最後の復讐 2
時計塔の頂きから離れたジファは、最後のターゲット、AMSOSI長官ストルツァ・ジャノメ暗殺のための一歩を踏み出す。ジファの手元にはオルザヴァの脳内ネットワークから検索された情報があった。
それによると三日後、ストルツァは、極東の小国ジャポネの特務機関長と会うという。ジャポネの特務機関は政財の方向性を決める組織だ。ストルツァはその機関長と密会し、AIを使った多国籍ビジネスについて話をするつもりでいるようだった。
AIの政治利用から離れて、ビジネスへの転用を目論むストルツァの独断。このことを知っている人間は政府首脳にもいない。加えて彼はプライベートセスナで小さなエアポートからジャポネへ渡る。彼の警備が、手薄になり、万全ではないのがジファには分かっていた。
ジファは唇を艶めかしく動かす。
「そこに襲撃のチャンスがある」
ジファはプラン決行までの二日間、ホテルに泊まる。彼はベッドに腰を下ろすと、政府のAI研究に翻弄された、これまでの数年間を静かに回想していく。
父の失踪、死。オルザヴァとの出逢い。幾つもの想い出が彼の心を駆け巡る。浮かんでは消える想い出の数々は、彼の復讐劇が終わりに近づいているのを示している。ローズ、カザ、トシキ。これまでに出逢った人々が彼の脳裏に、近づいては遠のき、遠のいては近づいてくる。
そして最後に、ジファの心に美樹の顔が浮かぶ。不意にジファの目の前に現れた女性。名前や素性の一部を、次々と言い当てた不思議な力を持つ女性。優しく、直情的ですらある「愛」に満ちた女性。
彼女が多少なりともジファを変えたのだろう。ジファは今となっては、復讐の多くが罪の一つであると知っていたし、許されないものであるのも自覚している。復讐には手を染めるべきではなかった。そうした想い、気持ちが芽生えてきたのは、美樹の力添えによるところが大きい。
「だが」と口にしてジファは、レイ・ガンとレイ・ソードの点検をする。彼は始めたからには復讐を貫徹するつもりでいた。それがためにどんな懲罰をも受けるつもりでいた。そう決めたジファは、美樹の愛らしく立てた笑い声を、彼女の面影を振り切る。
「美樹、いつかは君のもとへ帰るよ」
ジファは、自分が不意に口にした「君」という言葉に、秘められた意味、暗喩にも似た何かを感じ取る。この「君」という言葉は、単に美樹、七瀬美樹を指しているのではない。ジファの良心や道義心。かつてジファが持ち得ていた美徳を指しているようにも、彼には感じられた。
多くの科学者を殺め、なおかつ今も暗殺に向かおうとしている自分に、そんなものが残っているとはジファ自身、思いもしなかった。そのことに気づいたジファは、あらためて「ありがとう。美樹」と口にすると、鋭い眼光を見せてストルツァ襲撃をシミュレートしていく。彼にはまだ戻るべき現実があるのだ。
シミュレート。ストルツァのセスナは人型メカにも変わる。身体能力を最大限にまで伸ばしたジファとの戦いは、肉弾戦になるだろう。ジファの持久力がどれほど持つか分からない。加えて、ストルツァが呼ぶであろう援軍の襲撃。この三点から、ジファは短時間で決着をつけなければならない、と彼自身把握する。
ジファは入念に体にケアを施す。その表情は復讐する暗殺者のそれで、美樹に思いを募らせる青年のものでは、もうなかった。
「待っていろ。ストルツァ」
やがて迎えた決行当日の朝、ジファはプランを確かめていく。ストルツァがエアポートに向かうのは2:15。彼は2:35にセスナへ乗り込み、ジャポネへ向かう予定だ。彼のジャポネ行きは内密。だから彼は警護員を連れて行かない。ジファは呟く。
「戦闘は俺とストルツアの一騎討ちになるはずだ」
分刻みの勝負になる。そう覚悟して、ジファは準備を整えると、ホテルからエアポートに向かう。ジファが、エアポートに到着した時間は1:45。ジファは、エアポートを一望出来る管制塔の頂きに立ち、ストルツァを待ち構える。風が優しく吹き抜けて、ジファは一つ大きく息を吐く。
そして2:33、ストルツァがついにエアポートに現れ、セスナに乗り込むのをジファは確認出来た。ストルツァは軽装で手荷物一つない。完璧に油断しきっている。
その様子をジファは見届けると、セスナに照準を合わせて、管制塔の頂きから飛び降りる。するとそのジファの姿を見咎めたのか、セスナは瞬時に人型メカに変形する。コクピットから、ストルツァの冷たい顔貌がジファの目に入る。
ジファはメカに飛び乗り、翼を剥ぎ取る。同時にストルツァの蔑んだ声が、ジファの耳へ響く。
「新時代に適応出来ない奇形児。ジファ・セラヴィナ。ようやく再会出来た。嬉しいよ」
その言葉から、ジファとストルツァもまた、旧知であるのが分かる。ジファはストルツァの罵声には構いもしない。彼をひたすら糾弾する。
「ストルツァ。お前も『大衆操作』は自分自身を踏みにじる行為だと知っていたはずだ」
ジファは、素早く振り下ろされたメカの右腕を交わして、飛び退く。舞い上がる砂煙。乾いた滑走路の匂いと、オイルの香りがジファの鼻をつく。ジファは、ストルツァの薄い唇、鼻筋の通った顔を、目に焼き付ける。ストルツァはジファの威圧するような物言いにも決して動じない。動じるどころか嘲笑するようだ。
ストルツァは明快に言い放つ。
「踏みにじる? 踏みにじられるのは大衆だけだよ。ジファ」
ストルツァのメカからレーザーが放射される。ジファは体を逸らして、それを交わす。
「聞いた話だ! お前がかつて言った言葉だ!」
ジファはそう叫んでメカの右腕を引きちぎる。ストルツァは、危機下にありながらも、滔々と持論を展開するようでもある。彼もまたゲルマノと同じように、ノルガバに取り込まれた、ある種の敗北を噛みしめているのだろうか。ストルツァは、自らを鼓舞するように大声で返す。
「なら、なぜ私と組まない? 大衆操作。それがすなわち私達の役目だ!」
ジファはストルツァの誘惑には屈せず、メカの左腕をも叩き壊す。ストルツァの言葉は知的エリートだけに許された選民意識から来ている。と同時にノルガバに感化されたがゆえの、自棄的な響きもそこにはあった。
ジファは憐れみ、声をあげる。
「お前は本当にそう思っているのか? ストルツァ!」
メカは足を大きく振り上げてジファを蹴り飛ばそうとする。だがジファはそれを交わし、後ろへ大きく飛びのく。ストルツァは一人の理想家としてのセリフも口にする。その言葉には、ストルツァも彼なりの方法で、民族を、国家を高揚させようとしたという思いが滲んでいる。ストルツァは高圧的に叫ぶ。
「ジファ。堕落した民衆を放っておくのか」
「堕落したのはお前の方だ。ストルツァ!」
ジファは叫びながらレイ・ガンを乱射する。ストルツァは諦めたように、寂しげな人生観をも吐露していく。
「大衆は蟻でしかないよ。そして女王蟻がいる」
ジファは腰を屈めて滑走路に手を突くと、メカに飛び込む姿勢を整える。そしてストルツァに問う。
「その考え。それは敗北だ。なぜ気づかない? ストルツァ」
ストルツァはメカからミサイルを発射させる。ジファはそれを交わすとメカに再度飛び乗る。ストルツァは悟りにも似た境地を見せる。それはどこか寂寞として悲しげだ。
「いいや。それが我々の理想郷だよ。ジファ」
ジファは力に任せて、メカに拳を振りおろす。ストルツァは声に抑揚を徐々につけて、ジファへ告げる。
「それはお前も。お前の父も知っていたことだ!」
「お前の父も知っていた」。そのセリフはジファの父、ロウと、ストルツァが何らかの深い意思疎通を、一度は試みた証のようにも映る。ジファはロウの名前を引き出されたのにも構わずに、レイ・ソードを振りかざすとコックピットに斬り込んだ。
一瞬、ジファを哀れむようにな目を見せたストルツァの脇腹を、ジファのレイ・ソードが貫く。ストルツァは痛みに顔を歪めながら、なおも何がしかのメッセージをジファに伝えようとする。
「ジファ。新世界が手招きしているのが見えないのか?」
腹部を抑えるストルツァは見て、ジファは、AI研究が多くの科学者の生涯、思想を覆したのをあらためて知り、寂しげな表情を見せる。
「悲しいよ。ストルツァ」
ジファがそう零すと、ストルツァは今際の言葉を残す。
「科学と人類が向かう行き先は、そう、それは私自身さえも選べない。お前も……、じきに知るだろう」
ジファは、ストルツァの不気味な遺言を耳にして、唇を噛みしめる。そしてメカへプラスティック爆弾を放り投げて、飛び退いた。次の瞬間、爆発し、炎に包まれるメカ。
炎上するメカを目にして、ジファはその時、ようやく自分とオルザヴァ、二人の復讐が終わったのを知った。だが、時同じくして、エアポートには、ストルツァが呼んだものだろう。国防軍の空母が援軍に来ていた。ジファは苦い勝利の味を噛み締め、立ち尽くすだけだ。その場からしばらく動こうとしなかった。




