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31話 賭け

 王国北方。


 王都の反乱が知れ渡る前のお話。


 そこはのんびりとした雰囲気が漂っており、魔族との全面抗争を全く知らない。


 唯一のオアシスと言ってもいい。


 そんなのどかな世界に、踏み入れた影があった。


 それは、とてつもなく巨大だった。


 それは、翼を生やし、鳥のような様相だった。


 影が通った後の地面は不可思議に黒く染まり、枯れたように変質していった。


 王都を絶望へと叩き込む、もう一つの策が迫りつつあった。























 建物が焼け落ち、獣の死体が散乱する中で一人の少女と男性が相対していた。


 その男はかつて王都で暴れ、シモン達に捕まった誰かだ。


 彼は伸びきった髭をさすり、目の前の少女──シルヴィアを見据えていた。


 同じく、シルヴィアも警戒を一切緩めず男を凝視していた。


 ただし、膝を折るような格好でだ。


「ふむ。『オラリオン』を使えるようになっていたのは、些か予想外でしたが……未だその能力を使いこなせていないようですね……」


 まさにその通りだ。


 殲滅に割り込むように入ってきた男に対し、シルヴィアは再三『オラリオン』使おうとした。


 時間がなかったのだ。


 早く終わらせ、先に進まねば状況は好転しない。


 そう思ったゆえの判断だったのだが成功はせず、逆に時間を稼がれてしまっている。


 扱い方を知らない武器を子供に渡せば、制御不可能の代物になるか。はたまた、本来の能力を発揮できず溺れるかだ。


 使いこなせなければ、何の価値もない。


 『オラリオン』は未だ制御不能の武器だ。


 土壇場で成功したことに舞い上がり、いつだって使えると過信したシルヴィアの落ち度だ。


「さて、もう少し時間を稼がせてもらいましょう」


 自らが教えた一人の末路。


 魔獣化。


 異形の腕が男の体を深々と突き刺し、彼と同じ結末を辿っていた。


「ふふ、はははははは!!」


 男の興奮した嗤いが王都に響き、戦いは加速していく。





















「くそ! どうすんだよ、あんなもん!?」


 シュウはミルとともに、後ろから迫りくる脅威から逃げまどっていた。


 奥から這い出る存在──栗色の髪を揺らした少女が、それを追撃する。


「あはははは! 何、今度は追いかけっこ? いいよ。受けてあげる」


 異常だ。完全に狂っている。


 気休め程度でしかないがシュウは路地を通る度に何度も周りの物を倒し、少女の進路を妨げようとしていた。


 だが、それら全てを粉砕する。


 周りを漂う黒い何かが、少女の進路にある障害物を片っ端からなぎ倒していく。


「とりあえず、逃げるしかないわ。いくら攻撃しても治るんじゃ意味がない!」


 それが逃げまどっている一つの理由だった。


不死者(ヴァンパイア)。どんな攻撃を受けようと再生する体質。


 本物は例え本体が押しつぶされようと再生するらしいが、血を取り込んだだけの少女にそこまでの再生力はない。


 だが、それでも攻撃が決定打にならない。


 もう一つの理由は、少女の周りを飛び交う黒い何かだ。


 いや、正しくはこう言った方がいいのかもしれない。


 微精霊、と。


 少女と契約し、魔族に堕ちた邪精霊が彼女を助けるように動き回っていた。


 小さいと言えど、結局は精霊だ。

 

 魔法に秀で、人間を助けるその本質は何も変わっていない。


「うふふ、楽しいなあ、追いかけっこなんて! お兄ちゃん以来かな? 誰かと遊んだの!」


 目に狂気を宿し、シュウとミルを殺さんと走る少女を、精霊たちが手助けする。


 一匹の精霊が風を起こして少女の小さな体を押し、加速させ、一匹は胸の辺りを飛び交っていた。


 他の精霊が障害物を除け、少女は足止めされることなく最善のルートを辿れている。


 このまま行けば確実に殺されるのはシュウ達の方だ。


 精霊。この世に存在しながら顕現することがほとんど出来ない存在だ。彼らは世界に住む人々と契約することでその真価を発揮するのだ。


 本来、人間には空間に宿る魔力を使えてもどこかに制限があった。


 だが、彼ら精霊にはその制限がない。つまり、永遠に魔法を放つことが出来る。


 勿論、そんなことが出来るのは上位の精霊だけだが低級の精霊──微精霊でも人間よりは多く使えるのだ。


「どうする!? このままじゃあんな化け物を連れていく事になるが!」


「分かってる! そろそろ迎撃するわ」


 後ろから迫りくる狂人に、ミルが牽制──シュウからひったくった銃を放つ。


 対して、少女の方は避けることすらしない。


 腕に当たり風穴が空くが、すぐさま再生し気にせず進んでくる。


「くっ──!」


 何とか少女の歩みを止めようと何度も発砲するがその度に命中──再生を繰り返し、足は止まらない。


 どころか、周りの微精霊達が若干ながら騒めき立ち始めている。


「ミル、これ以上は!」


「──っ。ああ、もう!」


 最後の最後やけくそで放たれた弾丸。それが彼女の脳天を貫いた。


 今までならどこに当たろうが、すぐに回復し行動に移していたのだが──。


「──なん、だ? 再生が、遅い……?」


 膝をつくことなどなかった少女が膝をつき、微精霊達の動きが忙しない。


 望外の結果とでもいうべきか。


 狙っていた通り少女の動きを止め、今の内距離を稼ぐために入り組んだ路地裏をジグザグに駆け抜けていく。


 暫く走ったところで、二人は一時的に足を止めていた。


 ミルの方は全く息がぶれていないが、シュウの方はもう限界と言っていい。


 ただでさえ、病み上がりで体力がもともと少ないのにそれを押して今まで走ってきていた。


 だが、シュウの頭ではそんなことに興味を持ってはいなかった。


(──なんだ? なんで、さっき再生が遅れた? 最初のデモンストレーションってわけでもないだろうに)


 最初の一撃は、見る者に絶望を与えるためわざと再生を遅らせている。


 それが効果的だからだ。


 派手な演出によって、自分は目の前に誰かに及ばない。そう思わせてしまえば、あとは簡単だ。


 だが、さっきは状況が違かった。


 精霊が忙しなく動いていた。まるで心配でもしているかのように。


「そういや、あっちは自分で言ってたな。血を取り込んだだけだから、完璧じゃないって」


 ゆえに、身体能力は治癒力は本物と比べるに及ばない。圧倒的な異能を、ほんのちょっと間借りしただけ。


 で、あれば。


 どこかに、弱点があって然るべきだ。


 先ほどの弾丸。どこを貫いていた?


 脳天。つまりは頭。人間にとって大事な器官だ。


 そこが異常を来たせば、人体は正常に作動しなくなる。


「ということは、弱点は頭……いや、その条件が当てはまるなら……」


「シュウ? 何か思いついたの?」


 シュウの呟きに気づき、ミルが語りかけてきた。


 だがそれをシュウは手で制し、再び思考に没頭する。


 ──心臓も、弱点になるのではないか。


 脳が人間にとって大事なものなのは、百も承知だ。


 そして、心臓も。


 人にとって致命的な弱点。


 もしかすれば、そこを突けば再生が遅くなるのかもしれない。


(──いや、違うな。精霊の一匹は胸の辺りにいた。つまり、そこを死守しているんだ)


 微精霊に複雑な命令は出せない。


 精霊が行動するとすれば、基本は契約した主人を思っての事だ。


 だからこそ、彼らがそこに張り付いているのは主人を思っての選択の結果。


 そこに、ある可能性が高い。


 再生力の限界。もしくは、弱点が。


 絶対と思っていた何かは、崩れ去った。


 根拠もなく、取り止めのない話だ。


 間違っているかもしれないし、下手をすれば死が待ち構えている。


 だが、このまま逃げ回っていても一向に埒が明かない。


「ミル。──話したいことがある」


 ミルに自らの考えを話す。


 シュウの考えを真剣に聞き、ミルは険しい表情を見せる。


「それが嘘だったら、間違いなく死ぬわね」


「ああ、精霊の餌食だ。──だけど、誰かがやらなきゃいけないんだ」


 不特定の人間が窮地に陥ったときに都合よく助けてくれる誰かなど、ここにはいない。


 そして、ここにいるのはミルとシュウだけだ。


 誰かに任せる選択肢など端からありえない。


「そんじゃ、賭けの要素強すぎるけど……やろうぜ」


 全てを薙ぎ払い、暴風と化す残虐の少女。


 それだけを見据え、賭けに乗り出す。


 その先に待つのは果たして破滅か、それとも新たな絶望か。


 何もかもを巻き込み、世界は確実に終わりへと向かっていく。

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