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時計塔に眠る怪人 6

 それからの三日間、美樹はオフィスでローズからの、そしてジファからの連絡を待った。シールは、キャベラへの「制裁」を最後に効果がなくなり、ジファの動向を美樹は知ることが出来なくなる。

 美樹はオフィスに寝泊まりして、ネットやニュースで情報を集める。美樹はもちろん「ジファの世界」で、事実が人々にどう伝えられているのか知りたいというのもあったが、それよりも彼女は、少しでもローズたちの力になろうとしていた。 

 美樹がネットやニュースで調べた限り、アノマは表舞台にはしばらく姿を見せず、幹事長がメディアに応じている。幹事長が公にする、その内容は所々作り直され、真実は覆い隠されている。

 政府はどの世界でも似通ったものだ。情報を正確には伝えない。民衆を何も知らないままに留めていた方が、何事も便利なのだ。美樹はそう思うと唇を噛む。


「これだけでは、正しい情報は得られない」


 政府の発表では、表向きレジタンスの本拠地は全て制圧され、政府がレジスタンスに勝利したとされている。だがそれは事実と違う。そう分かっていた美樹は、政府が次なる手を打ちあぐねている前に、ジファは動くだろうと予想もする。


「ジファは、これからローズたちと組むんだろうか」


 そう疑問を抱くも、それは彼本人、ジファ自身の口から聞かなければ分からない。それを美樹は知っていた。美樹はひたすらにジファたちが帰るのを待つしかなかった。

 ローズ、カザ、そしてジファが「酒場」に戻ったのは、あの日から一週間経ってからだった。美樹は、ようやく孤独と無力感から解放され、彼女たちをもちろんのこと歓迎する。

 美樹は、三人に再会出来た喜びで満ちていたが、三人の切迫した様子を前に言葉をかけられず、たまらずに口をつぐむ。


「ローズ、カザ。彼らはまだ諦めてはいない」


 美樹がそう思った通り、ほぼ打倒されたレジスタンスを、ローズとカザの二人は、懸命に立て直そうとしている。二人は方々にわかれた仲間たちと連絡を取り合い、未だ「覚醒」していない「時計塔の地下街」の住民を束ねることに、心血を注いでいる。

 一方、ジファにはオルザヴァとの約束があった。彼自身が逃れられないカルマ、「復讐」という約束が。それだからだろう。ジファはレジスタンスと組まなかった。彼は美樹の耳元に囁く。


「俺がエゴイストに見えるだろう。身勝手で、依怙地な分からず屋にも見えるだろう。だが俺はローズを、カザを、そしてもちろん君も、俺のプランに巻き込むわけには、もういかないんだ。そのためにも距離は置くべきだ」


 美樹は、黙ってジファの言い分に耳を傾ける。ジファの執念に似た復讐心は、最早もう誰にも止められないようだ。ジファは一つ息吐き出す。彼の瞳は猟奇性で満ちている。


「それに何よりも俺は『復讐』を成し遂げたい」


 ジファの頑なな決意を聞いた美樹は、ジファと視線を合わさず、ただ一言こう口にするだけだ。


「決してあなたを一人きりにさせたりはしないから」


 ジファは、相も変わらず気丈な美樹を目にすると、微笑んで、何かを呟いた。それはジファと美樹の仲を表す大切な言葉だった。そのはずだった。だがその言葉は、瞬く間に酒場の騒めきに紛れて消えた。真昼の夢に差し込んだ一瞬の光のように。

 美樹が、ジファと美樹の二人に芽生えた感情の余韻に浸る間もなく、ジファは酒場から「美術館のアトリエ」へと戻っていく。ジファを追うこともなく、酒場に残された美樹は、ふと辺りを見渡す。だがそこにいるはずのローズの姿がない。美樹は無性に胸騒ぎがして、ローズを探してオフィスへ向かう。


「ローズ? ローズ?」


 そう胸がはやるように口にする美樹は、オフィスに着くと扉に近づく。オフィスの扉は半分開いており、中を覗きこめた。美樹がそっと室内を見ると、ローズはデスクに顔を伏せている。そして声を押し殺すかのように泣いている。美樹はオフィスに足を伸ばし、ローズへ声をかける。


「ローズ?」


 ローズは振り向いて美樹を見る。彼女は美樹に歩み寄ると、美樹を抱きしめて涙をひたすらに流した。ローズが初めて見せた脆さと弱さ。美樹はウェーブしたローズの髪を優しく撫でる。ローズは、何も口にすることなく、長い間、美樹の頭に額をあてて、涙していた。

 仲間を裏切ったキャベラに制裁を下すためとはいえ、かつての心の支えを、手にかけざるを得なかったローズの痛みが、美樹に伝わってくる。美樹は、そっとローズの髪の毛に触れて、頭を抱き寄せると、ローズの気持ちを受け止める。


「泣いて、いいんだよ? ローズ」


 ローズの悲しみを拭う長い時間。それは美樹にとっても大切な時間だった。強靭な意思の持ち主にも見えるローズでさえ、一人の人間。かつての仲間を殺めた痛切さは重いものだったのだ。


「美樹?」


 そう、何を問うでもなく口にしたローズが泣き止む頃、「オフィス」のモニターに、宰相ノルガバの姿が映し出される。それは美樹とノルガバの初めての出会いだった。宰相ノルガバ。全ての策略の源、戦争の指揮官、暗殺者。彼がどのような人物で、何を語るのか、ローズと美樹は、そっと体を離してその映像に見入る。

 美樹の目にしたノルガバは細身の体で、整った顔立ちをしている。彼の左目だけはぎこちなく動いている。彼が義眼であるのが美樹にも分かる。ノルガバが立つ場所は、党大会の会場のようだ。


「ノルガバ。あなたは何を考えているの?」


 まるで赤子に促すように、美樹が語りかけるノルガバは、会場が静かになるまで口を開こうともしない。彼は人々が鎮まるのを待っているようだ。会場がノルガバ特有の存在感で占められ、全ての人が口を閉ざした時、ノルガバは話を始める。声色は年令と比べて相当に若い。


「私が指揮した『ジェノサイド・人種虐殺』は、正しい決断だったと私は信じてやまない」


 ノルガバの淡々とした調子に美樹は衝撃を受ける。「ジェノサイド」を平気で口にし、それを行いながらも、彼の道義心は全くもって揺らぐことがない。それは、彼が、まだ美樹には窺いしれない、不気味な思想に支えられているのを表わしてもいる。美樹は、ノルガバの考えに恐れを感じる。

 ノルガバは、悠然として聴衆に語りかけ、諭すようでもある。彼の思想のバックボーンは何なのか。美樹は興味を強く引かれずにはいられない。それはローズも同様で、モニターを見つめながら、美樹の左手を強く握る。美樹もローズの手を握り返す。

 ノルガバは厳かに口にする。


「私たちは『ネオ・ダーウィニズム』の後継者である。劣った人種は淘汰しなければならない」


 「ネオ・ダーウィニズム」。一種の優生思想だと思われる言葉を口にするノルガバは自信に満ちている。ローズの手に汗が滲むのを美樹は感じ取る。

 ノルガバは、多くを語らず、自らの優生思想にみなが染まるのが、さも当然でさえあるかのような仕草を見せる。彼は「予言者」を彷彿とさせる、人指し指を口元にあてるポーズを見せて、話を短く締めくくる。


「混血思想から抜け出した、自由な『ノヴム・オルガヌム・新機関』へ、私はあなた方を歓迎する。あなた方、純血な黄色人種のみにこそ、その門戸は開かれている」


 純血な黄色人種。そのセリフから、ノルガバが選民思想を持っていることが美樹にも分かった。最後、この妖しげで、不穏な魅力を放つ男は、人々に訴えるように瞼を閉じる。


『ノルガバ』


 ローズと美樹が、そう名前を呼んだ彼、ノルガバは暗い余韻だけを残して、モニターから姿を消した。ローズは灰色のモニターを見つめたまま動かない。ローズの瞳が決意に満ちていくのが美樹にも分かる。

 美樹はノルガバの思想を耳にして、しばらく口を開けなかったが、次第に、よりローズらと同調しようとの気持ちが強くなるのを感じていた。

 ノルガバの優生思想。それはまるで人々の心身を蝕むようにも美樹には思える。


「止めなきゃ。ローズ」

「ええ。美樹」


 そう二人がやり取りを交わし終えたオフィスには、機械のノイズ音だけが、静かに、時を刻々と告げるように響いていた。

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