目が与えられる。それは君にしか務められない役目だ。断るか、受け入れるかは、君次第だ」


 トシキは最早、自分の計画に歯止めを利かせる理由もない。美樹を手招きする。


「美樹、来てくれ。君にしか果たせない役目がそこにある」


 少し躊躇する美樹をローズが後押しする。


「美樹。行きなさい」

「ローズ」


 彼女はローズに背中を優しく押され、トシキに連れられて奥の部屋の扉を開ける。部屋の中央にはガラスケースが置かれている。その中には両掌に収まるほどの小さな「兵器」が置いてあった。美樹は不穏だが、どこか澄んだ閃きも得てトシキに尋ねる。


「あれは何? 俊樹君」


 トシキは美樹の質問には直接答えない。


「ノルガバが失脚しても、国防軍とレジスタンスの武力衝突は起こる。なぜか」


 トシキは襟元に一度手をやり、繙く。


「軍部とAMSOSIが軍事独裁を目指すからだ。そしてレジスタンスは彼らに抵抗する。その状況下で力を持ち得るのが、この兵器、『デジファルファ』だ」


 「デジファルファ」は、美樹には聞いたこともない響きだ。彼女はトシキに尋ねる。


「デジファルファって? トシキ君」


 トシキは、自分の立てたプランが危険なものであるのは、重々承知しているようだ。だが彼は淡々と答える。


「『デシファルファ』とは、美樹。『君の世界』には存在しない、デジファルファという原子を使った爆弾だ。その破壊力から人々に恐れられ、時に戦争の抑止力として働いているとされる」


 美樹は、ほぼ想像通りのトシキの答えに心が張り詰める。トシキは戦略を打ち明ける。


「君にはこの『デジファルファ』の抑止力を手に、人々を鎮めるためのスピーチをして欲しい」


 即座に美樹は反論にも近い調子で、トシキの真意を確かめる。


「抑止力? 人々を鎮めるスピーチ? あなたは一体何を言ってるの? あなたは気が変になったの? 危険思想もいいところだわ。それに、私にはそんな力はない」


 美樹のその批判的な態度にも一向に構うことなく、トシキはこう答える。


「いいや、君にはその適正があるんだ。そのために私は君を調べていたんだ」


 美樹の目がついには険しくなる。


「適正? それは?」


 美樹の問いに、トシキは流れるように答える。


「それは声の周波数だよ。『僕たちの世界』での研究対象で、俗に『月の声』と呼ばれるものがあってね。それは人々の脳の中核に、直接訴えかける周波数を持つ」

「『月の声』」


 美樹がそう言葉を重ねると、トシキは最後の謎を繙く。


「月の声の持ち主は『僕たちの世界』にはいなかった。だから探す必要があった。そして『君の世界』で見つけたんだ。その人物こそ、七瀬美樹。君だ」


 奇妙な話を耳にして、美樹はそれを否定する。


「『月の声』? そんな考え、あてにならないわ。現に私は普通に生活……」


 トシキは、その美樹の言葉を遮り、小さな機械を取り出す。


「月の声は普通に生活している時は気づかない。月の声の効果を、最大限引き出すためには、この『機械声帯』が必要だった」


 加えて彼は、懐かしげに振り返る。


「これを作るのにも、私は多くの時間を割かなければならなかった」

「俊樹君。あなたは」


 美樹はそう口にして以降、もう言葉を継げない。トシキは最後にこう彼女に呼び掛ける。


「これが君が選ばれた理由だ。分かってくれたかい?」


 毅然として美樹は応える。


「ええ。だけど、もし私のスピーチに人々が応えなかったらどうするつもりなの?」


 美樹の質問にトシキは簡潔に答える。そこにはトシキの私情は入っていない。


「その時は『意識転送』を使って、君を『君の世界』へ帰す。それだけだよ」


 美樹はトシキの気を疑うとともに、彼の言葉の真意を汲み取る。彼らは何があろうと、何が起きようと、身を挺して闘いを続けるつもりでいる。ならば僅かばかりでも可能性があるのなら、自分が手助けし、彼らを止めなければ。そう考えた美樹は覚悟を決める。

 美樹は息を一つ吸うと尋ねる。


「私の力が必要なのね」


 トシキは頷き、美樹に伝える。


「そう。そして力を貸してくれるかどうかを決めるのも、また七瀬美樹。君自身だ」


 美樹は、静かな足取りで「デジファルファ」の保管されたガラスケースに近づく。そして彼女はガラスケースを開くと「デジファルファ」を手に取った。

 美樹はトシキに呼び掛ける。


「『月の声』。一度だけ、たった一度だけ科学者としてのあなたを信じるわ。俊樹君」

「じゃあ、美樹」

「ええ。私の『声』が力になることを、あとは願うだけよ」


 トシキは、美樹の答えに瞳を見開く。


「ありがとう。美樹さん」


 やり取りが終わったあと、奥の部屋を出ようとする美樹に、トシキが呼びかける。その声色はファンタジー小説家、風氏俊樹の声にも似ていた。


「あなたを結果的に騙してしまったのを、謝ります」


 美樹にとって、今やそれは小さな問題だ。美樹は言葉少なに返す。


「謝る必要なんてないわ。俊樹君」


 美樹の言葉を聞くと、トシキは両掌を合わせて、胸元にあてる。それは五年に渡る、彼の孤独な闘いを表しているようでもあった。その悲壮な姿を目にして、美樹は、ふとあの、トシキが大切にしていたシャム猫を思い出す。


「ところで俊樹君、あの娘はどうしたの?」


 トシキは、美樹が「誰」を指しているのかすぐに分かったようだ。


「『彼女』ですか。彼女は『この世界』に戻る前に、知人に譲り渡して来ました。大切にしてくれるようにと。悲しい別れで、胸が張り裂けんばかりの想いでした」


 朗らかで優しいトシキの語り口。その声の抑揚を耳にして、もう一度だけ、ほんのわずかな時間、美樹はトシキと、仲のいいファンタジー小説家に戻れた気がした。だがそれもすぐに消える。

 美樹はオルザヴァの部屋へ戻る扉を開く。それは彼女が最早後戻り出来ない道を踏み出した証でもあった。真っ直ぐに前を見据える、美樹の胸には「デジファルファ」が抱き締められていた。

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