ファントム 2
美樹はよくよくジファの顔を観察する。ジファは楽しげに美樹に話しかける。
「男の顔を品定めするのが趣味なのか?」
ジファは乾いた笑い声を立てる。美樹は彼の笑い声を耳にして、危機を回避出来たのが分かったのか、ようやく少し落ち着いた。
ジファは、力強く美樹の腕を握り締めると、空を舞うスピードを上げていく。ジファは美樹に囁く。
「君はもうレジスタンスとして登録されたはずだ。しばらく保護させてもらうよ」
「登録? 保護?」
困惑する彼女にもジファは構わない。
「今から俺の拠点の一つに君をかくまう。それでいいか?」
取りつく島もなく、要件だけを告げるジファ。その時、ふと閃いた美樹は、何の気なしに彼にこう訊いた。
「それって『時計塔の地下水路』?」
思いがけない、美樹からの質問を耳にしたジファは、不思議そうに彼女を見つめる。
「正解だ。どうして分かった。君はフリーライターか何かか? それとも政府のスパイ?」
美樹は、思わぬところで答えを言い当ててしまい、慌てて取り繕うしかない。
「えっ? いや、あのそんなんじゃないわ。もっとこう……」
そうやって言い淀む彼女を差し置いて、ジファは笑う。
「いや、そんなわけがない。その類の人間が、あんな危険な場所をうろついてるはずもない」
ジファは驚きながらも、一つ、修正する。
「ただし、君の話には少し間違いがある。『地下水路』じゃない。時計塔の地下には広大な地下街がある」
ジファは声の抑揚を最大限に抑えて、事実を伝えていく。
「『地下街』。そこは複雑に入り組んだ居住エリア。レジスタンスの格好の潜伏先になっている」
充分に空を「滑走」し、都市部から離れたジファは軽やかに遠くを指さす。
「ほら、あれが『時計塔』だ」
美樹は口をつぐんで「時計塔」を見る。その「時計塔」は美樹のイメージ通りだった。S字型の針の時計。三層構造の構え。それらは彼女の寓話「時計塔に眠る怪人」で美樹がイメージしていた「時計塔」と一緒だった。
ジファは美樹の体を地面にふわりと降ろす。時計塔の入り口に彼女を連れていくとジファは、右手を広げて美樹を歓迎する。
「さぁ、ここが、第七新都の貧民窟への入り口だ」
ジファのその艶のある物言い、振る舞い、仕草に、美樹は圧倒されるばかりだ。言葉をやや失っている美樹を連れて、ジファは早速、時計塔の入り口へと入っていく。
時計塔の地下街へ向かう、通路を降りていく間、二人は黙ったままだ。美樹は多くの疑問を抱えていたが、ここはジファを信用するしかない。そう心に決めて、彼についていく。
なにしろ頼る人間は、ジファしかいないのだ。この「第七新都」には。
真っ暗闇な通路をジファと美樹、二人して歩いていると、やがて遠くから淡い光が射し込んでくる。二人は光のあたる場所へと足を踏み込み、通路から出る。光のあたる場所。そこが「時計塔の地下街」だった。
地下街は大通りが開けていて、人々が行き交っている。「時計塔」の地下に、こんな街通りが開けているとは、さすがの美樹も思いもよらなかった。
「時計塔の地下に、こんな街が?」
ジファは、口をうっすらと開けている美樹の手を握ると、細い裏通りへと紛れ込んでいく。美樹は半ばジファに強引に連れられていくだけだ。
ジファと美樹が二人して踏み込んだ裏通りは、徐々に狭くなっていき、ジファは赤煉瓦の建物の前で足を止める。
彼は笑顔を見せて、美樹の手を引いた。ジファは階段に近づき、声を出す。
「さぁ。ようこそ。いらっしゃい」
その声は、美樹が昨夜耳にした、「ようこそ。我らが新世界へ」という若い青年の声と重なって響いていた。