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冷たい血 6

 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。美樹は、気がつくとベッドに横たわっていた。彼女は随分長い間眠っていたらしい。美樹の頭には軽い痛みがあった。

 薄い扉一枚を隔てた、隣の部屋からは言い争いにも似た声が聞こえてくる。話をしている一人は、ジファだ。彼は険のある声を出す。


「二つに分かれて政府を倒すはずだった」


 もう一人の声が答える。それはローズだ。


「あなたは『力』を使いすぎた。あなたも自分自身の体の『変化』に気づいてるはずよ」


 ジファはローズの意見を遮る。


「俺のことなんてどうでもいい。俺はプランさえ達成出来ればそれで構わない。それにどうしてあの子を!」


 ローズは諭すように柔らかい口調で、ジファに語りかける。


「彼女、あなたを想っているのよ」


 ジファは大きな声を出す。


「『想っている』? そんなことのために!」


 美樹は、ほぼ無意識のうちにローズとジファ、二人の言い争いを止めようと、服を整えて薄い扉を開ける。扉の向こう側、そこは「美術館のアトリエ」だった。

 ジファとローズは美樹を迎える。記憶が今ひとつ安定していない美樹は、一先ず二人へ挨拶をする。


「おはよう。二人とも」


 ローズは優しく声をかける。


「おはよう、美樹。調子はどう?」


 ローズの柔らかい笑顔、気遣い。それらが美樹の胸に染み渡る。だがその瞬間、美樹の記憶が瞬く間に蘇る。彼女は声を震わせて、口元を両手で覆う。


「私、撃っちゃったんだよね。人を。あの人、死んじゃったの? 私、『ジファを助ける』なんて粋がって。一人興奮して、この世界のこと、何も知りもしないで。撃っちゃったんだよね?」


 ジファは、心の底からこの女性、一般人でありながら、期せずして人を殺めてしまった美樹を気遣っている。ジファは美樹に近づくと彼女の髪を撫でる。


「全ては君の物語、君の寓話の世界での出来事だよ。君の現実じゃない」


 美樹は無性に悲しくて、涙を零さずにいられない。ローズも口元に手をあてて黙ったままだ。美樹とジファ、そしてローズのとても静かな時間が過ぎていく。

 するとアトリエへ、扉越しに呼びかける声が響く。カザだ。


「ローズ。すぐに来てくれ」


 ローズは美樹とジファに一度視線を送ると、会釈してアトリエを出ていく。何か緊急の知らせなのだろう。ローズは反戦組織のリーダーでもある。美樹とジファだけに構うわけにはいかないようだ。

 ジファと美樹が残された、二人だけのアトリエ。ジファは美樹が泣き止むまで待っていてくれた。静寂に包まれるアトリエ。するとその時、アトリエのモニターに緊急ニュースが映し出される。キャスターは抑揚のない声で、淡々と原稿を読み上げる。


「昨夜の暗殺事件を受けて、アノマ第二執政官は声明を発表しました」


 美樹は涙を拭うとニュースに視線を送り、惹きこまれる。モニターの映像は切り替わり、まだ若い三十代の女性を映し出す。

 女性は黒いスーツを着こなし、颯爽としている。肩口で切り揃えられた髪の毛が美しい光沢を放つ。ジファが美樹に教える。


「第二執政官。政府のナンバー2だ」


 知的で一切譲歩しないイメージさえ漂わせる女性、アノマ。ジファと美樹は彼女のスピーチに聞き入る。美樹にとって初めての出逢いである、アノマの話が始まる。


「市民の安全を脅かすレジスタンスは、民衆の敵である」


 アノマは力強く声をあげる。


「私は、これより宰相ノルガバの任を受け『レジスタンス掃討計画』を始める」


 強硬で、強靭な意思に支えられているかのようなアノマの言葉。彼女の声明は妥協を許さない。


「愚昧なレジスタンスは、すべからく政府によって打倒されるだろう。あなた方、民衆に『永遠の安寧』を、私は約束する」


 ここまで耳にしたジファは、ニュース映像の音量を下げる。彼はアノマを筆頭にした政府が、レジスタンス弾圧へ本格的に乗り出すのを把握したようだ。ジファは、急ぎ次のプランを練り始める。


「『時計塔の地下街』も安全ではないかもしれない。ここも危ない」


 すると、ここに来てようやく、痛ましい記憶を振り切ろうとしたのか、振りきれたのか、言い忘れていた大切なことを、美樹は落ち着いて思い出す。美樹はすぐさまジファに告げる。


「ジファ。聞いて。あなたたちにとっての『別世界』、『私の世界』でAMSOSIが私を襲ってきたの」


 AMSOSIの名前を耳にしてジファの顔つきが変わる。美樹は自分なりに推理していく。


「『この世界』と『私の世界』。二つの世界はつながっている。私にも良くわからない。でも!」


 ジファは美樹を椅子に座らせると、彼女の瞳を見つめて口にする。


「詳しく……、話を聞こうか。」

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