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作られた体 1

 その「コミュニティ」は、モスクを思わせる多くの建物が特徴的だった。その外観から、このコミュニティが中央政府とは独立して動く、特有のルールを持っているかのように美樹には見えた。「自治領」。そんな名前がぴったりと来る印象だった。

 ジファはメカをエアポートに着陸させると、簡易型の義足を患部に付ける。義足はオートで足の長さを調整し、最も歩きやすい形に変わる。それだけでも驚く美樹を差し置き、ジファは、さっさとコックピットから降りると歩きだす。

 ジファは怪我のことなど意にも介していないようだ。


「ま、待って! ジファ!」


 平然とした様子のジファを美樹は慌てて追う。ジファの足を気遣う美樹は、彼のいう「科学の到達点」が、どんものなのか知りたくて、期待で満ちている。

 ジファはエアポートの管制官に歩み寄ると、彼に告げる。美樹にはその管制官がどこか怪しげにも映る。だが、ジファは慣れた様子で、疑う心などまるで持っていないようだ。それは、ジファがこのコミュニティにたびたび足を運び、「この区域」のルールに通じているからのようにも、美樹には思えた。

 「自治領」と「暗殺者・ジファ」。その不穏なキーワード二つは、美樹の作家としての想像力を刺激するに充分だった。一方ジファの依頼は、依頼で簡潔だ。


「メカを格納庫へ。金は惜しまない」


 管制官は深々と被った帽子のせいで、ジファたちには見えない目元に、満足の笑みを浮かべたようだ。


「いい心がけです。ここのルールにあなたは従順だ」


 エアポートは民間の運営らしい。彼らは相応のお金が貰えれば相手が誰だろうと構わないのだ。美樹はこのコミュニティが一個の独立したルールで仕切られているのを、あらためて知る。

 ジファは話を終えると、美樹を連れて街へと出る。その間ジファは、美樹には一言も声をかけない。だから美樹も口をつぐむ。

 ジファは、道路の脇に停めてあるエアタクシーに乗り込むと、美樹を後部座席へ勧める。ジファが行く先を運転手に告げ、タクシーは砂煙を上げて、走り出す。運転手はお喋りな男で、終始ジファと美樹に話しかけていたが、ジファは気にも止めていない。

 奇妙な構えの建物の合間をタクシーが走る中、どこからかコーランにも似た歌声が響き、美樹の耳に届いてくる。その音色が美樹にはとても心地よい。


「ジファ? この旋律って?」

「一種の宗教歌だよ。美樹。このコミュニティのアイデンティティを守るための」


 ジファは美樹の質問に、特段関心もなく、淡々とそう答えると、それきりその話題には関心を失ってしまった。美樹はジファの受け答えに少し寂しさを感じたが、メロディーに身を委ねることで、気を紛らわせる。

 互いに干渉しない、ジファと美樹の静かな時間が過ぎ行き、やがてタクシーは礼拝堂にも似た建物の前に着く。そこが目的地だろうか。ジファは支払いを済ませると、タクシーを降りて建物へスタスタと入っていく。物言わぬジファを美樹も、急ぎ追いかける。


「この建物は……」


 美樹は建物内を一瞥して、そこが「病院」であるのが分かった。数名の患者と思しき人々が待合室にいる。彼らはどこかしら体に欠損があったり、もしくは血色のない顔ツヤをしている。病院。そう思っても、さして問題はないように美樹には思えた。そんな美樹を取り残して、ジファは受け付けの女性に告げる。


「フラカナ・モチェ先生はいらっしゃいますか。ジファ・セラヴィナが来たと伝えてください」


 受け付けの女性の応対はとても丁寧だ。


「モチェ医師は研究室におられます。ご案内いたします」


 そう言って女性はジファと美樹を連れて歩く。美樹は、ジファが「フラカナ」という医師を名前で指名したのを耳にして、この「病院」がジファにとって馴染み深いものであるのが分かった。

 どこか妖しげな病院を、女性に連れられながら、美樹がふと見た壁には、細胞の写真が飾られている。ジファはその絵に、少しだが興味を持ったようだ。そっけなく口にする。


「万能細胞だよ」

「万能細胞」


 取り立てて美樹に関心を払わないジファが、あえて伝えてくれたのを聞いて、美樹は「万能細胞」が、ジファの足を治すヒントだと察する。だが美樹が深く考える間もなく、女性とジファ、そして美樹は遠く離れた別棟へとたどり着く。女性はスムーズに間断なく、カードキーで、とある一室の扉を開く。


「こちらにモチェ医師はおられます」


 女性はそう案内すると、会釈をしてもとの病棟へと戻っていく。


「あっさりしてるわね。随分」


 美樹がそう感想を零すと、ジファは「そういうものだよ。往々にして、この『コミュニティ』は」と答えるだけだった。ジファは、少し人懐っこい笑みを浮かべると、美樹を連れてその部屋、「フラカナ・モチェ」という医師の研究室に入る。

 室内に入った美樹は、そこが研究室などではなく、手術室であるとすぐに分かった。ジファと美樹の二人が足音を響かせると、部屋の主は気配に気がついたようだ。

 部屋の主、フラカナ・モチェは室内の回転椅子に腰掛けている。フラカナは二人に目を留めるとすぐに振り返る。白衣を着た彼は、髪を短く切り、前髪を8:2くらいで綺麗にわけている。


「綺麗な顔立ち」


 美樹が胸の内でそう呟いた、フラカナの顔は女性のように小さく、その容貌は中性的ですらある。同時に特有の愛嬌もあわせもっていて、一目見て、美樹はこのフラカナという人物に惹かれるものがあった。

 当のフラカナはジファの現状について詳しいようだ。そして「その現状」、ジファの続ける「復讐」について否定も肯定もしていなかった。彼はジファの足を目に留めると、ジファに話しかける。


「ジファ。ヒドイ足だ。大変だったね。君のプランは大きなリスクを伴う。それくらい覚悟はしていただろう?」


 美樹も薄々分かっていたが、やはりフラカナとジファは知り合いらしい。ジファが先に見せた、「人懐っこい笑顔」にも表れているように、ジファはフラカナに気を許している。ジファは笑みを浮かべて、端的に要件だけを告げる。


「フラカナ。右足を治して欲しい。君なら二日もあれば充分だろう」


 フラカナは、相も変わらぬジファの言い草を前にして、口元を緩ませる。


「手術代は高いよ。僕の手術は無認可、無許可だからね」

「金の心配はない。出来るだけ早く。頼むよ」


 フラカナは笑って頷くと、ジファの頼みを了承したようだ。そしてここに来てようやく、もう一人の訪問者に気づいたのか、美樹に視線を向ける。フラカナは右目を見開いてジファに尋ねる。


「彼女は?」


 ジファは特に何のこだわりもなく答える。


「美樹、七瀬美樹だ。今回は彼女に助けられてね」


 「助けられた」。フラカナは、その返答から、美樹がジファの心に多少なりとも、大切な位置を占めていると感じ取ったようだ。美樹は美樹で、そのジファの答えが嬉しかった。フラカナは鷹揚に、美樹へ握手を求める。フラカナの手は細く、まるで女性のようだ。

 だがフラカナの握手に、美樹が応じようとしたその瞬間、不意に美樹の口からとある言葉がついて出る。


「フラカナ・モチェ。ジファのクラスメートで良き理解者」


 美樹は言ってしまってすぐに口をふさいだ。フラカナは、今度は両目を丸くして笑い声をあげる。


「面白い人だ。そう。僕は確かにフラカナ・モチェだ。ジファの親友でもある」


 フラカナは右眉を陽気にあげて、美樹に伝える。


「ただ、僕は彼のクラスメートではないよ。美樹さん」


 フラカナはこの奇妙な一般人、少し物怖じしながらも、面白いことに、自分とジファの関係について一部言い当てた、七瀬美樹に好意を抱いたようだ。フラカナは柔らかい笑顔を浮かべる。


「あなたは『ファニー』。面白い女性だ。よろしく」


 「ファニー」。美樹はそう言われて嬉しかった。なぜだがフラカナに自分の存在を認められた気がしたのだ。だから美樹は、喜んでフラカナの手を握り返す。彼の手はひんやりとしていて、肌は透き通っていた。


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