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多世界宇宙 1

 ジファがドージを襲って数日後、美樹は「美術館のアトリエ」、寝室のベッドに腰かけていた。彼女の穏やかな心にジファの姿が浮かびあがる。

 首筋に貼った「シール」の効果がまだ残っていたのだ。


 浮かびあがった光景からして、ジファのいる場所は住宅街のようだ。美樹の心に映る情景。ジファの視線の先には、ショットガンを構えた壮年の男が、ジファと向き合っている。男は自らの危機にも冷静だ。男はジファを蔑むように、ゆったりと口にする。


「ジファ……。ジファ・セラヴィナ。理想家ロウ・セラヴィナの息子」


 ジファは足を男に向けて、一歩踏み出す。男は命が今まさに危険に晒されているのにも関わらず、一つの覚悟をも決めているようだ。持論を口にする。男は胸やけのようなものを感じているのか、シャツの胸元をしきりに掴み、時折「アッ!」という声を出す。


「ロウ。アッ! 彼は宰相ノルガバにとっても目障りだったはずだ」


 ジファは男の言葉を気にも留めない。男は淡々と事実だけを告げる。


「僕が手をくださずとも、ロウの死は免れなかったんだよ」


 男は、その抵抗がある種「無駄」だと分かっていても、ショットガンを一弾、一弾とジファ目がけて放っていく。ジファはそれをたやすく交わす。ジファは男を強い口調で断罪する。男の「僕」という一人称は、この男のある種のルーズさを表わしてもいるようだ。


「デュカ。あなたは暗殺に手を染め、ノルガバの暴走を招いた」


 「デュカ」と呼ばれた男。彼は、そうジファに裁かれても、狼狽える気配はまるでない。


「僕の仕事は、アッ! 誰かがやらなければならない。そういうものだ」


 男の放つ弾丸は、何度もジファの頬をかすめていく。ジファは男に告げる。


「それでも決してあなたの罪は消えない!」


 声に強い抑揚をつけたジファは、次の瞬間、デュカの懐に飛び込み、彼の胸元にナイフを突き立てる。デュカは、自らの血を紺色の服に滲ませていく。


「復讐で満足出来るのか? ジファ。復讐では何も変わりはしない」


 ジファは、デュカの戒めにも似た言葉と、返り血を浴びながらも、躊躇はない。


「俺はノルガバの罪を暴き、裁く。それだけだ」


 赤く染まっていくジファの白いシャツ。それは、ジファの純粋性にも似た何かが、失われていく証にも美樹には思えた。

 やがてデュカが、絶命する声を振り絞ると同時に、美樹のイメージは途絶えた。美樹は小さな悲鳴をあげる。その声を聞きつけたローズが、寝室の扉をすかさず開ける。ローズは美樹の隣に腰かけ、美樹の髪へ触れる。ローズも少し憂いげだ。


「彼がまた一つ、仕事を終えたのね」


 ローズは震える美樹を抱き寄せる。美樹は、ジファが復讐を続けるのを信じたくない。それでいて彼を止める力が自分にまるでないのが、無性に悔しくて泣いた。美樹の涙音だけが響く「美術館のアトリエ」。しばらくローズが美樹の背中を撫でていると、カザの声が寝室に届く。


「ローズ。データが揃った。まとめよう」


 ローズは、一度美樹の肩に触れて寝室から出る。ローズは早速、カザと重要であろう案件について話を始める。彼ら二人は別の次元にいる。そのことが美樹にも分かる。彼らは「闘争家」でもあるのだ。そう考える美樹の耳に、二人の話し声が響く。まずはカザの声だ。


「レジスタンスの逮捕が続いている。『掃討計画』は着実に進んでいる」


 ローズは緊急時にも冷静だ。情勢を分析していく。


「不思議。いや気がかりなのは、アノマが『時計塔の地下街』に手出ししていない点ね」


 カザは慎重だ。事態を探り探り、推し量る。


「彼女は俺たちが動くのをむしろ望んでいる?」


 ローズは一拍だけ置いて返答する。


「その線が濃厚ね。……ラナ・キャベラとは連絡を?」


 ローズが時を急いでいるのが、美樹にも手に取るように分かる。加えてローズが口にした名前「ラナ・キャベラ」。美樹は「ジファの世界」ではその名前を耳にするのは初めてだが、キャベラという名前をやはり知っていた。

 キャベラは、美樹の物語ではローズの叔父だったのだ。そしてジファを司祭に売り渡した男でもある。実際には、というよりも「この世界」ではどうなのか。彼女には真相は分からない。なにしろ彼女の物語と「ジファの世界」の一致は、断片的でしかないのだ。

 美樹がそう考えている間にも、カザがローズにこう即答する。


「まだ連絡を取ってない。彼に会う機会は俺たちには限られている。俺たちは俺たちで動くしかない」

「……」


 ローズは沈黙でもって応えた。モニターからは、ニュースの音が響いてくる。美樹は寝室の扉をうっすらと開けて、モニターを覗き込む。そこには第二執政官、そう、あのアノマ・カロメの姿が映っている。アノマは断言する。


「私はレジスタンスと対話するつもりはない」


 アノマの信念は揺るがない。まるでレジスタンスに警告するかのようだ。


「彼らは、『掃討計画』のチームにすみやかに倒されるだろう。戦争は引き続き継続される」


 レジスタンスが打倒され、この世界の戦争が続く。その悲惨なシチュエーションを前にして、美樹は思わず耳を塞ぐ。美樹は、あらためてたしかめるように胸の内で呟く。


(この国は『戦争』をしているんだ)


 美樹は、耳を塞ぎながらも、ローズがカザに伝える声を聞いた。


「美樹。彼女には休息が必要よ。シールの副作用が残っているから」


 ローズの美樹を気遣う、カザへの言伝。それが美樹にはとても嬉しかった。だが少し気が動転して、朦朧ともしていた美樹には、ローズの声が遠く響く。美樹は瞼をゆったりと閉じると、やがて静かに、深い眠りへ就いた。

 それから1時間、2時間も経った頃だろうか。眠りから覚めた美樹は、すぐ隣に人の気配を感じた。彼女はすぐにそれがジファだと分かった。

 ジファは椅子に座っている。軽く何かの音楽をハミングしている。彼はあずき色のセーターを着て、指を組み合わせている。

 美樹が目覚めたのを見て取った彼は、楽しげに彼女へ話しかける。


「起きたかい? ずいぶん深く眠っていたね」


 ジファは、「復讐」のことなどまるで遠い出来事のよう振舞った。それが美樹にはやけに悲しく、切なくて、胸が詰まるのを彼女は感じていた。

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