謎解き 2
やがてFVMはエアポート近くに着いた。ギャドの情報からすれば、ストルツァが、ジャポネへ向かう時間から少し遅れての到着だ。エアポートはどうなっているのか。ジファは、そしてストルツァは。ジファはもう手を下し終えてしまったのか。
美樹とローズの二人が駆り立てられる想いで、視線を遠くの滑走路にやると、そこでは光が瞬いている。爆発音も激しく鳴り響いている。
ローズは、ジファとストルツァが闘っている最中であるのを、そこに見て取る。
「ジファ! 彼はあそこにいるわよ!」
ローズは、そう声をあげるとFVMを人型メカに変形させる。だが援護には間に合わなかったのか、メカが変形すると同時に、ジファとストルツァのシルエットは凄まじい音を響かせて燃え上がった。
美樹はたまらずに大声を出す。
「ジファは!? 今の炎は?」
滑走路に降り立ったFVMから、美樹はジファを探す。すると炎上する滑走路、火柱と砂煙の只中に……、影絵が浮かぶ。それは腕を力無くぶら下げて立ち尽くしている男。ジファだった。美樹は叫ぶ。
「ジファだ!」
ジファは力なく憔悴しているかのような有り様だ。ローズは危機感を覚えて、手早くFVMを彼に近づけようとする。だが遠くから大きな飛行機が飛来するのも彼女は見て取った。ローズは叫ぶ。
「国防軍の空母よ! メカが大量に来るわ!」
ローズは、FVMの「パターン」を、エネルギーを大量消費する「速攻性」と呼ばれるものへと切り替えたようだ。
「ジファを助けて脱出する! わずかなミスも許されない。準備はいい?」
「はい!」
美樹が返事をするとFVMは走り抜けて、ジファに近づく。ジファはローズたちの救援に気づいて、すぐにFVMに乗り込むはずだった。はずだった。だが彼の様子はやはりおかしい。よろめいて、視点が定まっていない。それどころか援軍を感謝さえしていない。
FVMから降りて、ローズがすかさずジファに駆け寄る。その瞬間、ジファは大声をあげて、彼女を止める。
「近寄るな! ローズ! 今の俺は敵味方関係ない! 俺の役目は終わった。お前も危険だ!」
その言葉と交差するようにして、空母もエアポートに着陸し、すぐにメカを出撃させる。ローズは、今一度ジファに呼びかける。
「ジファ! 今はそんな場合じゃない! とにかくFVMへ!」
激しい突風でジファとローズの髪がなびいている。風を遮りつつ、ジファに訴えるローズ。ジファは恍惚とした瞳で、ローズを遠ざけるばかりだ。するとそんな二人に構うこともなく、敵機メカが一斉にレーザーを放つ。ジファは叫ぶ。
「離れろ! ローズ!」
その叫び声を皮切りに、ジファは敵機メカに飛び乗り、破壊していく。ジファは次々と、無差別にメカを壊していく。彼は無軌道に陥っている。それがどうやら事実のようだ。
「ローズ!」
美樹はローズにFVMを近づかせ、すぐに彼女をコックピットに乗せる。ローズはハンドルを握ると美樹に伝える。
「彼、敵味方構わず襲う危険がある。彼はもう自分自身にさえ価値を見出していない。もう全てが限界に来てたのね。心も体も」
「そんな……」
美樹は自分をコントロール出来ずに、ひたすら破壊の限りを尽くすジファを前に、そう零すしかない。急ぎFVMの機器類を操作していくローズは、美樹に一度だけ視線をやる。
「美樹」
「何? ローズ」
「もし彼、ジファがあなたを大切に想っているならば」
「それってどういうこと?」
「あなたの声にぐらいには耳を傾けるかもしれない」
「ローズ! そんなの!」
「分かってる。でもこの状況、試す価値はある」
ジファは今も敵機メカを破壊し続けている。空母からは援軍メカが十数体。これはさすがのジファといえども危険な数だ。ローズは叫び、美樹を鼓舞する。
「考えてるヒマはないわよ。ジファに一気に近づく! チャンスは一度きり。彼を助けてあげて! 美樹!」
そう口にして、ローズはFVMをジファ目指して走らせる。彼女の瞳には、一瞬、寂しさとも取れる感情が宿る。美樹は、そこに叶わなかったジファとローズの恋を見て取った。
美樹は、ローズの想いを知ると、覚悟を決める。ジファへと突き進むFVMのコックピットから身を乗り出して、ジファに視線を合わせる。
「ジファが私を想っているなら、私の声に耳を傾ける? そんなのバカらしいし、この状況では信じられないけど!」
スピードを上げていくFVM内で、美樹は、そう胸の内で強く確かめる。だがもう選択肢は一つしか残されていない。美樹はジファを見据える。そして見境がなくなっているジファとFVMがすれ違う瞬間、美樹はジファに大声で呼び掛ける。
「ジファ!」
美樹の感覚的なイメージ。彼女の声にジファが振り向いた瞬間、全ての動きが緩やかになったように彼女には思えた。
ジファの体は軽やかに空へと舞い上がる。美樹はジファに手を差し伸べて、彼の手を握る。ジファは緩み切った、穏やかな表情を浮かべていた。母親のもとへ帰るような安堵感さえ滲ませながら。
そして猛スピードで走り抜けるFVMのコックピットに、ジファは無事乗り込んだ。だが、そのFVMを敵機メカが、引き続きつけ狙う。ローズといえどもこの状況下では逃亡が精一杯だ。巧みにFVMを操り、追撃を交わすとエアポートから脱出する。
「お相手は、また今度ね。みなさん」
そう悪戯っぽく口にするローズはスピードを上げていく。そうしてエアポートは、ローズらの視界から遠のき、美樹とローズのジファ救出は成功した。
遥か上空をゆったりとしたスピードで進んでいくFVM内。美樹の膝元で瞳を閉じるジファの髪に、美樹は優しく触れる。ジファが美樹の声だからこそ反応したのか、それともただの偶然、さしものジファも危機を感じての、本能的な逃亡だったのか、美樹には分からない。だが、彼女はとにかくも嬉しくてならなかった。
もし、ジファが美樹の声だったからこそ、我に帰ったのならば、それは彼女にとって不思議以外の何物でもない。自分はただの足手まとい。「普通」の女性でしかないからだ。そう美樹が考えていると、時計塔へ戻るコックピットの中で、ローズがふと零す。
「ジファにも聞こえたのね。美樹、あなたの声が」
美樹は、ジファの少し青みがかった頬を撫でる。彼はゆっくりと息をしている。美樹は、遠くに視線を送りながらローズに応える。
「そう、なんでしょうか」
自分に向けられたジファの心情に、まだ半信半疑な美樹を見て、ローズは冗談を口にする。
「彼、ストイック過ぎるから。心配してた。モンクにでもなって頭を丸めたら、どうしようかと思ってた。良かったわね。美樹。ボーイフレンドが出家しなくて。聞こえてる? 聞こえてるかしら。ジファ」
すると、これまで寝息に近い音を出していたジファが、不満げに口を開く。
「聞こえてるよ」
「あら、そう」
ジファは瞳を開くと、ローズの冗談に仕方なしといった仕草を見せる。そして誰にいうでもなく淡々と話をする。
「遺伝子操作にも限界がある。引き出した能力を脳は支え続けることが出来ない」
ジファの静かな告白に、コックピットを沈黙が覆う。ジファは自分の心身に起こったことを分析してみせる。
「脳が限界に達した時、その人間は心のバランスを失う。俺に起こったのは、つまりはそういうことだろう。だから」
ジファは一拍置いて、少し暗く、悲しげな顔を見せる。
「その前に復讐を終えなければならなかった。何もかも終わって、今はほっとしているよ。そう。『ほっ』とね」
美樹は、復讐を最後までやり遂げたジファが、自分を苛めているのが分かった。だが、一先ずは彼の心身が気掛かりだ。ジファへ話しかける。
「ジファ、心のバランスを失うなんて」
ジファは、美樹の気遣いにもこともなげに返すだけだ。
「俺もスーパーマン、超人じゃない。長続きはしないんだよ。限界というものがある」
「限界」。初めてジファが口にした自身の弱さと脆さ、そして「人間らしさ」を耳にして、なぜか美樹は安心していた。時計塔に帰る、FVMから臨む青空はどこまでも透き通り、ジファの瞳も穏やかだった。
美樹は、ジファの一人の青年としての一面を見て、これで彼の物語が一つ、終わったのを知る。
空は、風が限りなく吹き抜けて、近づいては遠のいていく白い雲が、美しい空模様を形作っている。美樹は静かに安心しきった息を吐き出していた。




