多世界宇宙 5
美樹がアトリエの扉を開けると、室内ではジファが穏やかな様子で一枚の絵を眺めていた。絵はアルルカン《道化師》の肖像画だった。
「ジファ」
そう呼びかける美樹に気づいたのか、気づいていないのか、ジファは誰に話しかけるのでもなく、追想するように、静かに口を開く。
「俺は、もとは科学者になりたかった。父に憧れ、その道に進もうと決めていた」
美樹は寂しげにジファに尋ねる。
「どうしてやめたの?」
「戦争が始まったからだ」
ジファは顔を一度、両手で覆い、憂いげな顔を見せる。
「戦争の原因は二つの人種の遺伝的な違い。たったそれだけだった」
美樹は静かにジファの話に耳を傾ける。
「そして父の暗殺。俺は、科学者になる夢を捨てざるを得なかった。俺は父の死の謎を解き明かそうとした」
ジファは口元に手をあてて美樹に告げる。
「その時から俺の『復讐』は始まった」
美樹はジファの独白に言葉もない。ジファは遠くに視線をやる。その表情は澄みきっていて、ジファの揺るがない決意を感じさせる。
「君は俺の復讐を止めると言った。だがどう止める? 俺は復讐をやめないはずだ」
美樹はジファをまっすぐに見据える。
「暗殺の現場にでも私はついていく。そしてあなたの心を変えてみせるわ」
ジファは依怙地なまでの、美樹の心構えを耳にして、とても寂しげだ。
「それは不可能だよ。美樹」
「不可能」。ジファの忠告にも、美樹は動じずに、彼へ告げる。
「いいえ。きっと変えてみせる」
ジファは美樹の言葉を黙って聞いていた。ジファはアルルカンの肖像を指でなぞる。彼の口にする言葉は、謎めいていて、暗喩と比喩に満ちている。
「アルルカンは夢見る科学者なのか。それともただの暗殺者か」
美樹は、ジファが「アルルカン」に、自らの境遇をなぞらえたのかとも感じたが、彼をいたわる言葉さえ見つからない。自らの非力を感じて、俯く美樹の前でアルルカンの肖像は、口元に妖しげな笑みを浮かべていた。




