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冷たい血 3

 美樹。彼女の心に浮かんだイメージ、光景。そこはどこか仄暗い一室だった。室内は観葉植物で覆われ、紺碧色の光が灯るデスクの前には、30才ほどの男が座っている。

 男は室内にプールしてある、小さな湖面を挟んでもう一人の人間と向い合っている。その人間は他ならぬジファだった。

 ジファは、厳しい口調で男を問いつめる。


「ドージ。あなたの密告がなければ、カルツァはもちろん、俺の父も殺されることはなかった」


 ドージと呼ばれた男。彼の顔立ちはまだ若い。その若さは、彼の精気を象徴している。ドージは両手を広げて、悩ましげに首を横に振る。時折喉元に手をあてて、軽い咳払いをするのが特徴的だ。


「ジファ。ロウとカルツァの企ては『科学技術協会』を裏切るものだった」


 ドージは、少し無精に伸びた顎鬚を、得意げに撫でる。


「『AI研究』は軍事利用出来るところまで来ていた。二人は、ゴホッ。その障害だったんだよ。」


 ジファは、自分の考えと、組織に忠実であろうとするこの男、ドージを冷ややかに見つめる。ジファは、ドージを若干軽蔑してるいようだ。ジファは、彼へ穏やかに告げる。


「あなたの考えはわかった。それでは次は俺が裁きをくだす番だ」


 天井からポツリ、ポツリとしたたり落ちる雫が湖面を弾いている。その静けさは、このまだ若い男、ドージと青年ジファの背負った、カルマを表わしてでもいるようだ。ドージは自分の最後を覚悟しているのか、ジファに落ち着いた口振りで尋ねる。


「一つ訊こう。ゴホッ。君の復讐が始まったとして、なぜ最初に私を狙う? 一介の科学者に過ぎない私を」


 「復讐」というキーワードが出てきても、ジファに動揺はない。彼の心持ちは安定している。ジファは悪徳に手を染めるのにもためらいはないようだ。ジファは悠然と答える。その瞳はある種の残酷さに満ちている。


「俺の復讐は徐々に頂点を目指す。あなたはそのプレリュードに過ぎない」


 ドージは、「自分の死」が踏み台にしか使われないのを耳にしながらも、あえて気丈に、不遜に振る舞う。


「私は底辺に位置する貧民というわけか。ゴホンッ。いいだろう。君の歌劇の幕を降ろすといい」


 ジファは懐から銃をゆったりと取りだすと、銃口をドージに向ける。光に照らされた湖面が妖しく輝き、ジファが何かの書物の一節を暗唱する。と同時に、銃声が響き渡る。


「闇夜に惑う者はすべからく地の底へ」


 ジファが不気味に、一節を艶めかしく暗唱したのと交差して、美樹のイメージは途絶えた。美樹は目を見開き、今、目にした光景、イメージの意味を知ろうとする。それは一種の謎解きだった。美樹は口元を両手で覆い、当惑する。


「『復讐』? 復讐のためにジファは人を殺している?」


 美樹は、自分の考えが目まぐるしく移りゆくのを感じる。彼女は動揺を隠せない。彼女はジファとの、このまだ短い旅路の間に、ジファの美点、彼の抱える謎。それらに触れるにつけて、強くジファにシンパシーを抱いてもいた。だからこそ「ジファの復讐」が信じられなかった。


「私の知ってるジファは、そんな人じゃないはず」


 一過性の感情移入。そう言い表せばそうかもしれない。だが美樹は何か得体のしれない衝動に突き動かされて、「ジファ!」と一声声をあげるが早く、アトリエを飛び出していた。彼女が向かうは「酒場」。美樹が会いにいくのは、もちろん「あの女性」、ローズ・ジニーだった。


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