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作られた体 4

 宿泊施設に泊まって一日目、ジファはネットで情報を集め始める。ネットは政府の手によって検閲されていたので、政府の公式見解しか目にすることは出来ない。だがジファにはそれで充分だった。なにしろ当事者は「自分」なのだから。

 政府は、ノマ・ゲルマノを襲った人物が、近い内に逮捕されると公表していた。犯人は特定されているし、逃亡先も把握済みだとしている。一方アノマ・カロメの「レジスタンス掃討計画」も着実に進んでいるようだった。 

 ジファの頭に、一瞬ローズらの顔が掠める。だが彼が調べた限り、掃討計画は進んでいても、「時計塔の地下街」が手出しされた様子はない。ローズやカザが逮捕されたという情報も入ってこない。ジファは、一先ずは「地下街」が後回しにされていることに安堵もしたが、アノマに何か考えがあるはずだとも踏んでいた。


「アノマ。その策は、自分を溺れさせるぞ」


 猟奇性に満ちた瞳で、ジファがそう唇を動かしたその頃、美樹はといえば施設内の図書室で一日を過ごしていた。たくさんの蔵書を前にして、美樹は目を丸くする。


「これもフラカナさんの趣味かな?」


 美樹は室内を歩いて回る。蔵書は科学書が多かったが、俗に「エセ科学」とも呼ばれる類の本も置かれている。そのことから、少しでも信憑性のあるものならば、フラカナはどんな研究対象も、偏見なく学ぶタイプの人間だと美樹にはわかった。

 一通り蔵書のタイトルを見てまわった美樹は、一冊の本を手にする。

 それは、俊樹とローズが口にした「多世界宇宙」について書かれた本だった。美樹は、その本の、自分に分かるところだけをチョイスして読み終える。読了後、美樹は「多世界宇宙」が既に定説として、「ジファの世界」では研究されているのを知る。


「『真実は奇なり』ね。まさに」 


 美樹は、あと幾つかの本を斜め読みして、「ジファの世界」の科学がとても進んでいると感じ取った。

 夜、ベッドで毛布にくるまった美樹は、その感想をジファに伝える。ジファは美樹の感想に心惹かれたようだ。上体を軽く起こすと美樹に尋ねる。


「『進んでいる』? これが俺たちにとっては普通だ」

「普通」


 美樹がそう相槌を打つと、ジファが再度口を開く。


「純粋な科学的好奇心を邪魔するものなど害でしかないよ」


 「害でしかない」。美樹は、ジファの頼もしくもある言葉を噛みしめながら、夜空に浮かぶ朧な月を言葉少なに見つめるしかなかった。

 宿泊施設、滞在二日目。ジファは裏通り界隈に出かけていく。シールの作用はまだ残っていて、美樹は、彼が店で扱いやすい武器を買ったのが分かった。

 美樹は、その日施設内の「中庭」で一日を過ごした。中庭はドーム状の屋根があり、色とりどりの花が咲いている。


「観たこともない花ばかりだ。この花も、この花も」


 美樹は、とある車椅子の男性に近づく。男性の肌は若いが白髪が多い。美樹は男性の隣に立ち、中庭を舞う蝶を見つめる。美樹は蝶の美しさに見惚れて、誰に言うでもなく口にする。


「あの蝶は『ジファの世界』だけの蝶だろうか。『私の世界』にはいないはず」


 車椅子の男性は、美樹の言葉を耳に留めたのか、美樹に話しかける。


「あの蝶は、約五億年前に絶滅したのですよ。ドクター・フラカナのプロジェクトで蘇ったのです」


 科学の力で蘇った蝶々。その事実に魅了された美樹は、男性と話をする。


「ドクター・フラカナは科学を信じているのですね。素敵な人です」


 男性はフラカナへの賛辞を聞いて、嬉しそうだ。彼はフラカナを深く信頼している。紫の花を愛でる男性の顔を、ひょいと覗き込むと美樹は訊く。


「お体の具合はいかがですか?」


 男性は憂いながらも、フラカナに希望を見い出す。


「私は、頻繁に体の一部が壊死を起こすのです。何度もドクター・フラカナにお世話になりました」


 男性はいたくフラカナに感謝しているようだ。彼には科学への懐疑などない。


「私が生きていられるのは彼のお蔭です」

「彼のお蔭」


 美樹は何か光に包まれるような気持ちになった。男性は労わるように自分の体に触れる。


「私の臓器は、全て万能細胞から作り上げたものです。そして右足と両腕もつけていただきました。特に右足は今度で三度目です」


 美樹は男性の顔を見つめて尋ねる。


「科学で病気はなくならないのですか?」


 美樹が突然に投げかけた質問へ男性は答える。


「私は科学が病気をなくせると信じています」


 男性は一度両手で顔を拭う。そして次に男性が口にした言葉は、ジファと美樹の旅路のキーワードでもある、「AI研究」を連想させた。


「加えて、かつては『心』『意識』あるいは『魂』と呼ばれたものでさえ、科学の力で再生出来るでしょう」


 「心」「意識」「魂」でさえ。美樹は「ジファの世界」の科学が、それらに手をつけるのに何ら躊躇がないことを知る。美樹は、男性の話に耳を傾けながら、羽根をはためかせる蝶の群れをただひたすらに見つめていた。

 夜、美樹はベッドに横になるとジファに男性の話をする。それを聞いてもジファはあっさりと返事をするだけだ。


「『心』も再生出来る。それは出来るだろう。『心』でさえも悲しいことに『もの』でしかないのだから」


 ジファは淡泊な返事だったが、美樹はそこに、彼特有の危機感も若干はらんでいるのを感じ取る。彼女はジファを見つめて尋ねる。


「武器は何を買ったの?」

「レイソード、レイガン、爆発物を数個。君にも身につけて貰う。君を守るのが俺の役目だからね」


 今一度ジファと自分の「現実」へと戻った美樹は、ジファが美樹を「守る」と口にしたのが嬉しくて毛布にくるまる。小声で照れたように、笑い声を立てる美樹を、ジファは口元を緩め、顎肘をつき、横目でしばらく見つめていた。

 ジファと美樹には不思議な連帯感が芽生えている。部屋にはどこからか虫の鳴き声が届く。その澄みきった音は、美樹の過ごした、この宿泊施設での濃密な一日を包み込むように、部屋中へと染み渡っていった。



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