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風見鶏 2

 広々とした砂地に建てられ、幾つもの鉄柵で仕切られている建造物。それが「政治犯収容施設」の外観だ。収容所は、仲間の力を借りての政治犯の逃亡、あるいは同胞による口封じのための暗殺を防ぐために、堅いセキュリティと防備で守られている。冷たく寂寞とした様子と、渇いた砂の香りに、アノマは一つ「ハッ」と息を吐きだす。


「本当に『暗い』のは国家そのものなんだろう」


 収容所に着いたアノマは、諦めにも似た言葉をそう一言零すと、早速キャベラに会う。面会したキャベラは小奇麗なスーツを着こなし、表情には精気がある。彼は髪の毛も、一介の起業家でもあるかのように整えていて、逃亡生活を長年続けた疲れを、まるで感じさせなかった。

 キャベラはアノマと会うと、すぐに席から立ち上がり、まるでその立場が対等であるかのように彼女に握手を求める。その自分の境遇を把握していない、軽々しい振る舞いは、アノマにどこか浮薄な印象を残す。

 アノマは形だけでも、キャベラの握手に応じて座る。キャベラの「聴取」に同席したのは、「レジスタンス掃討計画」のメンバー、リーダーのガカ・ジャノメとカザキ・クサバラの二人。

 カザキもある種、滑稽にも映りかねない、キャベラの軽率さに違和感を覚えていたが、カザキもガカも些細なことに、いつまでもこだわる人物ではない。カザキはすぐに本題へと入ると、小さな映写機を机の上に置いて、アノマへ伝える。


「これがキャベラから提供されたものです」


 アノマの視線の先、小型映写機から、レジスタンスの機密情報が映し出される。潜伏先、各拠点の在り処。レジスタンスの戦略パターン、情報網、序列、そして武器弾薬の保管庫など。それらはレジスタンスを骨抜きにするに充分だった。

 アノマは、その情報に満足し、レジスタンスを倒すのは時間の問題だと確信する。そうして優位に立ったアノマだが、もう一つの難事をこなすのを忘れずに、ぬかりはない。それは、キャベラがレジスタンスを完全に裏切ったのかを確かめる作業だ。

 表向き、キャベラは情報提供することで、政府に永年保護されることを望んでいる。だが彼は、身を危険に晒したダブルスパイかもしれない。キャベラが政府の情報をレジスタンスに漏らすこともあり得る。アノマには、彼はまだ信じられない。アノマは口元に手を当て、キャベラを観察する。

 機密情報の詳しいところまで詳しく、饒舌に話をしていくキャベラ。その表情は陽気で活気に満ちており、政府に屈服した悔しさなどまるで感じられない。「おかしい。実に奇妙だ」。そうアノマが思っていたその時、キャベラはふとペンを指先で回した。くるりと軽快に。それは気紛れに任せた退屈しのぎに過ぎないが、アノマには充分な意味があった。

 アノマが目にしたのは、油断しきった、警戒感のまるでない「退屈しのぎ」だった。アノマはその行為の意味する、彼の弛緩しきった気持ちを知るにつけて、キャベラにはもう抵抗するつもりがないのだと理解する。彼は密告者に与えられる僅かな報酬で満足するつもりらしい。

 アノマは、ガカとカザキにアイコンタクトをする。コンタクトに応じた二人も彼女と同じように感じているようだ。カザキは、キャベラの利用が、次のステップに来たと感じたのか、あえてキャベラのプライドをくすぐる形で、彼に話しかける。


「ラナ・キャベラ。君には一情報提供者に終わって欲しくない。君のレジスタンスでの地位を使わない手はない」


 キャベラは、長年、政府に抵抗してきたプライドも、レジスタンスのリーダー格だった自負も失ってしまったのか、カザの誘いかけに満足げに応える。


「もちろんです。ミスター・クサバラ。私は政府への協力を惜しみません」


 その淡泊で、素直過ぎるともいえる返事に、カザキはキャベラを一目見ると、椅子に背をもたれる。一瞬だけ、両掌を頭の後ろで組むカザキは、キャベラの変わりように幻滅し、その変化の理由を飲み込みかねているようだ。

 人間が心変わりすることなど簡単なことだ。それは丁度、風見鶏が、気紛れに風で揺れ動くのと同じようなものだろう。キャベラと向き合った三人はみな、一様に同じような印象を抱いていた。

 最後にアノマらは、最大の関心事の一つである、「怪人・オルザヴァ」について、キャベラの考えを引き出すことを始める。アノマが口を開く。


「『怪人・オルザヴァ』については?」


 キャベラは知っていることを全て暴露するつもりのようだ。スラスラと言葉を並べ立てる。


「怪人・オルザヴァは、『時計塔の頂き』にいます」


 ガカとカザキは興味を引かれたのか、椅子から身を乗り出し、キャベラの話を聞く。


「しかし、彼は何れ機能不全に陥ります。精神破綻に追いやられ、やがて政府の脅威ではなくなるでしょう」


 その事実、キャベラなりの考えがどこまで信頼出来るのか、アノマら三人には分からなかったが、「怪人・オルザヴァ」の現状を少しでも把握出来たことに、三人は満足した。

 アノマらはキャベラと形だけの挨拶を交わし、キャベラの保護室を出る。

 保護室を出たアノマは、通路でガカに感想を漏らす。


「あっけないものだな。人間とは」


 ガカとカザキは、キャベラの豹変ぶりに失望に近い感情を抱くしかない。ガカが口にする。


「何れにせよ、レジスタンス打倒の足掛かりを掴めたのは、収穫です。それがどのような経緯で手に入れたものだとしても」


 カザキがそれに同意しつつも、やや口を挟む。


「そうですね。だがしかし、キャベラの変貌振り、何かこう、私たちに人間への信頼を失わせる、『何か』が……」


 カザキがそこまで口にした時、アノマが彼を遮る。


「やめろ。カザキ。その類の失望は、心理カウンセラーにでも繙いてもらうといい。そこにこだわるのは私たちの仕事ではない」


 カザキはアノマにそう釘を刺されて、頭を軽く下げる。


「第二執政官。失礼しました。そうですね。私たちが従事するのは、レジスタンス掃討であり、心理学ではない。了解です」

「ならば、いい」


 アノマは内心、忸怩たる思いがありながらも、苦く、暗い後味を残す「政治犯収容所」をあとにした。

 キャベラとの面会が終わって三日後、アノマのもとにプロテクトが解かれたノマ・ゲルマノの「ラスト・メッセージ」が届く。

 それは、とても小さなメモリーチップだ。そのメモリーチップの中に「脅威の頭脳」と呼ばれた男の、最後の言葉が残されている。そう思うと、彼女の関心はキャベラから「ラスト・メッセージ」へと移っていく。アノマは胸が無性に沸き立つのを感じる。

 アノマは書斎に閉じこもると、ゲルマノのラスト・メッセージを開く。彼女はノマ・ゲルマノの研究が全て明らかになるのを期待した。ゲルマノが残した「遺言」ともいえる遺稿。そこに記されているのは正か邪か。アノマの鼓動は自然と早まる。

 だが、意外なことに「メッセージ」の中身は平凡な論文にも映る。そこでゲルマノは、「脳の研究」について書いているだけだ。こんな空疎なものを、「遺言」としてゲルマノが残したのかと、訝しむアノマは、その思いを振り切るかのように、論文を読み進める。

 すると数十ページも読み終えた頃だろうか、ゲルマノの論文は、不意に論調が変わる。不穏な、それでいて、視野が「内」から「外」に向けたものに変わったのだ。アノマはその変化に目を見開く。論文にはこうあった。


「人間の脳には俗に『鏡細胞』と呼ばれるものがある。この『鏡細胞』によって人々は思考や感情を時に共有する」


 「鏡細胞」。それはその名の通り、鏡としての役割を果たす脳細胞の一つで、他人の行動や感情を把握し、そして時には模倣さえさせるものだ。


「鏡細胞。これは随分と奇矯≪ききょう≫な分野だ」

 

 そう呟きながらもアノマは、「ジファの世界」ではその効用が定説として成り立っている、鏡細胞の描写に関心を引かれて、次のページをめくる。ゲルマノは前置きする。


「もし『人物・A』の思考や感情が鏡細胞の働きによって大衆に共有されるならば」


 論文は、冷たく、不気味な余韻を残したまま、核心に触れる。


「『大衆操作』はたやすく可能だろう」


 アノマはゲルマノの「メッセージ」が、異様な論旨を辿るのをはっきりと見て取った。ゲルマノの論文は「彼自身」の謎を繙くようだ。


「そのために私が開発・研究に手を染めたのが『AI』だった」


 ついに「メッセージ」はAIに言い及んだ。ゲルマノのメッセージは「論文」というより、彼が思い描いていた、不気味な「プラン」へと移っていく。


「プラン1。AIを埋めた人工生命体の大量生産」


 ゲルマノの淡々とした描写をアノマは読み進める。


「プラン2。人工生命体による人々のマインド・コントロール。これは、『AI』に埋め込まれた、強力な鏡細胞の働きでもたらされるだろう」


 アノマは、ゲルマノの目論見を目にして、口元を手で覆うしかない。アノマはこの時になって初めて、幼い頃、ゲルマノに抱いた冷たい印象の意味が分かった気がした。

 そしてゲルマノの「プラン」は短く締めくくられる。


「プラン3。『AI』のマインド・コントロールによる『大衆操作』の完結」


 アノマは、ゲルマノの「ラスト・メッセージ」を読み終えると、顔を両手で覆う。アノマは知った。ゲルマノの最終目標は「大衆」を自在に操ることにあったのだ。

 次いでアノマは確信する。ゲルマノのこの考えと「AI研究」、そしてその失敗こそ「怪人・オルザヴァ」を生んだのだと。

 そう。「人工生命体」である「怪人・オルザヴァ」を。

 アノマは書斎の薄暗がりの中、モニターの灯に照らされている。静かな面持ちで、「ラスト・メッセージ」を閉じるアノマは、かつて「最高の叡智」と称された科学者の死につながった謎を、半ば繙いた気持ちでいた。



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