時計塔に眠る怪人 3
ジファと美樹が足を踏み入れた、奥の部屋は細長く、カプセル状の機械が一つ置いてある。あと様々な装置や医薬品、化学薬品などが綺麗に整えられ、保管されている。ジファは、美樹が室内を一通り見渡したのを確かめると、自分の体の秘密を解き明かす。
「俺の特殊な身体能力は、DNA操作によってもたらされたものなんだよ」
「DNA操作」
美樹が言葉を重ねると、ジファはカプセル装置の傍に立つ。
「そう。DNA操作。それを施すことで、俺は時に空高く飛翔し、時に舞い、加えて常人離れした反射神経などを手に入れられたんだ。全ては遺伝子操作の賜物だったんだよ」
美樹には、ジファが体に過度な負担を加えてまで、「復讐」に備えたのが分かる。それは美樹の心を切ないほどに痛めた。ジファは、美樹の気持ちには構わずに、装置へと触れる。
「このカプセル状の機械が、DNAに操作を加える代物だ。放射能をあてたり、化学薬品を注入したりする」
ジファは、自分の体を「施術」したことに、特に物憂い気持ちを抱いていない。むしろ歓迎しているようだ。彼は機械を愛しげに撫でる。
「DNA操作といえども簡単にはいかない。この特殊な装置を作るには類まれな計算能力、そして知性が必要だった。その持ち主が」
「オルザヴァさんだったのね」
美樹が話を引き継ぐと、ジファも「その通り」と頷く。
「そう。そしてオルザヴァが作り上げたこの機械のお蔭で、俺は特殊な能力を手に入れることが出来たんだ」
美樹は、ジファが歩み、選んだ道の痛ましさを耳にして、悲しげに彼の顔を見つめる。美樹は、このジファという青年が抱いた覚悟に、悲しみにも似た思いを抱く。
「ジファ……。あなたは、もとの体を失ってまで、お父さんの復襲にそなえたのね」
ジファは、美樹のシンパシーに特段、心を動かされてもいない。静かな声で答えるだけだ。
「そうだ。僅かばかりでも俺とオルザヴァの決意を分かってもらえただろうか」
ジファの、その理解を求める声を最後に、二人はしばらく黙り込む。部屋に絶え間なく響く、規則的な機械音が二人の肌を撫でていく。それは明らかにされた、ジファの業の深さを表わしているようでもある。ジファはつないでいた美樹の右手、その指先をほどく。
「さぁ。これが君の知りたかった事実の全てだ。満足出来たかい?」
ジファのいった通り、全てを知ったところで美樹は幸せになれはしない。秘密は秘密のままでよかったのかもしれない。だが、決然と前へ進む気持ちをも見せる美樹は、力強く頷いた。ジファは告げる。
「さぁ。戻ろう。俺と君の本拠地、『美術館のアトリエ』へ。最後のターゲット、AMSOSI長官ストルツァが待っている」
美樹はその時、もう彼を止めるのは不可能だとはっきりと分かっていた。たがそこに失意や、無力感はもうない。謎の一つが解けた今、美樹は自分に何が出来るかを考え始めていた。
美樹が、澄みきった吐息を一度「フッ」と吐き出すと、ジファは美樹の右手を強く握り、彼女を連れて「オルザヴァの部屋」に戻る。「部屋」に帰ると、ベッドへ仰向けに横たわったままのオルザヴァが美樹に尋ねる。
「美樹嬢、全ての謎が繙かれた気分はどうだい?」
「ええ、充分です。ミスター・オルザヴァ」
美樹がそう答えると同時に、部屋の天井モニターの映像が激しい轟音、爆音を響かせていく。その音に反応した美樹は、強い危機感でもってモニターを仰ぎ見る。ジファは呟く。
「『レジスタンス掃討計画』のチームが、レジスタンスの本拠地を襲っている。そのリアルタイム映像だろう」
オルザヴァは何度か瞬きをするとすぐに答える。
「襲われたレジスタンスの本拠地、私の脳内ネットワークで調べた限り、政府には知られていない。……内通者がいる。政府に知らせたのはその男だ」
続けてオルザヴァは、生々しい裸眼を美樹とジファに向ける。
「二人がレジスタンスと共に闘うならば内通者を早く見つけなさい。被害が大きくなる前に」
美樹は内通者と聞いてすぐに、ある人物をイメージした。……カザとキャベラだ。美樹は自分の寓話「時計塔に眠る怪人」を思い返す。そこでは、カザは、ローズとジファの仲に嫉妬する余り、キャベラとともに司祭ストルツァへジファを引き渡した人物でもあったのだ。
彼女の寓話と「ジファの世界」の一致点から考えると、可能性は若干だがある。美樹はその思いを胸に秘めて「オルザヴァの部屋」からジファと駆け出す。
二人の去り際、オルザヴァはこう彼女に呼び掛ける。
「トシキ。彼の目に狂いはなかった。美樹嬢、君は争いを止めるキーパーソンになるだろう。憂いは捨てて、行きなさい」
「はい。オルザヴァさん」
美樹は小さく頷くと時計塔の階段へと進む。ジファは、彼女を連れて階段を駆け降りていく。彼も内通者に見当をつけていた。名前を次々とあげていく。
「内通者の疑いは4人に絞られる。ラナ・キャベラ、リイ・ウナ、ルガ・ザナフィ。そして……、ローズの同胞」
ジファと美樹の二人は同時に声を合わせる。
『カザ』
瞬間、ジファの顔が悲しみで覆われる。彼は口元を引き締めると推理を続ける。
「安易に考えるのはやめよう。内通者になることで、最も利益が得られる人物は誰なのか」
美樹も口を真一文字に結ぶ。そして滑らかに始まるジファの推理に耳を傾ける。
「リイ、ルガ。この二人はレジスタンスの指導層とのつながりが薄い。だから政府サイドも大切にはしない。二人もそれを理解しているはずだ」
時計塔の歯車の音が二人の鼓動を速めていく。ジファの推理も心音と相成るように弾み、切れ味を増す。
「その地位からして政府にとって、最も利用価値が高いのは……、ラナ・キャベラだ」
美樹は、そうあって欲しくないと願いながらも、すぐにジファへ尋ねる。
「カザは? もしくは二人の共謀の可能性」
ジファは一瞬、躊躇う。それでも彼の考えは留まることはない。ジファは定まった目線を崩さない。
「カザは、『時計塔の地下街』を知り尽くしている。加えてハッカーとしての技術。彼はレジスタンスの全貌を把握し得る。だから可能性はある」
ジファと美樹は、「時計塔の地下街」への扉の把手に手をかける。だがジファは自分を窘めるように、こうも口にする。
「だが早まった結論は控えよう。カザとキャベラ、共謀の可能性も含めて、回答は後回しだ。まずはローズとコンタクトをとる。全てはそれからだ。彼女の『オフィス』へ行く」
「うん。分かったわ。ジファ」
ジファと美樹は地下街へ降りると、「酒場」へとすぐに向かう。酒場に着いた二人は、駆け足でローズの「オフィス」に足を向かわせる。
酒場は緊急時を迎えたからか、ウェイターも客も、人の気配すらない。ジファと美樹が踏み込む、オフィスの現状はどうなっているのか。二人にも分からない。二人ははやる気持ちで、オフィスの扉を開く。ローズ、そしてカザはどこにいるのか。二人は体のバランスを崩しながらもオフィスへと駆け込む。
「ローズ! カザ!」
ジファがそう呼びかけるも、オフィスは静かな機械音が聞こえるだけだ。誰もいない。ジファはすぐに、オフィスの奥にある、ローズのディスプレイに触れる。そして素早くパスワードを入力していく。
それは緊急連絡のためのものだろうか。ジファはローズの、カザの応答を待つつもりのようだ。その間、美樹はひたすら自分の「予想」、カザとキャベラの共謀の可能性が外れることを祈っていた。
パスワード入力後、二分ほど経った頃、モニターにローズが映し出される。彼女は政府軍との交戦現場にいるようだ。交戦現場はビルが林立していて、そのビルが崩れ、破壊される音も響いている。「カタルシス」。この単語がまさに相応しい現状。美樹は、大きな声をあげる。
「ローズ!」
ローズの頬は土とオイルで汚れている。それは険しい道を選ばざるを得なかった彼女の半生を象徴でもしているかのようだ。だがローズは落ち着いている。手短に状況を二人に伝えていく。
「ジファ? この襲撃で政府は全てを終わらせるつもりらしい」
鋭い瞳を見せるローズは頬の土を拭う。その様は闘士そのものだ。
「ここは政府には知られていないはずだった。……内通者がいる。その人物の見当はジファ、あなたにもついてるはずよ」
次の瞬間、またも爆音が鳴り響き、映像が乱れる。それでもローズは冷静に応対する。
「交戦を終え次第、ジファ。今一度あなたにコンタクトする。詳しい話はその時に」
ローズが通信を終える瞬間、ジファは、そう。彼はタブーのない男だ。口を開く。
「カザは? カザ・ノルティはどこにいる?」
ジファは、美樹が考えた、カザとキャベラの共謀、あるいはカザの単独での裏切りを念頭に置いているようだ。その言外の意味を汲み取ったローズは、顔の動きを一瞬止める。ローズはジファを咎めるようでもある。
「カザを。彼を疑っているのか」
ローズにとってカザは、ジファよりも付き合いの長い盟友だ。ローズはカザが内通者だと認めたがっていない。そこにローズの一人間としての情の深さと、一種の弱さをも、美樹とジファは感じ取る。ローズは言う。
「カザも現在、同志を守ろうと必死に闘っている。身勝手な推理はやめて欲しい。ジファ、自重を求める」
ジファは、ローズの押し殺した怒りにも構わずに、もう一度ローズに尋ね直す。
「じゃあ訊こう。内通者は誰に見当を付けている。ローズ。これはレジスタンスだけの問題じゃない」
ローズは、カザへの疑念を払拭するためにも、冷たい瞳で即答する。
「私が見当をつけているのは、ラナ・キャベラだ。加えて断言する。彼の単独犯であるのは間違いない。私達の心の支えだった人物の裏切りに、私はとても悲しんでいる」
ローズの決然とした態度と物言いを目にして、美樹とジファは息を飲む。落胆を覆い隠し、ローズは身を奮い立たせると二人へ伝える。
「キャベラはレジスタンスからまだ離脱していない。だからこそ彼はもう逃げられない」
ローズの目は冷徹でさえある。「冷たい血」。そんな形容が、なぜか美樹の頭を掠める。ローズはジファと美樹に告げる。
「ジファ、あなたの気遣いには感謝している。単独犯であるとわかったラナ・キャベラには私達が制裁する。理解して。愛しい人、ジファ。また連絡する」
最後に口元に笑みを浮かべると、ローズは交信を終え、彼女の映像は途絶えた。ジファは一瞬、放心状態になったあと、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見る。その表情は清々しい。自身の完敗を認めるようでもある。
「ローズ。彼女は賢いよ。俺のフライングだ。ラナ・キャベラ。正解だ。しかも単独犯。俺の間違いだ。ローズ、彼女の勝ちだ。俺のミスだよ」
そう話すジファの瞳はとても満足している。ジファは一人の女性としても、レジスタンスとしても、ローズを尊敬している。美樹は、二人の関係に憧れに近い感情をまたも抱いていた。
内通者はカザではない。しかもローズが断言する限り、共謀の可能性もない。美樹はその事実に胸を撫で下ろし、ジファとのごく短い静かな時間を過ごした。




