雪の降る夜 1
22年前の10月7日。その夜は季節外れの雪が降っていた。
当時12才だったアノマ・カロメは、親友たちと一緒に自宅へと向かっていた。この日は子供たちが精霊に扮するお祭りの日だ。子供たちは思い思いのメイクを顔に施し、奇抜な衣装で、自分がどれだけ偉大な精霊かをアピールする。
大人たちは大人たちで家の灯を消して、精霊に扮した彼らを待つ。
子供たちが主役になれる数少ない祭り日。
アノマは、この日、国防省長官である父とコミュニケーション出来ることを心待ちにしていた。仕事に懸命で、強硬な鷹派でもある彼女の父と、アノマが心を通わせる機会は中々に少なく、父の口角がさがるこのお祭りは、アノマにとって貴重な日だった。
父がめったに見せない笑顔も見せてくれる、そんな祭りの日を迎えてアノマの胸は、自然と高鳴る。
アノマを含めた、精霊に扮する子供たちは、奇声をあげて、祭りの自由を満喫する。だが、アノマの親友たちは、彼女の家が近づくと、少しずつ大人しくなっていく。親友の一人が口にすると、他の子も声を合わせる。
「アノマのお父さんって、何だか怖いイメージだからさ」
「そうそう。戦争大好きのコワモテ政治家って感じ」
そう。その通り。父のパブリックイメージはそうだ。それは娘であるアノマも分かっている。だが、父の子供好きで優しい一面も、彼女は知っている。だからアノマは、親友たちへにこやかに微笑む。
「大丈夫。パパ様は、こういう祭りごとが大好きなの。子供だって大好きだし。何よりパパ様の頬がゆるむ、貴重な瞬間が見れるかもよ~」
そう口にして、体を一回転させると、アノマは嬉しくてクスクスと笑い声を立てた。アノマのそのリラックスした様子を見て、親友たちも安心したようだ。彼らはいよいよアノマの自邸へと足を運んでいく。
何もかもが上手くいくと信じていた奔放なあの日。
だが、アノマたちが彼女の邸宅を見下ろせる、小高い丘まで来たその時、アノマの自宅の窓ガラスに異変が起こる。
ほとばしる光。しばらくしてもう一度瞬く光、そして最後に激しく明滅する光。それは不穏で不気味なイメージを思わせ、明らかにアノマの邸宅で「何か」が起こった証でもあった。それを敏感に察した親友たちは口を閉ざし、アノマは大声をあげる。
「何!? パパ様! ママ様!?」
アノマは激しく動揺しながらも、自然と駆け足になり、自邸へと向かう。自宅の明かりは消えており、中の様子を窺いしることは出来ない。アノマは暗く、暗澹とした思いに駆り立てられ、慌てて扉を開く。自宅の鍵は開いている。
アノマが屋内へと入っていくも、暗くて部屋の様子は全くと言っていいほど見えない。彼女は恐る恐る呼びかける。
「パパ……、ママ?」
アノマは不安に胸を覆われる。鼓動が波打つように早まるのも感じる。だが、そこは強靭な父の遺伝だろうか、アノマは意を決すると、父と母のいるリビングへと向かう。リビングへついたアノマは、足に「何らかの」液体のぬめりけを感じる。アノマは、一つ息を吐き、ためらいなくリビングの電気を点けた。
そこには凄惨な光景が広がっていた。リビング中に零れ落ちる血。撃ち抜かれた窓ガラス。そしてアノマの視線の先には、ソファに座る父と母が、銃で撃たれ、惨殺された姿があった。リビングのぬめりけは彼女の両親から流れ出た血だった。
「パパ……、様?」
アノマはショックの余り叫ぶことすら出来ない。彼女は両親の遺体を前に立ち尽くすしかない。こうして暗く陰鬱な日と化した、アノマの「祭りの日」は終わった。
それから数日後、両親の葬儀の日、アノマは国防総省の男から、父がレジスタンスに狙われていたと知らされた。難しいことは、まだ幼いアノマには理解出来なかったが、彼ら、レジスタンスは父の軍拡に反対していたという。
その日から、アノマはレジスタンスを嫌い、自分の「敵」とした。
(あれから22年。10月7日。イヤな日だ)
アノマは胸の内で呟いた。彼女は、10月7日を迎えるたびに、彼女の頭をよぎる「あの記憶」から目覚めて、物思いから現実へと帰る。
アノマは秘書の声を執務室で聞いていた。秘書はスケジュールを読み上げる。
「……そして18:30。宰相ノルガバとの会談となっております」
アノマは秘書を労り、退席を促す。一礼して席を外す秘書。執務室で一人、孤独な黙想に耽る彼女は思う。
(『反戦』を訴えながら人を殺すレジスタンス。私は彼らを許さない)
そうあらためて決意するアノマは、席を立ちあがると、議事堂をあとにし、黒塗りのエアカーに乗り込む。彼女には分刻みの仕事が待っている。彼女の乗る車は海軍施設へ向かった。




