26話 騒乱の中で
王都が混乱に呑まれ、約一時間。
その間貧民街は炎に包まれ、数えきれないほどの命を無くしてきた。
関係のない人の命が零れ、何の罪もない人の血が地面を塗りたくっていく。
その中で、ようやく戦況は動き出そうとしていた。
反乱勢力──貧民街のメンバーが中心であり、待遇の改善を求めて作られた会が過激に発展した。
まるで何かに魅入られたように。
瞬く間に呪いは伝染しやがて彼らを蝕み、在り様を変えていった。
彼らの目的はただ一つ。
王の首を取ること。
例え、それが誘導であろうと構わず進み続ける。
誰も策略かも知らず、彼らは反乱を続けていく。
反乱勢力は今現在、詰所付近に到達していた。
彼らが夢見ていた外の世界は、すぐそこ。
だというのに、彼らはすぐには進まず、一旦休養を取っていた。
その裏の通り。
貧民街の大通りを占拠している彼らに気づかれないように動く影があった。
黒髪の少年、シュウとアスハ。それに金髪の使用人、ミルがそこに隠れていた。
彼らは大通りを占拠している大人達の具合を図っていた。
大通りを跋扈する大人達。彼らの警備体制は完璧だ。どこにも抜け穴はなく、何か状況が動かなければ隙をつくことすら出来やしない。
そんな結論を出し、物陰に身を潜めていたシュウは彼女達に伝えた。
「駄目だ。どこにも穴なんかない。これはガイウス達の支援があるまでどうにもできないな」
「そう。ということは引き続き見つからないように待機ね」
シュウの発言にミルが返し、見張りを続ける。
「つか、もう大丈夫なのか?」
「ええ。問題ないわ。それより声を小さくして。見つかりでもしたらまずいわ」
まるで何かから逃げている犯罪者の様に身を隠し、進むシュウ達。
ここで何らかの音でも出してしまえば、きっと敵は一気に流れ込んでくる。ゆえに見つかるわけにはいかない。
シモンの作戦が通り、アスハを彼女の父親に送るという最重要の項目をシュウとミルが担当する。
他に、シモンやレイ。ガイウスが彼らを最大限に惹きつけ、薄手となった警備にシュウ達が突っ込んでいくという作戦だ。
シュウ達はそれまで見つかるわけにはいかない。
異世界に来て初めて以上の緊張感を漂わせながら、刻一刻と時は進んでいった。
◆◆◆◆◆
シュウが素っ頓狂な声を上げみっともなく腰を床に着いた頃。そこまで話は遡る。
『な、おい、大丈夫なのか?』
『ええ、問題ないわ』
床に座る誰かを見つめながらミルは寝かされていたベッドから飛び降り、シュウの心配する声が上がった。
まさに美少女である彼女の肌には、しかし傷が垣間見え痛々しい様子を思い浮かばせる。
そもそも彼女は魔獣との戦闘中、アスハを守るため魔獣の攻撃を全て捌ききっていたのだ。
だからこその重症であり絶対安静を言いつけられた彼女は何を思ったのか立ち上がり、未だ動こうとしている。
『さっきの作戦を聞いたわ。彼女を送り届けるにしてもシュウ一人じゃ心細い』
淡々と事実を述べていくミル。
確かに彼女の表現は間違っていない。
シュウは弱い。この中でも特に。
ガイウスが敵を倒すかもしれない。レイやシモンが相手を惹きつけるかもしれない。
だが、それで戦闘の危険性がゼロになるわけではないのだ。
もしもシュウの不幸が今になって働いてしまえば、戦闘は避けられない。
もう一人、確実な誰かが欲しかった。
とびきりの戦力。それがこの場において足りない一手。
それをミルは知り、こうして重傷を押してまで戦場に赴こうとしている。
その気持ちを、無為にすることなど出来ない。
『──分かった』
ミルを真っすぐに見つめ、そう返事するシュウ。
その対応にガイウス達は一瞬だけ目を見張ったが、最終的には納得したのだ。
こうして、ミルはこの作戦の中軸へと配属されることとなった。
チリ、と。
シモンの頭で何かが弾ける音がした。
それはいつだって戦場で感じていることの一つなのだ。
言うならば、それは直感。
誰もが等しく死の機会が与えられる戦場において、彼が今日まで生き残ってきたのはこの圧倒的なまでの勘の良さだ。これが命を救ってきた。
そして、同時に。
彼の求めるものがここにはある。
強さ。自分すら軽く超える絶対的強者。
それと戦おうとするとき、決まってそれが来る。
彼の求めるものは、近い。
今までにないほどの痛みに、シモンはそう確信せざるを得ない。
彼が今日まで様々な戦場を駆け巡り、瀕死にまでなって帰ってくる理由、そのすべて。
彼から全てが失われたあの日から、少年は強さを求めている。
だからこそ燃え上がる闘志を存分に表に出し、殺気を放つ。
途端。
優に10人を超える大人達がシモンを囲む。
恐らく全員がそうだ。魔族の力を取り込んでいる。
以前、捕らえた敵から得た情報であれば彼らは魔族を取り込んでいるとのことだ。
だが、疑問はある。
そもそも、これほどまでに量産が出来るのなら最初から出せばよかった。今、この時の邪魔になる誰かを排除していればこんなことにはならなかった。
いや、もっと根幹で。
これほどの戦力をかき集められるのなら、なぜもっと前に行動に出なかったのか。
シモンには若干の心当たりがあった。
ササキシュウ。黒髪、黒瞳。彼がここに来てから、全てが一変した。
小康状態にあった魔族の連中が活発に動き始め、シモンとレイはどれだけ戦場に行ったか分からない。
彼らはずっと暗躍を続けてきた。歴史に残らない範囲でだ。
だが、この段階になって表に台頭してきた。
理由があるのだ。ササキシュウを狙う何かが。
それは王都を軽く呑み込み、戦火で焼き尽くすほどの恐るべき何かだ。
だが、シモンには関係ない。
ただ目の前の敵を屠り、更なる高みへと進むだけでいいのだ。
それが彼の願いであり、想いなのだ。
「シモン。目の前の人は、出来るだけ生け捕りでお願い」
青髪の少女──組んだ初期に死闘を繰り広げた相棒──レイが俯くシモンの顔を覗き込んでくる。
いつもなら仏頂面で赤くなるが、今は違った。
シモンは前を──目の前に立ちはだかる大人を見据え、剣を握りしめた。
「ああ、分かった。──暴れまくってやる」
注意を自分達に惹きつけ、シュウ達が進む隙を作る。
そして、必ずその先にシモンが求める誰かがいるはずなのだ。
ただそれだけを──怒りの炎を秘め、敵戦場へと突き進むのだった。
シュウ達がコソコソと影を通り、中心地を探す中。
詰所の付近で、爆発があった。
思わず爆発の震源地である場所を向き、奥歯を噛み締める。
「ミル。今だ。行こう」
いつまでもその場に留まり続けるわけにはいかない。
シュウ達に懸けたシモンやレイの想いを無下には出来ない。
だから、例え歩幅は少なくとも一歩ずつ進む。
「誰かの掌はもううんざりだ」
目の前で誰かの命が零れていくのを何度も見た。誰かの策略によって踊らせられ、死ぬ誰かを見たのだ。
これが、運命の導きというものなら。これこそが運命の流れだというのなら全てぶち壊してやる。
誰もが幸せにならない運命など、ササキシュウが粉々に砕く。
「さあ、このくそったれな戦いに幕を引こうぜ」
確かな決意を口にして、前を向く。
定められた流れは、いつしか一つへと収束していく。
その流れは必然であり、変えることは出来ない不変の道。
で、あれば。
結局は結末など最初から決まっているのだ。
そうして、決められた終戦へと向かっていく。




