作られた体 8
時間は瞬く間に過ぎていく。その時間はジファと美樹、二人の気持ちを適度な温度にするのに充分だった。
やがて寝室の扉が開き、ジファがアトリエに出てくる。彼の表情は健やかだ。彼は黙ってキッチンへ行き、コーヒーを煎れる。
美樹はじっとジファに視線を送り続ける。ジファは構わずに自分のペースで動き、コーヒーカップを手にすると、無言で美樹と向い合う椅子に座る。ジファは、美樹と視線を合わせて、コーヒーを口にする。
美樹は、ジファの心を和らげるように彼に訊く。
「一人で……、行ったんだね」
ジファは少し棘を含む口振りで答える。
「君のことはローズに頼んでいたからね。それに今度の計画は一人で充分だった」
彼は感情を鎮めるようだ。
「相手は、死を受け入れる覚悟の出来た初老の男性。誰の助けもいらなかった」
「私はあなたを変えられると思っていた」
美樹がジファの目を見据えると彼は跳ねつける。
「変えられる? それは君の自惚れだ」
美樹にもそれはもう分かっていた。だが今は、彼女には彼女の考えがある。美樹はジファに尋ねる。
「次に狙うのは?」
「AMSOSI長官、ストルツァ・ジャノメ」
淡々と口にしながらも、ジファの心が揺れているのを、美樹は感じ取る。彼女は意を決して指摘する。
「あなたは、ゲルマノを撃つ時ためらいがあった」
「どうしてそう思う」
「そのあと、あなたが泣いていたから。私はそれを知っている」
ジファはテーブルにコーヒーカップを置くと、それを指先で少し遠ざける。足を組んだジファは、美樹の分析に当然のことながら不服のようだ。彼は、冷淡な眼差しで言葉を返す。
「君は全てを詮索して明快にしたがる。作家にとっては美徳であっても、二人の関係にとってはそうじゃない」
「作家にとっては」。その指摘は、美樹の小さな矜持を、跡形もなく切り崩すようでもある。ジファの瞳は冷たいままだ。
「それに真実が全て明らかになっても、人は幸せになれるとは限らない。時に人は『秘密』の共有を望む。丁度あの絵、『彼女たちの秘密』のモデルのようにね」
「私が聞きたいのはそんな話じゃない」
美樹はすかさず言葉を返した。ジファが本心を避けているようにも、彼女には思えたからだ。美樹は、今や「自分」という資本、資産だけを頼りに考え、話をしている。だがジファもすぐに諭すように言い返す。
「これは君のためだ」
「私は本当のことをまだ知らない」
「それは幸せだ。全てを知っても何も変わらない」
「私はあなたを変えられるかもしれない。これは自惚れじゃないわ」
「いいや、自惚れだ。君が思う以上に現実は複雑なのだから」
「なら、私にその『複雑な現実』を繙くヒントを教えて。そうすればあなたを変えられる」
「不可能だ」
「出来るわ」
「無理だ」
「無理じゃない。私はあなたの本心が知りたいの」
「知ってどうする。グロテスクなだけかもしれない」
「それでも構わない。あなたにだって弱さはあるでしょう?」
「役に立たない分析だ」
「一人では解決できない問題もあるわ。だから……」
そこまでやり取りした瞬間、ジファは大声で怒鳴る。
「よし、分かった! 何を知りたい? 君のカウンセラー気取りには嫌気がさす。何を知りたい? 全て答えよう」
ジファは右手を振り上げて、鋭い口振りを見せる。
「結果、君は俺の本心の欠片でさえ、なぞることが出来ないだろう。何を知りたい? そしてどうして欲しい?」
美樹は、声の抑揚を抑えて彼に頼み込む。それには彼女の全霊をかけた思いが宿る。
「『怪人・オルザヴァ』に私を会わせて。あなたの復讐の始まり、オルザヴァに。そして全てを教えて」
ジファは淡泊に、だが決然と返す。
「分かった。いいだろう。だが間違っても! 俺が君に気を許しただなんて、勘違いしないことだ。いいだろう。来るといい。そして俺とオルザヴァの凄絶な決意を知るといい」
ジファが荒げた声を、美樹は黙って受け止め、頷いた。「怪人・オルザヴァ」と会える。そして秘密が明かされる。そのことで、どれだけ事態が進むか、美樹にはまだ分からなかったが、美樹はジファがもう一度救われることを切に願っていた。




