多世界宇宙 3
ローズの「オフィス」に着くと、ローズはホットココアを美樹に振る舞う。ローズは自然と美樹が喋りだすのを待ち、美樹が口にする考え、気持ち、まだはっきりとはまとまってはいない想いにしっかりと耳を傾ける。
ローズはジファの言い分も、美樹の想いも充分に「理解」出来たのだろう。それだからか、彼女はジファも美樹も決して責めはしなかった。
「ところで」
ひとしきり、美樹の思いの丈を聞いたローズは、美樹が落ち着いたのを見計らい、話を変える。それは「美樹の世界」と「ジファの世界」のつながりについてだった。ローズは美樹に尋ねる。
「ジファから聞いたわ。『あなたの世界』にAMSOSIが襲ってきたというのは本当?」
美樹は頷く。ローズは、顎に左手をあてて、一つの推理を口にする。
「『多世界宇宙・マルチバース』という考えを?」
瞬時には思い当たらなかったが、美樹は記憶を辿り、「知っています」と答える。それは美樹の同僚、風氏俊樹が言い及んだ考えでもあったからだ。美樹はにわか知識で、何とか把握しようとする。
「たしか、少しずつ違う宇宙がたくさん存在するっていう……」
ローズは奇妙とさえ捉えられかねない考え方に、思いのほか美樹が通じていることに満足する。
「その通り。『マルチバース』。それは似通った宇宙が、無限に存在するという考え方」
ローズはあくまでも冷静だ。美樹にとっては驚くべきことを、彼女はこともなげに口にする。
「あなたは、その『マルチバース』の存在を証明する人間かもしれない」
美樹は、即座にうのみには出来ない話を耳にして、ローズに訊く。
「私が?」
「そう。『あなたの世界』と『私達の世界』はマルチバースのうちの一つと考えれば説明がつくわ」
美樹はスケールの大きな話に戸惑うしかない。
「それは、分からないわ。『マルチバース』が存在するとしても、どうして私が二つの世界を行き来出来るの? それにAMSOSIも」
しばらく沈黙し、美樹にその事実を伝えるべきか考えた結果、ローズは答える。
「『マルチバース』を行き来する装置を開発していた人間がいる。三人の科学者。ロウ・セラヴィナ。カルツァ・ゼウ。そして、現在行方不明のトシキ・カザウジ」
「ロウ! ジファのお父さん!」
ローズは小気味良く頷く。
「そう。ジファの父とその盟友たち。彼らが開発していたのは、『意識転送』と呼ばれるもの」
「『意識転送』」
息を飲む美樹の気をしっかりと保つように、ローズは推しはかる。
「あなたが実際ここにいるのだから、『意識転送』は完成したのかもしれない」
「そんなこと……」
「多世界宇宙」という概念でさえ、にわかには信じられないというのに、その内の二つの世界を行き来する装置が完成している。次々と畳みかける事実を前にして、美樹は黙り込むと、ココアを口に含み、気を鎮める。
ローズはローズで、自分なりの推理を続けていたようだ。考えをまとめて、一つの疑問を口にする。
「ロウたち、三人が『意識転送』を完成させていたとしても、あなたが『二つの世界』を行き来出来るようになったのはなぜ?」
その疑問は、当然だが美樹の手には余る。だがローズの思考は収まらない。次々と推理を推し進めていく。
「AMSOSIが『あなたの世界』に来たのなら、彼らも『意識転送』を完成させたことになる」
それは、美樹にとって脅威だったが、ローズの考えは早くも一周したようだ。ローズは今一度疑問を投げかける。
「それに『意識転送』の開発に携わった、三人の科学者の目的は何だったの? ロウとカルツァは暗殺された。それは事実。じゃあトシキ・カザウジはどこにいるの? 彼にも当然目的があるはず。じゃあそれは何?」
ローズの頭の回転は速く、美樹はついていくので精一杯だ。数々の疑問にローズが答えを出し兼ねたその時、モニターにカザが映る。カザは緊迫した様子で美樹とローズに伝える。
「ローズ? 拠点の一つ、D842が政府に見つかった。ここは『掃討計画』チームの襲撃を受ける。援護してくれ」
カザは悔しげに唇を噛む。
「密告の疑いがある。内通者がいる」
カザの報告を受けてローズは応える。ローズは長い思索と推理から抜け出したようだ。美樹の目の前、そこにはいつもの彼女。リアリストのローズがいた。
「カザ、すぐにそちらへ向かう。内通者探しは急がない。全ては銃声が途絶えたあとに」
「分かった」
そう返事をして、カザは連絡を切った。ローズは早速装備を始める。美樹は身を乗り出してローズに頼み込む。
「ローズ。私も何か力になれるなら……」
美樹のそのひたむきで、真摯な願いを耳にして、ローズは微笑むと、美樹の唇を人差し指で閉ざす。
「美樹。これは『私たちの世界』の争い。あなたが関わる必要はないのよ」
ローズはレイ・ガンの手入れをすると、美樹に伝える。
「あなたはジファとの仲直りの方法でも考えて。その方があなたにとっては、よほど大切なこと」
「ローズ」
ローズは肘にレイ・ガンを装備し終えると告げる。その瞳は一闘士のそれだ。
「『マルチバース』の問題は、後でじっくり考えましょう。私たちにも関わりがある問題だろうから」
ローズは美樹の肩に軽く触れると、足早に「オフィス」をあとにした。美樹はホットココア片手に傍にある椅子に腰をかける。そして美樹なりに考えを巡らせていく。
三人の科学者。マルチバース。意識転送。美樹には分からないことばかりだ。だがその時、美樹の体に閃くものがあった。体中が痺れるような閃き。それは信じがたいが、妙に信憑性のあるものでもあった。
三人の科学者の内の一人「トシキ・カザウジ」。それは美樹のごく身近な人物を連想させたのだ。
「風氏俊樹」。美樹と同じファンタジー作家であり、「多世界宇宙」の考えを彼女に話して聞かせた彼を。
俊樹の名字、「風氏」を訓読みすれば、「カザウジ」。美樹は、自分の推理にまだ確信は持っていなかったが、その妙な一致を知ると、驚いて口をつぐむしかない。美樹の手元にあるホットコーヒーからは、まだ温かい湯気が立ち込めていた。




