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謎解き 3

 やがて時計塔の地下街、「美術館のアトリエ」に戻った美樹、ローズ、そしてジファの三人を待っていたのは、美樹が初めて会う男性だった。

 金糸、銀糸を織り込んだ赤と黒の服。ウェーブした伸ばし放題の髪。一転綺麗に手入れをした口髭とあご鬚。一言でいうならば、彼はボヘミアンだ。

 美樹は男を見た途端、指先を男に指して、不意に声をあげる。


「カル・クルーベ。世界を放浪する画家。ジファの親友で、『時計塔に眠る怪人』の物語をジファに聞かせたアトリエの主」


 その男は、不思議そうな視線を美樹に向ける。当然だろう。初対面の見ず知らずの女性が、自分の名前や素性について、恐らく一部言い当てていたからだ。男は口元の髭に手をやり高らかに笑う。


「一体どう情報を集めたんだ? おおかた正解だ。お嬢さん」


 男はあご髭を愛おしむように撫でる。


「ただ、『物語』をジファに聞かせたというのは間違いだねぇ。『怪人・オルザヴァ』の話をしてくれたのは、むしろジファの方だよ」


 美樹は、「やっぱり。そう、ですか」と自分の特殊な能力が、一部しか言い当てられないことに若干肩を落としてみせる。見るとローズとジファは、男と旧知で、尚且つ信頼しているようだ。ジファが男に声を掛ける。


「クルーベ。内乱がやむまで帰らないんじゃなかったのか」


 クルーベと呼ばれた男は、母国の内乱が、いよいよ佳境を迎えたのを察していたのか、こう口にする。


「いや、そろそろ機が熟したと思ってね」


 意気込みを暗に匂わせるクルーベの話を聞いて、ローズは頼もしく感じるとともに、美樹へ男を紹介する。


「美樹、彼がこの『美術館のアトリエ』の主人、カル・クルーベよ。また当たっちゃったわね。美樹」

「でもやっぱり、一部ですね」


 美樹が子供っぽい声でそう応えると、クルーベは陽気にお喋りをして、美樹たち三人を持て成す。彼は長期間の不在、長旅の疲れを少しも感じさせない。


「今、丁度コーヒーを煎れたところだ。じきパウンドケーキも焼き上がる。旅の土産話の一つでも聞きたいだろう?」


 クルーベは持て成し上手だが、さっさと物事を済ませるタイプの男でもあるらしい。ジファら三人を椅子に座らせると、早速手料理を振る舞う。焦げ跡の匂いが香ばしく、焼き加減もちょうどいいパウンドケーキも中々のものだが、クルーベの煎れたコーヒーはコクがあって上質だ。

 美樹が少しケーキを味わっていると、ジファの関心は、自分の「内」から「外」に向き始めているのか、彼は、濃いめのコーヒーを口に含んで即、クルーベに尋ねる。


「で。どうだ。戦争の状況は。現場から見て」


 それを聞いたクルーベの顔つきが変わる。クルーベは、単なる放蕩好きな遊び人でもないらしい。流浪の旅は世界を知る意味合いもあったのか。彼は答える。


「ノルガバの人種差別主義が世界を覆いつつある。戦争を止める機会は今しかない」


 ローズはコーヒーをテーブルに置いて、前屈みに尋ねる。


「ノルガバを止める手立ては?」

「残念ながら外から変えるのは難しい」


 クルーベが首を軽く左右に振るのを見て、美樹はいよいよ切迫した想いになる。

 諸国を周ってきた男が、「外圧」で変えるのが難しいと捉えているのならば、ローズらを含めた反戦家たちが団結して、内変を進めるであろうことが目に見えているからだ。美樹は正直なところ、ジファも含めて、ローズたちが危険に晒されるのはもう望んでいなかった。自分が最後に何かしらの切り札に使われるとは知りながらも。

 そう美樹が考える間もなくジファが口を開く。


「ノルガバの評価は? あの男は諸国にどう見られている」


 クルーベは残念そうに、また訝しげに口元を覆う。


「狂信的なファシスト。差別主義に囚われた男、……と言いたいがそうもいかない。ノルガバを評価する識者もいる」


 ノルガバを評価する識者の存在。それは暗にAIによる大衆操作が進んでいるのを匂わせる。美樹は、ゲルマノとノルガバのプランがことのほか順調に運んでいるのを感じ取る。クルーベは両掌を広げると、逆にジファへ尋ねる。


「俺には理解出来ないね。どうなってる? これもやはりAIと関係が?」


 クルーベは、まだゲルマノとノルガバのプランに精通していない。そしてその脅威にも。だからこそ彼はそう訊いた。ジファは椅子の背もたれに体を預ける。


「そうだ。『大衆操作』が進みつつあるんだろう」


 クルーベは、AIによる大衆操作など絵空事だと考えているようだ。少し疑わしげに右眉をピクリとあげる。


「『大衆操作』なんて、科学者連中の戯言だと思っていたが、本当に出来るのか?」

「出来る。可能だ」


 ジファがそう断言すると、クルーベは不快そうに眉間にしわを寄せる。ノルガバとゲルマノのプラン、引いては異人種間戦争の話が一段落つくと、クルーベはあらためてジファに訊く。


「ジファ、お前とオルザヴァの、復讐。終わったのか?」


 ジファは安堵感に満ちている。その目は、美樹が今まで見たこともないほど安らかだ。


「ああ、終わった」


 クルーベはジファが見舞われた悲劇について詳しいのだろうか。クルーベは復讐について賛意も反意も示さず、ただ優しげな笑みを見せる。


「そうか……。なら良かった」


 その様子から美樹は、ジファとクルーベが共有の価値観、お互いの領分に踏み込まず、干渉しない関係にあるのが分かる。「いい距離感」。美樹は二人に聞こえないように、そっとそう呟く。するとクルーベは朱色のネクタイを締めて、話を次のステップに進める。


「さて、ジファの復讐が終わったのはいいだろう。問題はその先だ。ジファも、もうレジスタンスと組まざるを得ないはずだ」


 それを聞いたジファは、もう個人的に動くつもりも、理由もないようだ。ジファの胸の内にあるのは、全ての争いの源、ノルガバとゲルマノのプランを阻止することだった。ジファは力強く頷き、決意を表す。


「もう、俺個人の力だけではどうにも出来ないほど状況は悪化した。俺に躊躇はない。レジスタンスに協力するよ」


 そのジファの宣言を耳にして、ローズとクルーベの二人は、政府との攻防がいよいよ終幕に近づいたのを察知する。ローズは、ここが切り出すタイミングだと考えたのか、大切なことを口にする。


「カザから情報を預かってるわ」

「情報?」


 問い返すクルーベに彼女は答える。


「『レジスタンスは、今一度態勢を立て直した。蜂起の準備は整っている』。カザの情報は正確。近づいてるわ。レジスタンスの一斉蜂起が。ノルガバを止めるための。表裏どちらに転ぼうと、それが『最後のレジスタンス』」


 クルーベは、ローズの言葉に鼓舞されたように、顔をあげる。


「いいだろう。俺も一緒に闘う。それと……、『メッセージカード』だ」


 クルーベは、自らの戦意を示すと同時に、胸元のポケットから紫紺色のカードを取り出し、三人に差し出す。


「ギャドから受け取った」


 カードを手にしたジファは、文面の中身についておおよそ見当がついているようだ。彼は文面を読み上げる。


「ジファ。美樹。長らく待たせたね。調べていたデータが出揃った。これでゲルマノの思想を覆せる。オルザヴァのもとで待つ。トシキ・カザウジ」


 美樹は、ついに表舞台に現れた俊樹の名前を聞き、思わず大きな声をあげる。


「俊樹君!」


 ジファの顔にも精気がみなぎる。


「復讐の終わり。レジスタンスの一斉蜂起。トシキ・カザウジの帰還。条件は揃った。あとは手を尽くすだけだ」


 クルーベも、火を点けた煙草の煙を満足げに吐き出し、ひと息つく。アプサンの香気が今にも立ち込めそうな彼特有のセクシャリティ。その様子を半ば呆れた顔で見つめるローズが、淡々とクルーベに訊く。


「ところでクルーベ。あなたの放浪の成果はどうだったの?」


 クルーベは嬉しそうに、椅子から立ち上がる。


「よくぞ聞いてくれた。ぜひとも観てくれ!」


 クルーベはそう満悦すると、口角を目一杯あげて、得意気にスケッチブックを開く。そこには、彼が旅した国々の美女たちが、艶やかに描かれている。ローズは降参したように口元に手を当て、肘をつく。


「女好きも相変わらずね。クルーベ」

「それを言うなよ。ローズ」


 申し訳なさそうに軽く頭を下げるクルーベを見て、ジファも声を立てて笑う。ジファはもちろん、ローズも、この自由奔放なクルーベが嫌いではないようだ。

 美樹はそんな彼らの関係が好きだった。と同時に美樹はようやく風氏俊樹に話を聞ける機会が来たことに胸が沸き立ち、心に期するものがあった。彼の口から話される「真実」とは何か。美樹は全てを訊き出す気持ちで溢れていた。


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