雪の降る夜 4
アノマは車に再度乗り込むと、宰相との会談の場、「DNA解析機構」へ向かう。
DNA解析機構に向かう途上、アノマは独白するように一人呟く。
「『DNA解析機構』。DNA研究の最先端を行く場所、主たる活動は、人体のDNA解析。だが、その性質ゆえに、人々からは『国の人体管理』の温床と見られもする、科学者たちの巣窟」
アノマは遠方に見えてきた、一見工場のようにも見える、鉄筋が張り巡らせられた建物を仰ぎ見て口にする。
「冷たい。いつ来ても冷たい印象だ」
解析機構に着いたアノマは、一人立ち尽くし、建物を一瞥すると、宰相ノルガバのもとへと足を運ぶ。
地下12階、「機密保管庫」と呼ばれる場所でノルガバは待っているという。機密保管庫の実態はアノマでさえ詳しく知らないが、DNA解析に関わる国家機密が保管され、研究されているとは把握していた。
アノマが保管庫の前に立つと、どこからか美しい弦楽の音色が聴こえてくる。ディーヴァの歌声が弦の音と絡み合い、ファンタジックでさえある。
「『アデューシャ』か」
「アデューシャ」。アノマが口にしたそれは、「ジファの世界」の民族音楽で、その悠遠なメロディーと、戦時に亡くした恋人を想い慕う歌詞が、人の心を打つ歌曲だった。
アデューシャ。その民族愛に満ちた歌曲を、宰相ノルガバが溺愛しているのを、アノマは深く知ってもいた。
「いい曲だ。だが」
そう一言零し、アノマはアデューシャの鳴り響く、保管庫に入ると一礼する。
保管庫の薄暗がりには、特殊な液体で満たされた、カプセル状の「生命維持装置」と呼ばれるものが浮かんでいる。アノマは胸の内で呟く。
「『生命維持装置』。生存の危うい個体を延命し、保護する装置」
口元に左掌をあてがい、アノマが仰ぎ見る生命維持装置には、二人の幼い「猿人」が膝を抱えて眠っている。そしてその傍には、まるでその二人の猿人を偶像視でもするかのように、視線を送る宰相ノルガバが立っていた。
ノルガバは恍惚として、彼ら、二人の猿人を見つめている。アノマはこの物憂い定めを背負った二人の猿人を前にしても、姿勢を崩さずに、淡々とノルガバへ話しかける。
「軍議はいかがでしたか。彼ら将軍たちをまとめるのは大変だったでしょう」
猿人、そして鳴り響くアデューシャに酔いながらも、ノルガバは明快に答える。
「アノマ。彼らはみな協力的だよ。些細な意見の違いなど乗り越えられる」
アノマは、この確信と自信に満ちたノルガバを前に、しばし口をつぐむしかない。年令の割には、ある種の若々しさをみなぎらせるノルガバは、左目の義眼をぎこちなく動かして、アノマに語りかける。
「アノマ。いつ見ても素晴らしいと思わないか」
「……素晴らしい」
彼女は静かにノルガバの話を聞くだけだ。ノルガバは話を引き継ぐ。それは、この二人の猿人が背負ったカルマを象徴する内容だった。
「約四百万年前に分かれた二つの猿人、『ラムダ』と『オメガ』。遺伝子の違いは、わずか0・02%」
アノマはラムダとオメガを見つめる。ノルガバは「持論」とでもいえる話を展開する。
「その差が二つの人種を作った」
ラムダとオメガ。二人の猿人は装置の中で寝息を立てるだけだ。ノルガバは、その様子に満足したように話を締めくくる。
「それは戦争を引き起こすに十分だった。戦争は起こるべくして起こったんだよ。全てが避けられなかった」
「避けられない戦争」。自国が開戦した「異人種間戦争」を、そう口にするノルガバの瞳はどこか冷たい。アノマは装置を今一度見上げる。そこには安らかに眠る、ラムダとオメガが膝を抱えている。アノマは少し陰りのある口振りで、こう零すだけだ。
「避けられない」
アノマの言葉をまるで労わるように、保管庫にはアデューシャが妖艶に鳴り響いていた。




