多世界宇宙 2
美樹は、ジファに惹かれた一人の女性としての嗜みか、ほぼ無意識的に乱れた髪を整える。ジファは、健気な様子の彼女を、何事もなかったかのよう気遣う。
「喉は渇いてないかい? 何か飲み物でも用意しようか?」
美樹は、わずか数時間前の出来事を、なきものにでもしようとするかのような、ジファの顔を覗き込んで、神妙な面持ちで訊く。
「ジファ。デュカって、何をした人? どうして……、殺したの?」
デュカの名前を美樹の口から聞いた途端、穏やかだったジファの態度は一変する。顔は冷たくなり、先の温かさは失われる。ジファは、美樹を突き放すように話し始める。
「デュカ・タカハシ。彼は『軍略機構』という組織の幹部だ。彼の指示で俺の親父は殺された」
「『軍略機構』?」
「軍略機構とは国家の軍事政策、また軍が関わる対外政策を決める機関の一つだ。宰相ノルガバの直属だ」
またも相手の心情には与しない、形式張った答えを耳にして、美樹は悲しげに「大切なこと」を尋ねる。
「あなたは復讐のために人殺しを続けるつもりなの?」
「……」
ジファは何も答えない。美樹は、そこにジファの一種の躊躇を見て取った。ジファも好きで、ただの暗殺犯になったのではない。それが彼女には分かる。美樹はジファを哀れむように、宥めるように口にする。
「ドージ・カルメロは、『AI』の話をしていた。あなたも何度かその話をした。『AIの軍事利用』。それがお父さんの死と関係があるのね?」
「答える必要はない」
ジファは冷徹に跳ねつけた。
「あるわ」
喰らいつく美樹。
「なぜ」
「あなたを助けたいから」
「必要ない」
「あなたは逃げている」
「何から」
「自分の本心から」
「逃げてない」
「じゃあ、詳しく事情を聞かせて」
「君には関係ない」
「あるわ」
「ない」
「逃げないで」
「逃げてない」
延々と繰り返される押し問答。次の瞬間、美樹は大きな声をあげていた。
「それならどうして簡単に人を殺すんだ!」
美樹の激情を目にして、ジファも瞬間的に激昂する。
「よぉし! じゃあ答えよう。だが美樹。君が俺にとって特別な人間になったとは間違っても思わないことだ」
ジファは首を突きだし、美樹へ顔を近づけると、美樹を睨みつける。
「ドージ、デュカ、二人を暗殺。これは君のいう通り『AIの研究』が関係している」
美樹は、ジファの本気、憎しみと怒り、理不尽と不正に対する激しい嫌悪を前にして、息を飲む。ジファは真実を刻々と告げていく。
「AIの研究家だった二人、ロウ・セラヴィナとその盟友カルツァ・ゼウは、軍略機構と宰相ノルガバの手によって殺された」
ジファは、美樹を「この世界」がおとぎ話のように、楽しいことばかりの場所だと考える少女かなにかだと扱い、見くだす。
「だから俺は彼らに復讐している。復讐、殺人、暗殺。それはたしかに罪だ! だが! 彼らのプランを知り、『怪人』オルザヴァに会えば、君は俺に口出しなんて出来なくなるだろう」
美樹はジファの覚悟を前にして、彼女自身も意志を強める。彼女の目は澄みきってジファを見つめるだけだ。
「いいえ。私はあなたを止めて見せる」
ジファは顎を少しだけあげて、美樹を突き放す。
「不可能だ」
美樹は力強く確信する。
「出来るわ」
美樹の意外なほどの、気丈な態度を目にして、それを軽んじるジファは言い放つ。
「出来る? そうか。なら好きにするといい。俺を止める、止めないに関わらず好きなように。そう。君は自由なのだから」
美樹は、ジファをひたすら見据える。
「分かったわ。私はどこへでも行く。あなたを止めるために」
そう言い残すと美樹は、一時的にジファと距離を置くために、アトリエから出た。美術館と酒場をつなげる通路には、ローズが立っていた。ローズは二人のやり取りを耳にしていたらしい。
美樹は少し気まずかったのか、顔を伏せて、ローズの傍を通りすぎようとした。だが、ローズが彼女の手を引き留める。ローズは柔らかく「強いのね。あなた」と美樹に耳打ちをすると、彼女を「オフィス」へと連れて行く。
「ローズ」
そう応える美樹の瞳は、今にも涙で溢れんばかりだった。




