謎解き 1
「美術館のアトリエ」からジファが去って四日。ジファの動向は分からず、尚且つジファが捕まったというニュースもない。ジファが何も告げずにアトリエをあとにしたことは、美樹にも理解出来たし、彼が恐らく復讐を遂げようとすることも分かったが、彼女は「戻らないジファ」が気掛かりでならない。
ジファが復讐に向かったならば、彼は最後のターゲット、AMSOSI長官ストルツァの暗殺へと向かったはず。だがストルツァの近辺に現れた様子もない。
「ジファ。一人きりで。あなたにはもう仲間がいるのよ」
視線を斜め下に落とす美樹と同様、ローズもジファの長き不在に気をもんでいた。ローズは、美樹と一緒にオフィスで、ストルツァの細かいスケジュールを調べる。ローズがリードし、美樹が閃きを口にするという関係だったが、ジファを強く想う者同士。二人には不思議な連帯感がある。
「おかしいわね。こんなことをあなたと出逢った当初、一緒にするなんて思いもしなかった」
「わ、私もです!」
ローズが冗談交じりに零し、美樹が嬉々として応じる。美樹はやや世俗離れした「ジファの世界」の住民、ローズやカザに協力出来るのが嬉しくてならなかった。だがら自然と声もうわずる。
ローズの調べた限り、ストルツァは忙しく、休日を取る時間などない。ジファの襲撃のチャンスは限られているはず。というよりもないに等しい。しかしこの四日間の内いずれかで、彼はストルツァを襲う、もしくは襲った。それだけは分かっている。
だが昨日までストルツァは、何事もなく公務をこなしている。暗殺が行われたのならば、第二執政官アノマが公表し、政治利用しないはずがない。だからストルツァは死んでいない。
「ストルツァはまだ生きている。ジファが手を下すなら、今日か明日以降ね」
そうローズが口にするも、今日のスケジュール。表向きストルツァは公務に準じている。しかも会議に出席するようで、外出の機会はほぼない。しかしこの情報にもし誤りがあるのなら、ジファは。そこまで仮定して一つの手詰まりを感じたローズは、気乗りはしないもののという笑みを浮かべて、とあるアイデアを美樹に出してくる。
「美樹、ジファの行き先。ストルツァの襲撃現場、襲撃日時を特定出来る人物が一人いるわ。あなたも一度会った人物。彼の情報網は完璧」
一度会った人物。美樹がジファの世界で出逢い、さらに美樹も覚えているだろうと、ローズが思うほどの印象を残している人物。美樹はこめかみに両手をあてて考える。
「私も一度会った? 『ジファの世界』で出逢った人っていうと、限られてるわローズ、カザ、ジファ……、それと」
一刻を争うローズは、美樹の記憶力を確かめる遊び心もあいまって、簡単なヒントを出す。ローズの目は笑っている。
「今頃、彼はジファに注入された液体から開放されたんじゃないかしら」
「液体を注入された? じゃあフラカナさんじゃないし」
美樹は記憶を辿る。するとジファとの旅の初めに出逢ったとある男。狡猾でありながら聡明。スタイリッシュでありながら、どこか抜けたところもある三枚目。「酒場」を半ば取り仕切るように、羽振りを利かせていた男。「彼」を美樹は思い出す。
「ギャド!? ローズが情報収集家と言ってた!」
「そう! 正解よ。美樹。彼ならジファの居場所が分かるかも。彼の情報の精度は半端じゃないんだから」
自信ありげに、ギャドの名前を信頼しきって、あげたローズは、この「時計塔の地下街」の住民の不可思議な連帯感に、心地よさを感じているようだ。美樹は美樹で、これまでの出来事が一つの線につながる感覚を覚える。
一見無意味に思える出来事、出逢いがのちのちに一本の線と変わる。そんな不思議な巡り合わせにも気づき、美樹は胸を躍らせる。
話が決まると行動は早い。二人はギャドから情報を聞き出すために、すぐにでも彼、情報収集家ギャドのもとへ向かう。
ギャドは、「酒場」で料理を派手に飲み食いしていた。注入された液体の効果はなくなったようで、彼は元気そのものだ。ギャドは情報を売買する以外は根っからの自由人、気紛れな遊び人でもあるようだ。
美樹とローズの二人に、ジファについて問われた彼は、当然といえば当然だが、乗り気じゃなさそうだ。
「ジファの行き先……。見当もつかないね。何しろ俺は病み上がりだからな。たくさん食べて寝て、飲まなきゃならない。遊びもね」
余裕たっぷりに、茶目っ気さえ見せるギャドにも構わず、美樹は彼の目を見てひたすらに頼み込む。
「お願い。ギャド。ジファはもう四日も帰ってない。ストルツァを狙っているのは分かるのに、どこにいるかが分からないの。それに!」
感極まった様子の美樹を見て、ギャドは少し投げ槍に振る舞う。
「それは俺の知ったことじゃないね。それに、俺は二週間近く奴のせいでベッドに寝たきりだったんだぞ」
美樹は、ギャドの口振りから、彼がジファの居場所の手がかりを知っているのが、たやすく想像出来た。美樹は彼の顔を見てもう一度懇願する。
「ギャド。お願い」
だがギャドはにべもない。美樹とのやり取りに、ただ一興を見い出すだけだ。
「協力出来ないね。俺はチンケな情報家に過ぎない。お役には立てないね」
その冗談を聞いた瞬間、美樹は思わず反射的に、大声をあげて、机を力強く両手で叩いていた。
「ギャド! ふざけないで! イジワルもいいとこ! あなたが知らないわけないでしょ! この日和見野郎!」
美樹が見せた怒気に、ギャドはナイフとフォークを持つ手を止めて唖然とする。美樹が、何を理由にか知らないが、ジファに相当肩入れをしているのが分かったギャドは、仕方なしか、慌てて取り繕う。
「まぁ、待て。そう怒るなって。協力するにはタイミングが、と思っただけだよ」
美樹は鼻息荒く念を押す。
「それが今よ」
ギャドはやむなしといった様子で、髪の毛に手櫛を一度入れる。
「分かった。教えるよ。そう急かすなって」
「ありがとう! ギャド!」
美樹はギャドに勢いよく抱き付き、ローズも一言「感謝するわ。ギャド」と気持ちを伝える。美樹に抱きつかれて、一瞬おどけた顔を見せたギャドだが、ここからは彼の本懐だ。真っ直ぐに二人を見据える。
「まず、表向き発表されているストルツァの公務は、ほぼ全てが嘘だ。奴は今日昼過ぎ……」
美樹とローズは、ギャドの話を聞き終えるとすぐに格納庫へ向かう。FVMに乗り込む二人は、ギャドの話した場所へと向かっていく。滑空するFVMのコックピット内で、ギャドの話を二人は思い起していく。
「奴は今日昼過ぎ、S-84のエアポートから単身、ジャポネへ向かう。AIのビジネス活用を一人、内密で身勝手にもやっちまおうって魂胆だ。だからこそ警備も手薄い。ジファがオルザヴァ経由でこの情報を知っているのなら、奴の狙い目は、そこだ」
S-84のエアポートに急ぐ最中、ローズは言い切る。
「ギャドの情報に恐らく間違いはないわ。ジファはS-84でストルツァを狙う」
美樹は、ローズに自分の決意をあらためて口にする。
「私はジファ、彼を一人にしないと約束した。だから」
そう緊張感をみなぎらせる美樹を見て、一転ローズは微笑ましげな顔を見せる。
「それにしても……」
ローズは今度は声に出して笑う。
「ギャドの慌て振りといったらなかったわね。美樹、あなたの怒鳴り声も最高だったわよ」
「なっ!?」
美樹は、顔を赤らめて咳払いでごまかす。
「私は、約束を守る為、そうしただけです。はい」
「そう」
ローズは、美樹のジファへの本心、恋心でも呼ぶべきものを知っていたのだろう。彼女は気持良さそうに笑っていた。それは美樹が初めて見る、ローズの心からの笑顔だった。美樹は何だか照れくさくて、コホンコホンと咳払いを続けるだけだ。FVMは、そんな二人を包みこむかのように、透き通る風に吹かれていた。




