謎解き 4
美樹が、脳裏に浮かぶ俊樹のことを考えていると、その時、不意にジファがこめかみを抑えて、気分が悪そうな素振りを見せる。「大丈夫? ジファ?」と美樹とローズが気遣う間もなく、ジファは言葉なく、上体から崩れ落ちた。そして眠るように意識を失ってしまう。
「ジファ!」
当惑して、ジファの体に触れる美樹を差し置いて、ローズとクルーベが倒れ込んだジファを抱き抱える。美樹は突然のことに言葉が出ない。
ローズは、ジファの体に限界が来たのが分かっているようだ。彼女は寂しげだ。
「もうジファの能力は期待出来ない。望んでもいけない。彼は最後の蜂起では一人の市民として加わるはず。……クルーベ?」
ローズは、クルーベを呼び寄せるとジファの介抱を頼んだ。クルーベが快く了承したのを確かめると、ローズは、次に美樹へ呼び掛ける。
「美樹、オルザヴァとトシキには私と二人で会いに行きましょう。彼の話は私たちだけで聞くのよ。あなたが知りたい『本当のこと』を。覚悟は出来てる? 美樹」
「もちろんよ。ローズ。当然、私には『知る権利』があるわ」
そうたくましく頷く美樹を見て、ローズは微笑む。
「行きましょう。美樹。オルザヴァとトシキの待つ『時計塔の頂き』へ」
そうして美樹とローズは、すぐにもトシキの待つ「時計塔の頂き」へと足を向ける。時計塔の階段を踏めしめて、オルザヴァの部屋へ向かう間、美樹の心にはさまざまな思いが駆け巡る。
「美樹の世界」と「ジファの世界」に見出される一致点の秘密。食事会の夜、美樹の心に掠めたイメージの謎。トシキの逃亡の狙い。そしてなぜ彼女、七瀬美樹が「別世界」を行き来する人間として、「選ばれた」のかという理由。
その全てが解き明かされる。そう考えると、美樹の胸は自然に波打ち、高鳴ってもいく。時計塔の頂きに着くと、オルザヴァの部屋、琥珀色の扉は二人を待ち侘びていたかのように音もなく開く。
まるで歓迎されるように、ローズと美樹が足を踏み入れたオルザヴァの部屋には、数々の装置があり、天井にはモニターが設えてある。そして白いベッドにはオルザヴァが横たわっている。彼の頭部は開かれていて、「AI」が露わになっている。
「全てがあの時と変わらない」
美樹はそう呟くも、ただ一つだけ違うことにも気づいていた。それは、オルザヴァの隣に、風氏俊樹、そう。今やその素性が明らかになった、トシキ・カザウジがいることだった。
丸眼鏡の奥の彼の瞳は、美樹の知るファンタジー小説家、風氏俊樹のそれではなく、五年以上に渡って一人権力に反抗してきた科学者、トシキ・カザウジのそれだった。
美樹は静かに口を開く。
「久し振りね。俊樹君」
トシキの口振りは穏やかだ。だがその裏には、いよいよ自らの闘争が結末を迎える緊迫感をもはらんでいる。
「君を騙すつもりはなかった。『二つの世界』を行き来出来る人間かどうか確かめる必要があった」
トシキは控えめに告げる。
「事実、君は適性を示した。私たちの目に狂いはなかった」
美樹は彼、親しかった頃の風氏俊樹が「そこにいない」のを感じて、悲しくも尋ねる。
「私の『時計塔に眠る怪人』は、あなたが作らせたのね?」
「そう。『二つの世界』に適応出来るかどうか調べるためだった。方法は簡単だ。特殊な小型チップを君の後頭部に差し入れるだけでいい」
猜疑心にも似た思いで美樹はこう尋ねざるを得ない。
「私はあなたの操り人形だったの?」
トシキは否定も肯定もしない。こう答えていくだけだ。
「一面ではそうだ。だが君は、『私達の世界』をシャットアウトする権利もあった。それでいて『私達の世界』と関わることを選んだ」
トシキの言い分に美樹は、目を見開く。
「選んだ? AMSOSIに襲われて選ぶ権利なんてなかったわ」
美樹の一種の反駁にもトシキは淡々と返す。
「それは私も予想していなかった。だが彼らの『意識転送』は未完成だ、もう起動していない。そうだね。だから君にはもう一度選ぶ権利がある。どうする?」
美樹はそう訊かれて息を飲む。トシキは今一度、あらためて美樹を調べるようだ。
「『この世界』に起こった出来事を、自分には無関係のものとして、もとの世界に戻るか。それとも私の願いをも聞き入れて、私たちに力添えし、協力してくれるか。どうする? 君には選ぶ権利がある」
そう問われた美樹にも美樹の考えがある。彼女は決然としている。
「もう後戻りするつもりもないわ」
「それでいい。それでこそ私たち三人が選んだ、稀有なる女性だ」
揺るぎない信念を口にするトシキ・カザウジを、美樹は黙って見つめる。その時、あの夜、出版記念会の夜、彼女の心にかすめたイメージが蘇る。謎めいた三人の男の対話。
「美樹。七瀬……、美樹。彼女にしよう」
その男性の声はまさしく今、目の前にいるトシキ・カザウジのそれに違いはない。美樹は一つずつ謎を繙くように、トシキへ訊く。
「この奇妙なイメージもあなたがしたこと? 三人の男性はジファのお父さんと、カルツァ・ゼウ。そして……、あなたね」
トシキは毅然として頷くと答える。
「そうだ」
二人の話を目にしていたオルザヴァは、トシキが美樹を欺かざるを得なかったことに、胸を痛めている様子だ。オルザヴァはジファの長きに渡るメンテナンスのお蔭だろうか。「混乱」は一時的に鎮まり、安定している。
「美樹嬢。私から謝罪しよう。すまなかった、と」
美樹が、オルザヴァの言葉に「そんな。オルザヴァさんが謝る必要なんて」と返したのを合図に、オルザヴァの部屋は、今度は謎解きの場へと変わる。トシキは伝える。
「さぁ。これで謎は一つ繙けた。美樹、あらためて君に訊こう。どうする? 私の話を聞いてくれるか、それとも、もとの世界へ戻り、全てをないがしろにするか」
美樹はトシキの煽るようでさえある物言いに、反発するような素振りを見せてすぐに答える。
「聞く。私にはその権利があるはずだから」
トシキは美樹の返事に満足げだ。加えてトシキは、美樹の険のある感情には、さして構いもしていないらしい。
「それこそがあなたの美徳だ。足を踏み出すといい。さぁ。天井のモニターを見て欲しい」
自分の感情が相手にされなくても、美樹はもう何も思わない。ただひたすら、この孤独な闘争的科学者、トシキ・カザウジが何を語るかに注目している。
美樹とローズは、トシキに促されるまま天井モニターに視線をやる。オルザヴァが美樹に感嘆した声も、あい重なるように響く。
「美樹嬢。つくづくも賢明な判断だ」
オルザヴァの機能は大部分が回復している。「感情」も落ち着き、オルザヴァ本来の悟性が取り戻されている。
美樹はそのことに安心すると、静かに掌を握りしめる。トシキが口にする全ての真実を耳にしようとして。トシキは真っ直ぐにモニターを見据える。
「ここで、戦争を後押ししたノルガバの過ちが暴かれる」
美樹は、トシキの指摘する、ノルガバの「過ち」を知るためにもモニターを仰ぎ見る。ついに全ての謎が明らかなる。その期待感で満たされた彼女は、トシキの言葉に耳を傾ける。




